木村夏樹2021年5月覚書~危惧と展望の先を見て~

フォー・ピースから考える、多田李衣菜にとってのロックと木村夏樹との関係

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モバマスで開催された第9回ミュージックJAMにおいて、フォー・ピース
が登場した。多田李衣菜がリーダーとなり、『目指せロックスター アイドルチャレンジ』で結成された後、すぐに解散したユニットではあるが、その後も何度か再結成している。デレステのスシローイベで登場した際は木村夏樹もコミュに出演、モバマスでもフォー・ピースwith夏樹というユニットで登場したこともあるなど、木村夏樹とも何かと縁がある。

今回のJAMでは、フォー・ピースが何度も再結成する理由が語られる。いわくお互いの成長を確かめ合うために再結成するのだと。

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その中で「ぶつかり合う」ことが強調される。

いつの頃からか多田李衣菜に関して「ぶつかり合う」ことを強調しがちだ。『Unlock Starbeat』のコミュでもそうだった。

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ロック・ザ・ビートとして『Jet to the Future』コミュでも、D/Zeal とのコラボ『ハーモニクス』コミュでもそうだった。

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だがしかし、多田李衣菜が「ぶつかり合う」ことをどうこう言いだしたのは、デレアニからだ、それはデレアニの多田李衣菜にとってのロックがアスタリスクだと断言することが前提であり、つまり「アスタリスクのように水と油でありながら、個性がぶつかり合うこと」が多田李衣菜にとってのロックだと意味していた。

鳥羽:高雄監督の中である種のキャラクター像が当然できあがっていて、この子とこの子が組み合わさればこういう化学反応が起きるとか、いくつか事案を出して、それを石原さんと揉んだんですね。(中略)前川みくと多田李衣菜の“*(Asterisk)”は水と油がおもしろく反応するだろうという。むしろ、そっちをピックアップしようと。
引用元:https://dengekionline.com/elem/000/001/049/1049815/

しかし、今さら言うまでもないが、デレアニの多田李衣菜はモバマス以来の多田李衣菜とは全く違う。高雄監督が勝手なイメージでキャラ改変した結果、相手の大切なものを認めず、自分の考えを押し付ける狭量なステレオタイプな人格にされている。

モバマスからの多田李衣菜を振り返れば、相手の大事にしているものを認めて、自分の個性と合わせて高め合う。
お互いに「認め合い、高め合う」それが多田李衣菜だったはずだ。

フォー・ピースでも、お互いに「認め合い、高め合う」ことが前提にある。

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多田李衣菜が本来の「認め合い、高め合う」ことを曖昧にしたまま、デレアニ以来の「ぶつかり合う」ことばかり強調するのは、デレアニ以前の多田李衣菜を塗りつぶすような歴史修正主義的で、危惧を覚える。

木村夏樹にとっても、多田李衣菜との関係はロックという価値観を通じて、またロック・ザ・ビートというユニットを通じてひとかたならぬものがある。

間違いなく木村夏樹がこれまでアイドルとして歩んできた道のりと、育まれてきた価値観は、多田李衣菜と重なっている点が多々ある。

その多田李衣菜の人格が揺らぐならば、木村夏樹にとっての人格が揺らぐことになりかねない。それこそ多田李衣菜に引っ張られてキャラが崩壊したデレアニ、のまけの再来になりかねない。

一度、多田李衣菜にはこれまでの分裂気味な自身を振り返り内省し、また「認め合い、高め合う」ことの意義を再確認する必要があるのではないか。

間近のデレステのイベント『とんでいっちゃいたいの』では、三村かな子が一ノ瀬志希と宮本フレデリカという癖者二人を相手に、正面から付き合う度量の広さと自己の強さを見せた。デレアニで自信なさげにオタオタしていた三村かな子とは、まさに別人であった。同じようにデレアニでキャラ改変されながら、いつまでも影響を引きずる多田李衣菜との違いは一体何であろうか。

