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【2021年星新一賞落選作】オレはタケルの軍師 (9845字)

【2021年星新一賞落選の修正作】(9845字)
 オレは家に帰る途中、『未来からの贈り物』と銘打った新しいゲーム機のモニター募集の場に出くわした。未発売の試作ゲーム機のモニターを募集しているという。その動作検証用に、試作ゲーム「ヤマタタケルの大冒険」というSRPGが付いてきた。タケルの軍師となって古代のヤマタを統一することが目的のゲームだった。しかしオレはタケルの性根の悪さに辟易し、ゲームを途中で投げ出したのだった……

 バイトで疲れ切って家に帰る道すがら、オレは不意に声をかけられた。
「そこのあなた、ゲームはお好きですか?」
 突然のことにオレは腰を抜かしそうになった。オレはかなりの小心者なのだ。声の方に視線をやると、そこには黒縁のメガネをかけたダークスーツに身を包んだ男が立っていた。何かの街頭アンケートだろうか、それとも新手の客引きか。その割には口調も営業トークにはほど遠い感じだし、顔は愛想笑いもない事務的な表情だ。
「えぇまあ。」
 オレがおずおずと曖昧な返事をすると、
「今、新しいゲーム機のモニターを募集しています。興味ありませんか。」
とますます怪しい営業トークが返ってくる。しかし、その口調はあくまでも事務的だ。
 暗くなり始めた夕方の駅前。その男が指差した先のロータリーに、少し大きめのワゴン車が停められている。車の脇の歩道には、イベント用のテント屋根、その下に折りたたみ式のテーブルとスチールパイプの椅子が並べられている。
 男の案内でワゴン車まで付いていく。ワゴン車のバックドアが大きく開かれており、そこに小さな箱が二十個ほど並べられていた。
 男は笑顔も見せず、事務的に続けた。
「実はここにあるのは、新しいゲーム機の試作品とその動作確認用のゲームです。」
「どこのメーカーの製品ですか。」
「それは残念ながらお教えできません。」
 男は営業の人間ではなく、開発技術者なのかも知れない。
「ただ、印天堂でも、サニーでも、マクロソフトでもない、全く新しいゲーム機です。未来の技術が満載された、まさに未来からの贈り物、と言っても過言ではないゲーム機なのです。」
 このネットゲーム全盛の時代に、新たにゲーム機に参入するメーカーがあることが、オレには驚きだった。それにしても、たかがゲーム機に『未来からの贈り物』というキャッチコピーはあまりにもセンスがないし、大げさ過ぎる。
「それでこのゲーム機のモニターを募っています。もしゲームがお好きなら、モニターをやって頂けませんでしょうか。」
 オレはまだ疑わしい目で男を見る。
「テスト用のゲームとして、これも開発途中のSRPGシミュレーションロールプレイングゲームがあります。というより、このゲーム機で遊べるゲームは、今のところこれしかありません。どうでしょう、モニターになって頂けませんか。」
 実はオレは大のゲーム好きだ。特に、戦略SLGシミュレーションゲームは得意中の得意だ。三国志をモチーフにした戦略SLGをプレイしたときなどは、呉の劉備となって中国全土を征服してしまったぐらいである。オレにとっては願ってもない話だ。
「はあ、いいですよ。」
オレは、ワクワクする思いを気取られないように、わざと渋々という表情を作った。
「ただし、少しだけ条件があります。」
 男はゲーム機を渡そうとしながら言った。ただでうまい話はないわな、とオレは思った。
「いえ、大したことじゃありません。一つは、このゲーム機は通信機能があります。ご自宅に無線LANがなくても問題ありません。専用の無線通信を使います。この通信機能によって、ゲームの進行状況のデータが我々のサーバーに送られることになります。
