宮沢賢治 作 「倒れかかった稲の間で」水稲の倒伏と農家の視線 衰える農村
1927(昭和2)年8月20日に書かれた、大雨と水稲の倒伏を描いた作品群のひとつです。
自分が肥料設計した水稲が倒伏し、農家の冷たい視線に落ち込んでいます。
経済が厳しいなかで、自然災害にまで襲われ、「もう村村も町々も、/衰えるだけ衰へつくし」ていく姿を想像しています。
(本文開始)
倒れかかった稲のあひだで
ある眼は白く忿ってゐたし
ある眼はさびしく正視を避けた
……そして結局たづねるさきは
地べたについたそのまっ黒な雲のなか……
あゝむらさきのいなづまが
みちの粘土をかすめれば
一すじかすかなせゝらぎは
わだちのあとをはしってゐる
それもたちまち風が吹いて
稲がいちめんまたしんしんとくらくなって
あっちもこっちも
ごろごろまはるからの水車だ
……幾重の松の林のはてで
うづまく黒い雲のなか
そこの小さな石に座って
もう村村も町々も、
衰へるだけ衰へつくし、
うごくも云ふもできなくなる
たゞそのことを考へやう……
百万遍の石塚に
巫戯化た柳が一本立つ
(本文終了)