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大喜利AIに学ぶ。AIは人間のクリエイティブを拡張する存在になりうるか

「2022 62nd ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のクリエイティブイノベーション部門において、ブロンズを受賞した「写真で一言ボケて電笑戦」。2022年5月に開催されたAIによるお笑いバトルで、写真で一言ボケるウェブサービス「bokete(ボケて)」の回答をAIが行うというユニークな大喜利大会です。

今回は大会の肝となったボケ生成モデル「bokete camera」を制作した電通デジタル アドバンストクリエイティブセンター AIクリエイティブ事業部の石川隆一に、開発秘話を聞きました。

AIが生み出すボケは人間の考えるボケと、どのように違うのでしょうか。

AIは人間の喜怒哀楽に影響を与えることができるのか

-石川さんがボケ生成モデルを制作されたという「写真で一言ボケて電笑戦」の概要について教えてください

石川:「ボケて電笑戦」は写真で一言ボケるウェブサービス「bokete」の回答を、AIが瞬時に画像を解析して回答をするAI大喜利大会です。既に世の中では、機械学習によって生み出されるAIモデルがさまざまなサービスに使われています。今回のイベントは従来のAIには難しいとされていた人間の情緒や喜怒哀楽に影響を与えることができるのかという命題に挑戦したものでもあります。

-そもそも今回の企画に至ったのはなぜでしょうか。

石川:元々は別のクライアントの企画で、商材でAIがボケるといったものを作っていたんですが、いろいろな問題で頓挫しました……。出来上がったAIについて、「これ自体はすごく面白いよね」と同僚と話していて、何とか活用できないかと「bokete」の運営会社のオモロキに問い合わせをしました。そうしたら、このAIを大変面白がっていただき、先方から「何か一緒にやりたい」と言っていただいたことがプロジェクトの始まりですね。そこからAWS最大の年次カンファレンス「AWS Summit Online」で講演や大会をする中で活動を知ってくれる人も増えました。

-イベントの反響はいかがでしたか?

石川:SNSでは「AIで大喜利できるんだ」「どういうAIなんだろう」といった声も多く見られました。一般の方以外にも企業から「私たちも出たい」と連絡をいただくなど、AI業界からかなり注目を集めたイベントになったのではないかと思っています。

今回のイベントは、「世の中が面白くなるために」というテーマもありつつ、参加したエンジニアの技術力を見る場という裏テーマもあったので、参加者と観戦者含めていくつもポジティブな効果がありましたね。モデルデータとコードをオープンソース化して誰もが関われるようにしたのも良かったと思います。

AIの“誤読”こそが面白さにつながる

-そもそもの仕組みが気になったのですが、画像でボケるAIはどういう仕組みなのでしょうか?

石川:大枠として、読み込ませた画像の説明文を作ってくれるAIというものは既に世の中で研究されています。例えばサーファーが写っていると、AIが「この人は海でサーフィンをしている」と返答するといったような。しかしお笑い的にはそれだと不十分です。

「画像でボケる」というのは、AIが生み出す“誤読”が面白さにつながります。ギターを弾いている人の画像をAIがそのまま画像通り「ギターを弾く人」と理解しても面白くない。でもAIは1%の可能性でそのギターを“ひょうたん”と認識することがあるんです。AIの認識のズレがボケにつながっていくと思っていたので、そうしたズレのあるボケをどんどんAIに学習させていきました。その結果、わざと画像とズレた回答を出してくれるAIが出来上がったんです。

-AIによるミスリードを逆手に取るやり方というか。本来のイメージとかけ離れたものをぶつける、というのはお笑いでもよく使われる手法ですね。

石川:そうなんです。他にもオモロキから現時点までに1億以上の「bokete」回答を提供いただいて、ラベリングされた「モノボケ」「シュール」といったボケのジャンルをAIがひと通り学習しています。その結果、単純に誤読するだけでなく、その差分も踏まえた回答を出すようになりました。

-ちなみに実際にAIが出した回答はどのようなものがありますか?

石川:これは僕が好きなボケなんですけど、この回答は秀逸でしたね(笑)。普通であれば「この物体は何か」とモノボケのほうにフォーカスすると思うんですけど「そっち行ったか〜!」 と思わず膝を打ちました。もしかしたらAIが画像から、この人の顔の大きさと謎の物体の大きさを比較して導こうとしたのかもしれないですが、なかなか人間では思いつかない回答というか。

- 面白いですね。ちゃんとボケとしても成立していますし。

石川:それこそ、こうした漠然とした宇宙背景をAIに読み込ませたんですね。大喜利得意な人だとしてもどうボケるかとても難しいお題です。だけどAIはこのように回答して。まさかこう来るかと(笑)。

誰もが回答をイメージしやすいようなお題だとあまり上手くないんですが、ボケようがない写真に対しては人間じゃ思いつかないような回答を返してくるので、そこはAIの特徴であり強みだと思います。

-AIのすごさがよくわかりました。ちなみに開発で苦労された点はありましたか?