 二つ目は、このSRPGはやり直しがききません。したがって、ゲームオーバーすると、二度と遊ぶことができません。もちろん、ゲームデータをセーブして休息を取ることは可能です。ゲームソフト自体は、ゲームの進行にしたがって逐次ゲーム機に送信され、必要分だけ内蔵のストレージに取り込まれます。ゲームオーバーとなった場合、ソフトは自動的に削除されます。その場合、ゲーム機はそのままお持ち頂いても構いませんし、返却されても構いません。以上です。何かご質問は?」
「それだけ?」
 オレは訝しく思って聞き返した。
「はい。ゲームの詳細は、こちらの説明書に記載されています。」
 渡されたのは、営業用のプレゼンテーションスライドを印刷したような簡易的な冊子のマニュアルだった。
「是非、モニターをお願いいたします。」
 男はうやうやしくそして深々とお辞儀をするが、男の言葉はあくまでも事務的だった。
 新しいゲーム機の性能も試してみたかったし、一般には売られていないゲームで遊べることがゲーマーとしてのオレの心をくすぐった。モニターをやることに同意してゲーム機を受け取り、スキップするような足取りで家に帰った。
 取るものも取りあえず、オレは早速ゲームをやってみることにする。ゲームタイトルは、『古代日本の天下を取る―ヤマタタケルの大冒険―』。実に陳腐なネーミングだ。ゲームの説明書によれば、ヤマタ国の王子のヤマタタケルの軍師となって、古代日本の覇権を取ることが目的のSRPGのようだ。ヤマタに服従しない九州のクマソーを征伐し、さらには関東の地にある東方十二カ国を平定することが、ヤマタの大王からタケルに課された使命であり、タケルが使命を果たせるように戦略を考えることが、軍師のミッションだった。
 冊子をオレはざっと眺めてみた。タケルのクマソー征伐、東方十二カ国の平定の概略が書いてある。オレはヤマタの歴史に詳しくはなかったが、どうやらヤマタタケルというのは、記録に残る最も古い書物に書かれている神話の登場人物であることは理解した。また、軍師の自分が死ぬことは問題ないが、タケルが死ぬとゲームオーバーとなる構成のようだ。
 オレは、とりあえずゲーム機を起動してみた。映像を液晶モニターで見ることもできたが、VR用のゴーグルをはめた方が臨場感がある。自分のアバターの姿形を選択し、名前を考えるのが面倒なので『オレ』と決めた。するとゲームのオープニング画面が表示される。その3D映像は非常にリアルでCGとは思えない。風による草木の揺らぎまで再現されている。
 このグラフィックはすごいな。オレはこれまでにないほどのグラフィックの美しさとリアリティに感嘆した。VRゴーグルをはめたまま振り返っても、表示画像の遅延が感じられない。まるでその場にいて振り返ったのと同じような感覚だ。これなら、画像の遅延による違和感で3D酔いすることもなさそうだ。未来のテクノロジーが満載のゲーム機という言葉に嘘偽りはないのかも知れない。どんなGPUやCPU、メモリが使われているのか、技術的にも非常に興味深いハードウェアと思われた。
 すでに、タケルに同行する兵隊は決まっていたが、その中の一人がオレとなる。タケルは、歳の頃は十代半ばという設定で、想像していたよりも華奢な体だった。端正な顔立ちというよりは美形と形容する方が相応しく、女性かと見紛うばかりの顔立ちだ。しかし、3DCGだから、そんな容姿に設定することは造作もないことだ。しかしその見かけとは異なり、非常に我が強く、荒々しくわがままで容赦のない性格のようだ。
 ゲーム内のキャラクターはAIにより行動するようだ。キャラクターそれぞれが会話をするのだが、言葉がオレには判別できない。外国語のように聞こえる。オレが声を出して話すと音声認識により、ゲーム画面にその内容が字幕表示され、ゲームの中のオレのアバターが声を出して会話するシステムだった。ゲーム内のキャラクターの会話に関しては、オレにとって重要な会話のみが字幕で表示されるようだ。
 タケルを筆頭に総勢二十名程度の兵隊だ。こんなんで戦うのか、こりゃ、勝利のための戦略が難しそうだ。早速、九州に向かうのかと思いきや、ヤマタの王宮の東方にある神社へ行き遠征の安全祈願をする、とタケルは言う。
 う~ん、何だかなあ・・・。行動が散漫だし、緊迫感やスピード感がない。オレはやる気が失せそうになった。