総選挙とボイスオーディションの結果に思うこと

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例年通りと言うべきか、今年も木村夏樹は総選挙において50位圏外であった。例年にないことと言えば、今年は木村夏樹の声を担う安野希世乃さんが、Twitterで総選挙を呼びかけていた。自分の認識では過去にないことであったから印象深いが、それをもってしてもこの結果。

残念とは思いつつも、諦めがつくわけじゃない。ただ結果を受け入れるしかない。

その一方で木村夏樹とは関係のないボイスオーディションを受け入れるのは楽なもの、そしてなんと言っても1位に輝いた浅利七海が嬉しい。

浅利七海は自由奔放なところがあり、『トークバトルショー in SUMMER』で共演した木村夏樹も手を焼かされ、いつもとは違う顔を見せることになった。

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総選挙結果を思えば、依然として木村夏樹に対する広範な支持は得られていないことは確かだ。ならばいっそ、いつもと違う木村夏樹の顔を見せることで、リーチを広げることが大事だ。そのためにも浅利七海には木村夏樹との再共演を期待したい。

編集後記

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2020年5月は木村夏樹に関係する公式供給は、ほぼなかった。せいぜいデレぽとデレステビンGOに登場したくらいだ。だが1月から続いていた怒涛の公式供給ラッシュを思えば、落ち着いて一息つけると思えるほどだ。

とは言えど5月はデレマス全体にとって最大級のビッグイベント、シンデレラガール総選挙の結果発表があった。その結果に思うことは上述した通り。

来年の総選挙を思えば、今から動かねばならぬだろうが、いまや総選挙の結果に一喜一憂する境地にない。総選挙結果がどうであろうと木村夏樹はろくでもない扱いも、恵まれた扱いもされるということは、この一年ばかり、7th大阪公演や、デレミリコラボを目の当たりにしてよく分かった。

だからこそ必要なのは、総選挙で勝てなくとも、負けはしない闘いを志向しなければならない。

シンデレラガール総選挙とは単なる人気投票ではない、いかにそのアイドルを活躍させたいかというプロデューサーによる未来への投資である。であるからこそ節目の年で安部菜々が、運営への不信から塩見周子が、ニュージェネとして面目躍如のために本田未央が、シンデレラガールに輝いた。

総選挙の目的がアイドルの活躍にあるならば、結果そのものより目指すアイドルの活躍そのものに焦点を合わせてプロデューサー活動をするべきではないか。

すなわち、他のアイドルと比べて抜きん出た声援を集めることが難しくとも、これまでの木村夏樹が積み集めてきた声援や、木村夏樹が歩んできた道のりを確かなものにすることで、木村夏樹のためにならない活動を排除し、木村夏樹のアイドルとしての活動基盤を確固たるものにする。

総選挙で結果を出せずとも、アイドルとしての活躍を盤石なものにする。それが勝てずとも負けないということ。

そのためには木村夏樹がどういうアイドルなのかという周知が必須であろう、それこそ未だに木村夏樹をデレアニ準拠で語る人や、先入観でただのイケメン女子で語るような人が、かなり見受けられる。そうした認識の果てにあるのが7th大阪公演である。デレアニや表面的なカッコよさで木村夏樹を図る安直な認識は排除しなければならない。
多田李衣菜の人格や道のりが安直な認識で、歴史修正主義的に扱われているのを思えば、木村夏樹がそんな風に扱われてなるものかと強く思う。

実のところ、近頃は木村夏樹を指して可愛いという声をよく聞く、だがほんの少し前まではあまり聞こえる声ではなかった。木村夏樹がカッコいいばかりではない違う面もあるのだとプロデューサーの認識が広がりつつあるのは、大きな前進である。

そしてまた期待したいのは浅利七海に声が実装されたことだ。前述したように浅利七海に対する木村夏樹はいつもと違う顔を見せる。それはプロデューサーたちの認識を変える絶好の機会になるはずだ。

そしてまた、たった今思いついたのだが、総選挙やボイスオーディションの結果がどうであれ、こうして担当アイドルのために活かせると志向することがプロデューサー活動にとって何より大事なのかもしれない。


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