見出し画像

賢治先生の北海道修学旅行 3日目 5月20日午前 現小樽商科大学

宮沢賢治の花巻農学校教師時代の北海道修学旅行復命書を読み解いています。
復命書はこちらです。
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202102150000/

2日前の1924(大正13)5月18日夜、花巻を出発した一行31名。

https://note.com/cxq03315/n/nd4673f954098

鉄道と青函連絡船を乗り継いで、車中泊2回、途中で函館を見学しながら、出発から約35時間後、5月20日午前9時小樽駅に着きました。

相当疲れていたのではないかと心配ですが、列車からおりて、すぐ目的地の小樽高等商業学校に向かいます。
小樽高商は、現在の国立小樽商科大学で、1910(明治43)年、全国5番目、北海道では唯一の官立高等商業学校として、また、北海道の高等教育機関としては、北海道帝国大学についで2番目に設立されました。

画像1


復命書から引用します。

(引用開始)
小樽市
午前九時小樽駅に着、直ちに丘上の高等商業学校を参観す。案内に依て各室を順覧せり。中にタイプライター練習室と、並に取引実習室の諸会社銀行税関等の各金網を繞らせる小模型中に於る模擬紙幣による取引など農事実習と対照して甚生徒の興味を喚起せり。
(引用終了)


(写真は小樽商科大学百年史より)

画像2

名門高等教育機関ながら実学重視を掲げて、有名企業に即戦力の人材を供給していた小樽高商では、模擬取引実習が盛んだったようです。模擬紙幣や模擬手形などを使って、銀行、商社、工場などの役にわかれて学生が実習したようです。賢治は農学校の農事実習とくらべさせて生徒の関心を引き出すことに成功したようです。農学校の実習でも農産物販売にとりくんでいたのでしょうか。

賢治が家業の質屋兼古着屋の手伝いをいやがっていたことや、羅須地人協会時代に売れ残った花や野菜を人にあげてしまったことから、賢治は商業や商取引を嫌っていたり、苦手だったと言われることがあります。また、農業技術者は、良い農作物を作ることには熱心ですが、販売には不勉強であったりします。

しかし、この修学旅行では、商家の息子らしい商業に明るい面や、また普通の農業技術者よりも農産物の販売面を重視し、農家の所得向上を目指す、賢治の違った一面が見られるように思います。

ついで、一行は商品標本室を見学します。
商品標本室は小樽高商自慢の施設で、同校の渡辺龍聖校長はこのように語っていました。
「渡辺はドイツ・ベルギーなどの高等商業教育の視察をふまえて、「単に商業上高等の智識を授くるのみならず、商品を物理的若くは科学的に能く実験整頓して、商品の性質を充分に知らしむること」(『小樽新聞』、一九一一年七月二六日)」(小樽商科大学百年史より)
https://barrel.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_view_main_item_detail&item_id=4753&item_no=1&page_id=13&block_id=135

画像3

科学と商業の融合ともいえる同校の方針は、科学と農業、宗教、文化の融合について考えた賢治の思想とも合致したものだったかもしれません。


修学旅行では見学しなかったようですが、写真のように、他の高商にはない、商品の理化学試験を行う実験室があることが、小樽高商の科学を重視する方針を示していました。

画像4


やや、話がそれました。復命書から引用します。

(引用開始)
商品標本室にては粗なる農産製造品と精製商品との連絡に就て参考となるべきもの多く殊に独乙の馬鈴薯を原料とせる三十余種の商品見本、米国の各種穀物を炙激膨脹せしめたる食品等に就て注意せしむ。
(引用終了)

ドイツのジャガイモの加工品30種類以上の商品見本とは、驚きます。さすがジャガイモの産地北海道だけに、ドイツを手本にジャガイモの商品開発の研究に力を入れていたようです。

アメリカの、穀物を炙り膨らませた食品とは何でしょうか。ポップコーンやシリアル食品でしょうか。
シリアル食品の元祖グラニューラは、アメリカの栄養士でベジタリアンのジェームス・ケイレブ・ジャクソンが1863年に健康食品として開発したそうです。賢治も一時菜食生活をし、「ビジテリアン大祭」という小説を書いたことが思い起こされます。

青空文庫 宮沢賢治 著 「ビジテリアン大祭」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/2589_25727.html

また、こうした農産物の加工品といえば、賢治が数年後の羅須地人協会時代に、農民に産業組合を作って農産物加工販売に取り組むことを呼び掛けたことが、連想されます。今でいう農業の六次化です。

さらに、詩「産業組合青年会」の表現「部落部落の小組合が ハムをつくり 羊毛を織り医薬を頒ち 村ごとの、また、その聯合の大きなものが 山地の肩をひととこ砕いて 石灰岩末の幾千車かを 酸えた野原にそゝいだり ゴムから靴を鋳たりもしやう」に通じるものを感じます。
https://plaza.rakuten.co.jp/kenjitonou/diary/202012170000/

小説「或る農学生の日誌」の該当部分はこちらのようになっています。復命書では30種類の標本が、150~160種類に増えているのは、創作だからでしょうか。

(引用開始)
いま小樽の公園に居る。高等商業の標本室も見てきた。馬鈴薯からできるもの百五、六十種の標本が面白かった。
(引用終了)

次回は、小樽公園のバナナが安い!なぜ北海道でバナナ?

https://note.com/cxq03315/n/n9bbc0b2b2c4e

#宮沢賢治 #稗貫農学校 #花巻農学校 #修学旅行 #或る農学生の日誌 #農業教育 #小樽 #小樽高等商業学校 #小樽商科大学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?