***


 やっと西へ向かうことになるが、オレは兵隊の装備が気にかかった。これから戦いに行くのであるから、装備を確認しておかないと充分な戦略が立てられない。出発前に、兵隊全員の武器や持ち物を確認する。武器は各自が剣や槍を持っていた。タケルの持ち物に、なぜか女物の衣装があった。
「これは?」
と、オレはタケルに聞いた。
「叔母さんから貰った御守りだ。」
 女物の衣装が御守りというのもおかしなものだ。
 ゲームの中ではクマソーに関する情報がほとんどなかった。マニュアルを読んだので、概略はわかっている。しかし、強行軍で移動してもクマソーに到着するのに二ヶ月ぐらいかかるらしいこと、クマソーは九州を兄弟で支配しているらしいこと、ぐらいだった。クマソーの配下の兵隊の人数、戦力などはわかっていない。現地に行って情報を集め戦力分析をするしかないのか、とオレはため息をつく。
 乗馬という概念がなく、また道が整備されていないため、その行軍に牛車も使えない。したがって、ヤマタの王子と言えども自力で歩くしかない。途中、申し訳程度に魔物が登場する。なんだか、有名なRPGのパクりのようだ。その魔物は全部が弱く、同行する名もない兵士たちでも簡単に倒していく。しかしそうすることによって、旅に必要な食料や休息のための宿を得ることができる。当然、ゲームをしているオレは疲れや痛みを感じることはないが、ゲームの中のオレのアバターは、行軍のせいでとても疲れている様子が窺えた。そんなことなんかに無駄にリソースを使う必要はないんじゃないか、とオレは思う。
 関門海峡に到達したが、泳いで渡るには無理がある。当然船が必要だ。しかし少しばかり強い魔物を倒して難なく船を手に入れることができた。そんな魔物との戦いには何も戦略は必要ではなかった。オレには、このゲームが何だかとても陳腐なものに思えてくる。戦略SLGとしては、あまりにも戦略を考える場面が少ない。RPGとしても、登場人物の成長が感じられず、いまいちゲームに没入することができない。
 海峡を渡ってから、クマソーの本拠地、すなわち現実世界の熊本に向かうために、博多回りの平坦な近道を行くか、南に下って宮崎回りの険しい道を行くかを、オレはタケルに相談された。
 やり直しがきかないということだったので、オレは仕方なく、じっくりと戦略を練ることにした。と言っても、二者択一だ。SRPGと言いながら、選択できる戦略が実に少ない。
 平坦な道は行軍には楽だが、クマソーの兵隊に見つかる可能性が高い。タケルの兵は二十人程度であるのに対し、クマソーの軍勢の詳細が全くわからない。安全を考えて宮崎回りの道を選択した。
 険しい山を越えた先の平野にクマソーの本拠の城が見えた。城と言っても、木造の屋敷が丸太を組み上げた柵で囲まれているだけだ。何の策もなく突撃しようとするタケルを、オレはかろうじて押しとどめる。とにかく、タケルが死んだらゲームオーバーなのだ。猪突猛進血気盛んなタケルを押しとどめるのにも一苦労する。とにかくここは、情報を集めることが肝心だ。
 クマソーの状況を調べていた斥候役の兵が戻ってきた。その話によると、クマソーの総大将と副大将はクマソー兄弟。どちらも噂に違わず、勇猛で荒ぶる性格らしい。そして、今は城内の中央の屋敷を改築中であるとのことだった。
 タケルとオレは、隠れるようにしながら山の上から城の状況を見ていた。
「何かいい作戦はないのかよ。軍師なんだから、ちゃんと考えろよな。」
 タケルにそう責められるが、簡単に名案が浮かぶわけもない。戦略性が小さいがゆえに、直面する課題は厄介だった。こんな状況をどうすれば打破できるというのか!?
 屋敷を改築中ということが何かに利用できないか。オレは田舎での風習を懸命に思い出そうとした。新築の家ができたときには、新築祝いがある。屋根の上から餅を撒いたり、お菓子を配ったりすることもあった。ここではそんな風習はないのか、とタケルに訊いた。
「ヤマタでは、新築祝いに酒宴をする。」
 酒宴が催され、例えクマソーの軍勢が酔っ払っていたとしても、多勢に無勢だ。二十人程度の兵隊で攻めていったとしても、返り討ちに遭うのが関の山だ。何か画期的な戦略はないのか、とこのゲームで初めてオレが戦略を考え出さなければならない場面となったのだった。
