ひと復習い(続・ゆうなの花に寄せて)
Yoricoさん
弥生の月、Yoricoさんのお誕生月だったというのに、まともに返信も書けず御無沙汰しておりました。きょう、ふとYoricoさんのライブ配信を観て、素敵な笑顔と柔らかな陽光に少し気持ちが明るくなりました。カナダでの撮影は順調でしょうか。そしてもうすぐ、4月9日からは洞口依子さんの主演映画『終点は海』も下北沢トリウッドで劇場公開が始まるのですね。
コロナにはなんとしても関わるまい、と思っていた私でしたが、ついに身近なことになってしまい、ここ数日は自宅待機です。けれど3月末は家に居る時間を泥のように眠るか気分転換にスマートフォンを覗くかくらいの選択肢しかなかったので、こうしてパソコンに向かって文章を綴るという時間を得ることができました。
さて、2月の終わりにYoricoさんが書いておられた「ひとさらい」のこと。あれから時々考えてみたのですが、私には、あんまり誰かにさらわれてしまうようなドラマティックなことが起こらなかったのです。十代の半ばに、雑誌で見ただけで相手は全く私を知らないのに、一方的に心をさらわれてしまったことはありました(つまりファンになったというだけのことですね)。憧れはその後いまに至るまで30数年も続いているのですが、ある事情でその方は大きなバッシングを受け、いまは全く姿を見せなくなってしまいました。きっといつか復帰する日を、同じような思いを抱いた方々と共に待つばかりです。
ところで「浚う(さらう)」という言葉は、奪い去る、連れ去るとか、すっかり取り除くという意味でよく使われますが、「復習う(さらう)」、おさらいするという言葉にも通じるそうですね。Yoricoさんは、人々の心を魅了しさらってゆく唯一無二の女優さんでもありますが、今までに会った人たちや、忘れられてゆく物事を、文章によって「復習う」才能もある方なのではないかな、と考えるようになりました。Yoricoさんの魅力について非常に的を射た文章を書かれたこともある、久世光彦さんのように。
例えば、Yoricoさんが時々言及される外間守善さん。私は以前、郷土資料に特化した小さな図書館分館に勤めていたときに、外間さんの書いた『南島の抒情―琉歌』という文庫本に強く惹かれました。ゆうなの花の写真が表紙になっていて、琉歌を分かりやすく紐解いた内容です。その本を手にしてしばらく経って、たまたま新聞書庫で探し物をしているときに、外間さんが宮古に来島されたときの記事と写真を見つけました。しんとした書庫の中で、心臓の音が高鳴るようでした。私はそれまで外間さんの著書の熱心な読者ではなかったのですが、文章とお顔が一致してからは親しみを覚えました。私のいた小さな図書館の中に、そんな昔の人たちの想いが残っていて、時にはその人たちの魂がここに並ぶ本を守ってくれているのではないかしら、などという感覚を持つようになったのです。そのことについて、数年前にこんな文章を書いたことがありました。
そういえば、こんなこともありました。私の同郷の先輩でYonafyさんという方がいます。長年東京で音楽活動をされていて、とてもユニークでポップなソングライティングをされる方です。「ライブラリー・ライブ」と銘打った館内イベントでYonafyさんに演奏をしていただくことがあったのですが、Yonafyさんが珍しく沖縄の歌をうたってみようかということで、朝比呂志さん作詞・普久原恒勇さん作曲の「ゆうなの花」を演奏したのです。郷土資料に囲まれた中で、その歌はとても美しく響きました。後日、その図書館の二代目館長の池村恵祐さん(故人)が歌集『南国の花』という本を自費出版されていて、ゆうなの花を詠った作品もあり、その本が館に所蔵されていることに気づき、もしかしたら私以外に誰も関心はないかもしれませんが胸が震えました。きっと池村さんもYonafyさんの歌を聴きに会場へいらしていたのではないかなと思ったのです。
私が勤めていたところは小さな図書館…と書きましたが、実はその施設はもともと沖縄県立図書館宮古分館だったところで、コンパクトな建物ながら、県立図書館から譲渡された郷土資料の品揃えは素晴らしいものでした。私はその建物の解体を前に資料の移転に関わるという得難い経験をしたのち、図書館から異動になりました。移転までの4年間と、そのあと一部が城辺館に移されてからの1年、僭越ながら自分がこれらの資料の番人のような気持ちでいたので、異動のショックでしばらくは新しく建設された図書館から足が遠のいていました。とても苦手だけど心を殺してこなすしかない業務に移り、3年が経った今春、希望が叶って図書館へ戻ることができました。
そして4月1日、異動した初日、カウンターに立った私の前に現れた方が、久しぶりのレファレンスのお客様でした。その方は伊波普猷の本を手にしながら、「外間守善の『おもろさうし』は何處にある?」と聞いてこられたのです!
私はまるで外間さん達に「おかえり。さっそく仕事ですね」と言ってもらえたような、そんな気がして幸せに包まれました。私は何の専門家でもありませんが、本を探しに来た方と資料が出逢うお手伝いをすることが何よりも嬉しいのです。また何年いられるか分かりませんが、いる間は、ずっと学び、復習うことを繰り返し謙虚に励もうと思います。
こんな感覚を、きっとYoricoさんも理解してくださるのではないかと思って書いてみました。そして、いつかYoricoさんが沖縄のことなどを綴ったエッセイ集が出版されて、この島の図書館の書架に並ぶ日を、私は待望しています。
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