石川:回答のリスク管理がとても悩ましいところです。お笑いには対象の特徴を笑いに変える文化があります。例えば相手の特徴をいじるとか。AIもそうしたボケをしようとするのですが、あまりにブラック過ぎたりナンセンスだったりと、回答のコントロールができなくて。大会ではAIが考えたものをすぐその場で出すということをしたかったんですが、どうしても人間のチェックを入れざるを得ませんでした。いわゆる“毒”をどう数値化して規制するか、そうした点をこれからさらに改善していかなければと考えています。

-先ほどお話しいただいたデータのオープンソース化によって何か影響はあったのでしょうか。

石川:イベント当日に「これでボケてください」とTwitterにお題を投稿していたのですが、僕が配布したコードでAIを組んでボケてくれた方がかなりの数いらっしゃったりして。

そういった一般の方の反応、AI×お笑いに対して技術を展開したことや、データをオープンソース化したことで、多種多様な業種の企業が興味を持ってくださっている印象があります。

AI×クリエイティブの可能性は大いにある

-実際のところ、石川さんはAIと人間はどちらが上手くボケられると思いますか?

石川:AIは一般の人よりはうまくボケられるけど、プロの芸人さんには負けるという回答になると思います。この「写真で一言ボケて電笑戦」をテレビで特集してもらったときにAIと芸人さんを競わせたことがあるんです。そこではAIの完敗でした。

-なるほど。この流れで聞いてしまうんですが、AIはあるルールに則って差分を量産することはできても、ボケが人間的にどう面白いかを選別するかはまだ届かざる領域なのかなと思います。実際のところどうお考えですか?

石川: 僕はAIが選定までできるようになると思っています。もちろん100%ではないかもしれませんが、技術的には大いに可能です。僕が3年前にアートディレクターの評価をAIで測ることができないかという研究をしていたときに、けっこう当たるようにはなっていたんですね。同様にコピーライティングでも行ったのですが、かなりの確度で当てることができました。

ですがAIという仕組み自体が、“最適化”ということに集約するんですね。だから学習させたものに対する最適解しか出せないんです。だからすごく面白いもの、良いコピーが出来たとしてもそこがAIの最適になってしまって周辺のものしか出せなくなってしまいます。単純作業的なものはAIのほうが得意ですが、まだクリエイティブにおいては人間の優位性は崩れないと思っています。

-AIがすべてに取って代わるのではなく、人間がAIの生成したものを創作や表現のヒントとして活用していければいいですね。

石川:そうですね。AIは業務効率化や最適化といった部分に目が行きますが、クリエイティブにAIを活用できる可能性はまだまだあると思います。

-では最後に、石川さんはAIとお笑いの未来についてどう推測されますか。

石川:お笑いっていろいろな種類があるので一概には言えないのですが、AIが日常の風景や言葉をボケに変えられるような時代がいつか来るのではないかと思っています。やはり一般の人同士でプロ的なお笑いの勘どころを掴むには技術が必要です。しかし、AIを挟むことで誰しもがお笑いの技術やノウハウを踏まえて笑うことができるようになるのではないかと。お笑いを通じて世の中がさらに良くなっていくことを願っています。

*  *  *

AI×クリエイティブで「AIによるお笑い」の新たな可能性についての話を伺いました。AIによる鮮やかなボケの数々、とても人間には真似できない素晴らしい出来でした。しかしAIはAIと遠巻きにしてしまうのではなく、人間の創作のパートナーとしてAIを捉えることで、さらにクリエイティブの枠は広がっていくのかもしれません。

プロフィール

電通デジタル:石川 隆一(いしかわ・りゅういち)

アドバンストクリエイティブセンター
AIクリエイティブ事業部
AIクリエイティブ・エンジニア/プランナー
音楽大学卒業後、レコード会社勤務を経て、AIエンジニア/プランナーとして中途入社。データ分析、画像処理、自然言語処理などにおけるAIのクリエイティブ応用を研究している。kaggle Master。

※所属・役職は取材当時のものです。