 オレが住む現実世界には様々な娯楽があるが、古代で娯楽と言えば、食欲と性欲か。酒には女が付きものではないのか。近隣の女性が酒宴の手伝いに駆り出されるとの情報が入ってきた。誰かが女に化けて宴会に紛れ込み、隙を見てクマソー兄弟を刺し殺すという案がオレの頭に浮かんだ。幸いにも、女物の衣装がある。無謀な戦略だがチャンスはある、しかし、誰を行かせるか。タケルを行かせるわけにはいかない。万が一にも失敗して、タケルが殺されることがあれば、ゲームオーバーだ。
「よし、オレが行く!」
 軍師であるオレが殺される分には、リセットしてセーブ時点まで戻ることができるはずだ。現実世界のオレは相当な臆病者だが、ゲームの世界では大胆不敵なのだ。しかし、SLGやRPGは得意とするところだが、3Dのアクションゲームをオレは苦手としてた。クマソー兄弟とその軍勢を相手にして戦い、オレが無事に帰ってくることは至難の業に思える。
「お前では女には見えない。無理ゲーだ。」
 オレにそう言ったのはタケルだった。そりゃまあ、タケルの言う通りだとは思うけど・・・。
 すると、タケルが衣装を身につけようとした。
「えっ、タケルが行くの!?」
 タケルが女物の衣装に身を包めば、確かにうら若き女性と見紛う。
「他に、女に化けられる奴がいるか?」
 そう言われると、女物の衣装を身につけたからと言って女に見えるような人間は、他にはいなかった。他の誰もがむさ苦しい男ばかりだった。
「お前に死なれては、ゲームオーバーなんだよ。」
 オレは衣装を取り上げて、タケルを行かせまいとする。そんなオレをギロッと睨むと、タケルはおもむろにオレに近づき、オレの顔に目がけて拳を繰り出す。突然のことに、オレはもんどり打って倒れた。もちろん現実世界のオレは痛みを感じない。
「てめー、俺が決めたことに文句を言ってんじゃねえよ!」
 字幕には中二病の男子中学生が使うような汚い言葉が表示されていたが、大王家の王子たる者がそんな下劣な言葉遣いをしたかどうかは定かではない。
 タケル本人が潜入することはオレにとって最悪の選択だったが、オレがどんなに説得してもタケルは譲らなかった。タケル以外の人間が潜入するという選択肢はなく、このSRPGの中でクリアすべき試練なのだろう。オレはタケルが潜入する作戦を飲むしかなかった。しかし、ゲームの中のキャラクターに過ぎないタケルに殴られたことが、結構癪に障った。もちろん、タケルが主人公であり王子であるのだが…。
 仕方なく、オレはタケルの後方支援の戦略を考えることにした。とにかくタケルを死なせないことが、軍師としてのオレに課せられたミッションなのだ。他の点に関しては、多少の犠牲はやむを得ない。
 ただ残念なことに、このゲームはオレの視点からの場面しか画面に表示されない。そのため、オレが潜入しない限り、屋敷の中の様子を見ることができない。SRPGとしてどうなのよ、とオレはゲームのシステムそのものにもイライラした。
 他の兵と共にオレは、草むらに隠れて城の様子を窺っていた。夜も更けてかなり時間が経った頃に、城から騒がしい声が聞こえてきた。タケルが一人の男を人質にして門に現れた。男の喉元には短剣が突きつけられている。その二人の後を追うようにしてクマソーの兵が剣を構えていた。
 門の外にはかがり火、そのそばにヤマタの兵が身を潜めている。タケルが男を刺すと同時に、ヤマタの兵がかがり火を門の中に投げ入れた。城の中は大混乱となった。そして闇に紛れて、オレたちはとにかく逃げられるだけ逃げた。
 どれだけ走ったかわからないが、日が出る頃にはクマソーの追っ手の姿は全くなかった。タケルを逃がすため追っ手と対峙した兵もいたため、兵の数は半分ほどになっていた。
 ふーっと一息つくと、画面に唐突に字幕が表示された。
『○ ヤマタまで跳ぶ』
『△ ヤマタまで地道に歩く』
『どちらかを選択して下さい。』
 どうやら、クマソー征伐という最初のミッションを完了したようだ。面倒なので、『ヤマタまで跳ぶ』ことにした。すると、まるでビデオの早送りのような画面となり、ヤマタへ着いた。

