話さなくても分かる のこと
高校3年生のとき。
クラスで英語の時間になると席替えがあった。私は別の教室へ、誰かがその時間だけ私の席へ座った。
ある日、なんとなく思い立って、机に「PUNKS」と落書きしておいたのだが、英語の授業のあとに戻ってくると、その下に「NOT DEAD」と同じような書体で継ぎ足してあった。
これ書き足したの、誰だ?
おそらく英語の授業で私の席に座るHちゃんという男子だろうと見当がついた。私はにやりとした。殆ど喋ったことはなかったし、そのことについて、その後も聞くことはなかったけど、絶対その人だよなあと確信はあった。
今年(なので前出の話から32年後)、前から着てみたかった黒い革のライダースジャケットを買った。そして今日、ライダースを着て仕事帰りに自転車に乗っていると、見覚えのある人が寒そうに少し前のめりに向こうから歩いてきた。Hちゃんだった。
最初、彼は私が着ているジャケットをチラッと見て、それから顔を上げて、あっという表情になり、ヘヘッと笑って手を上げた。私に向かって彼がそんなことをするのは珍しい。たったそれだけなのだけど、私も嬉しくなって笑った。
お互い髪にだいぶ白いものが混ざってきた。
たぶん私たちはこれからも、それほど親しく話すわけでもなく近づくこともないだろう。
でもなんとなく、お互いに離島の高校生だった10代の頃に、似たものが好きだったことを解っているような気がする。
書いてしまうとなんということもない話なのだけれども、こういう関係、わりといいものだ。たぶん、いろんな人が、周りの人たちとそんな感じでゆるやかに繋がっているのだろうなと思う。