宮沢賢治「冬」 肥料不足で黄色く光る花巻温泉街
反省する人物
冬の月夜、午後八時、花巻温泉に向かう花巻電鉄を眺めながら、何かを反省している人物が描かれています。
1925(大正14)年2月といえば、童話集「注文の多い料理店」を刊行して2か月後です。今では、子供にも大人にも親しまれる名作ですが、当時はあまり売れず、賢治が数百冊を自分で買い取ったそうです。「がらにもない商略」という表現は、作者のそうした状況が反映しているのかもしれません。
発展は、不足
賢治の父も資本家として参加したリゾート開発でできた花巻温泉が、「灌漑水や肥料の不足な分で/温泉町ができてみたりだ」と描かれています。
植物に肥料が不足すると、葉が黄色くなります。夜の野原に電灯で黄色く浮かび上がった温泉町を、肥料不足の植物に例えたものでしょう。
町ができるということは、野原に建物などの物質が加えられ、豊かになることのようにも思えますが、ここでは、周辺の野原よりも何かが不足した部分として、町が捉えられていることが興味深いです。
そこに走っている電車、花巻電鉄も、賢治の父が資本家として参加しています。
アメリカ先住民と地元資本
「ムーンディーアサンディーア」は、当時世界的に流行していた歌「ミネトンカの湖畔にて」の歌詞からのようです。アメリカ先住民の民謡に題材をとったこの曲が巨大資本の開発に揺れる花巻の状況と重なって感じられたのかもしれません。
花巻温泉は、地元花巻の資本家で開発が始まりましたが、後に盛岡のさらに大きな資本家が入って、大きく開発されました。
詩本文
(本文開始)
四〇九
冬
一九二五、二、五、
がらにもない商略なんぞたてやうとしたから
そんな嫌人症(ミザンスロピー)にとっつかまったんだ
……とんとん叩いてゐやがるな……
なんだい あんな 二つぼつんと赤い火は
……山地はしづかに収斂し
凍えてくらい月のあかりや雲……
八時の電車がきれいなあかりをいっぱいのせて
防雪林のてまへの橋をわたってくる
……あゝあ 風のなかへ消えてしまひたい……
蒼ざめた冬の層積雲が
ひがしへひがしへ畳んで行く
……とんとん叩いてゐやがるな……
世紀末風のぼんやり青い氷霧だの
こんもり暗い松山だのか
……ベルが鳴ってるよう……
向日葵の花のかはりに
電燈が三つ咲いてみたり
灌漑水(みづ)や肥料の不足な分で
温泉町ができてみたりだ
……ムーンディーアサンディーアだい……
巨きな雲の欠刻
……いっぱいにあかりを載せて電車がくる……
(本文終了)
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