***


 一旦、画面が暗転すると、再びタケルが現れた。
「今度は東へ行けとさ。少しは休ませろよな、バカ親父!」
 タケルはかなり怒りに満ちた表情を見せて毒づいている。どうやら、大王に東方十二カ国の平定を命令されたらしい。ゲームの説明書に書いてあったことだから、オレにはもちろん最初からわかっていることだ。早速再び、兵を集めて出発することになる。
 東方十二カ国というのは、現実世界の中部地方から関東地方に跨がっているようだ。大王家に服従しない勢力を駆逐しながら、海沿いに関東へ足を進める。しかし残念なことに、それらの戦いに戦略があまりない。どちらかと言えば、出来の悪いRPGをプレイしているようだ。途中には弱い魔物が出て、魔物を倒すことで食料や休息する宿を確保することができるのはクマソー征伐のときと同じだ。異なっているのは、途中途中に出てくる魔物が、クマソーへ向かう時より強くなっていることだ。スピードは遅いが、やはり少しずつ成長しているのだろうか。
 しかし、戦略がなく物語としてもつまらない。その上、わがままで横暴なタケルの性格に、オレは辟易していた。現実社会で言えば、自分の地位を笠に着ていじめやパワハラを繰り返す性根が悪い奴と言ってよかった。
 途中で女性が一人合流した。タケルの許嫁らしい。兵隊としてはつかえなさそうな女性だ。これから戦いに行くと言うのに、女連れかい、とオレは突っ込みたくなった。まあ、ゲームのパーティを編成するのに、使えない登場人物がいるのは、よくあるっちゃある話なのだが・・・。
「足手まといになるから、やめとけ!」
とオレが言っても、タケルは全然聞く耳を持たない。これもこのゲームの中で決められた物語の筋なのかも知れない。しかし、オレは段々とタケルに不満が募っていった。本当に、俺様気取りの中二病の不良にしか思えなかった。そんな奴のために戦略を考えることが、オレは段々馬鹿らしくなってきた。
 なんだかんだで、敵を撃破しながら、オレたちは現実世界の神奈川まで到達した。房総半島へ向かうためには、三浦半島から船で渡るのが早いらしい。オレは天気予報には疎いが、何だか雲行きが怪しいように感じられた。しかし、三浦半島と房総半島なら目と鼻の先だ。そんな短い距離を移動する間に台風が来ることはないだろう。ただ、用心するに越したことはない。
「海が荒れるかも知れないから、少し待った方がいい。」
とオレはタケルに進言する。するとタケルは
「はぁ、お前はビビリか!」
と蔑んだ表情でオレを見た。
 現実世界では確かにビビリですがね、ゲームの世界では大胆不敵ですよ、オレは。
「お前に死なれたらゲームオーバーなんだよ。」
 オレは苛立ち紛れに言い放った。タケルが怒りにまかせて殴りかかってくる。オレは素早くそれをよけた…つもりだったが、ゲームの中のオレは倒れていた。
 タケルはオレの言葉を聞き入れることもなく、船で漕ぎ出す。何のための軍師なんだか訳がわからなくなる。そして案の定暴風が吹き荒れる。
「タケル様。これは海神の祟りです!」
 兵の一人が、タケルに進言した。
「海神の祟りだと!」
 いやいや、ただの台風だし!
「海神の怒りを鎮めるには、人身御供が必要です!」
 人身御供って・・・まさかオレ?
 オレが死ぬ分にはゲーム上問題ないが、人身御供を差し出したからといって、台風は静まらないだろう。
「バーカ、人身御供ってのは女にしか務まらないんだよ!」
 現実世界では大いなる問題発言だ。いや、それ以前に人身御供自体が大きな問題だ。タケルは許嫁を荒れた海に飛び込ませようと考えている。
「そんなことしたって、どうにもならない!」
「じゃあ、何か戦略があるのか?」
 そう問われても、嵐の中の船の操縦法などオレが知るわけもない。
 そうこうしているうちに、タケルは自分の許嫁を人身御供として荒れた海へと放り出してしまった。なんてこった!
 翌日、他に犠牲者を出すことなく、船は無事に房総半島へ辿りついた。
 だがオレは、タケルのあまりにもひどい性格設定にうんざりしていた。ゲームとは言え、タケルの性格の悪さについていけなくなって、ゲームを続ける気が全くなくなってしまったのだ。
 ゲームの世界から抜け出たオレは
「やってらんねえよ、こんなクソゲー!」
と声を上げながらVRゴーグルを投げ出した。

 数日後、オレが寝ていると、オレの部屋に役人風の男たちが押しかけてきた。そして、オレは目隠しをされ、何が起こったのかもわからないままゲーム機とともに連れ出された。
「乱暴をして申し訳ない。」
 目隠しを外されたオレの前には、初老の紳士がいた。
「非常事態だったので、緊急に君にここへ来てもらうことにした。」
 オレは何のことかわからず、黙って聞いていた。
「君にモニターになってやってもらったゲームのことなんだが…。実は多くのゲーム好きな者にプレイしてもらっていた。しかし、ほとんどすべての者がゲームオーバーとなってしまっている。そう、君だけがゲームを続行できているのだ。」
 クマソーの征伐に失敗した奴が多いのかもな、とオレは思った。いやいや、みんなやる気がしなかっただけじゃないのか!?
「話が少し難しいかも知れんが、聞いて欲しい。歴史の本流というものは、実は、山の尾根を伝っているようなものだ。ある一つの小さな事象でもその結果次第で、歴史の流れは異なる方向に流れ落ちていってしまうものなのだ。バタフライ効果と言ったかね。小さな一つの出来事がその後の歴史を大きく変えてしまう。一つの切っ掛けで、歴史はいかようにも変化してしまうものなのだよ。現在の日本の大王家が、この日本で唯一の王家となったのは、ヤマタタケルが東方十二カ国を平定してからなのだ。しかし、その戦いは極めて難しいものだったことが伝わっている。この東方十二カ国との戦いに敗れてしまうと、今の大王家は存在しないことになる。
 ご推察の通り、君がやっていたのはゲームではないのだ。古代のヤマタと、クマソー、そして東方十二カ国との実際の戦争なのだ。ヤマタを勝利に導けるのは、君しかいないのだ。わかるかね。もう一度言うが、他のゲーマーたちはみな、ヤマタタケルを殺されてしまっている。残っているのは君だけなのだ。君がヤマタタケルを勝利に導くことのできる唯一の存在なのだよ。君のゲームデータはサーバーにある。最後までやって、ヤマタタケルを勝利に導いてもらわねば困るのだ。さもないと、今の日本は、今の大王家は存在しなくなってしまうのだ。」
 初老の紳士の言ってることをオレは理解できなかった。このゲームと今の日本にどんな関係があるというのだ。実際の古代の戦争と言うが、その古代の戦争に現代にいるオレがどうやって介入できるのだ。ゲームの中のオレのアバターは古代に実在した人間なのか。未来のテクノロジーが搭載されたこのゲーム機が、過去と現代をつなげたとでも言うのか。
 いや、そんな理解を超えたテクノロジーが問題なのではない。オレにとって、ゲームを進めるモチベーションをだだ下げる要因は、油と水のように性格が合わないタケルの存在なのだ。わがままで自分勝手で、人を人とも思わないような性格の悪いタケルの手助けをするのが、オレは嫌なのだ。タケルのために、オレが戦略を考え、それによってタケルがヒーローとなってしまうことに我慢がならないのだ。
 オレのセーブデータがロードされ、オレは無理にでもヤマタタケルの大冒険をプレーしなければならない状況だった。ゲームを続行し、ヤマタに勝利をもたらさなければなければならないことだけは、オレにも理解できたのだった。


***

 しかしだ。オレはヤマタタケルが負けた場合の現代の日本を見たい気もした。タケルが勝ち続け、殺されそうな状況にないのなら、オレがタケルを殺すことだって可能だ。タケルの軍師として現代の日本の大王家の存在を守るか、それとも、全く異なる日本の歴史を作るのか。そんな二者択一に軍師のオレの心は揺れ動いていた。

(了)

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鳴島立雄
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