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性教育から日本をアップデート。CXクリエイティブは、社会をエンパワーメントするツールとなる

日本は予期せぬ妊娠に悩む女性も少なくない一方で、世界一の不妊治療大国だともいわれています。156カ国を対象にしたジェンダー・ギャップ指数調査では、120位と極めて低い結果が出ている上、権力者の女性蔑視発言で大きな炎上騒動があったことも記憶に新しいところ。また、同性婚も認められていないなど、ダイバーシティの取り組みも進んでいません。

そういった課題の根本的な原因として「性教育の遅れが関わっているのではないか?」と考えたメンバーが集まり、2020年9月にスマートフォン向けWEBサイトとしてローンチしたのが、グローバルスタンダードな性教育を発信する教科書「SEXOLOGY(セクソロジー)」です。

今回は、同プロジェクトを手がけている電通社内ラボ「うむうむ」より、ラボの代表でありクリエーティブ・ディレクターの​​籠島康治と、アート・ディレクターの間野麗を招いて「性教育の教科書」が誕生したきっかけや制作する中で得られた気づき、今後の展開について聞きました。

政治が変わるのを待つ余裕はない。強い思いでスタートしたプロジェクト

—SEXOLOGYが誕生した経緯を教えてください。

籠島:SEXOLOGYは、公益財団法人である1more Baby応援団と電通社内ラボのうむうむが制作した「性教育の教科書」です。監修として、国際セクシュアリティ教育ガイダンス日本語版の翻訳をされた埼玉大学の田代美江子先生、渡辺大輔先生、産婦人科の八田真理子先生、高橋幸子先生、泌尿器科の福元和彦先生、スウェーデンの大学院で公衆衛生学を修了された福田和子さん(福田さんは上記翻訳チームでもある)の総勢6名に参画いただいています。

プロジェクトがスタートしたのは、私が社外活動でソーシャル・デザインに取り組む中で、2014年頃に東尾理子さんに出会ったことがきっかけです。東尾さんには現在3人のお子さんがいらっしゃいますが、不妊治療で苦労されてきた過去があります。不妊治療に関する啓蒙をするために「一緒に何かできないか」と東尾さんからお声がけいただいたのが、このプロジェクトの始まりです。

—東尾さんと出会ったときには、すでにうむうむとしても活動していたのですか?

籠島:いえ。東尾さんからお話をいただいたあと、社内で一緒にやってくれる人がいないか相談したら間野さんや他のメンバーが手をあげてくれて。うむうむは、メンバーが揃った時点で、2014年に立ち上げたチームです。

現在ともに活動している1more Baby応援団とは、共通の知人を通して出会いました。1more Baby応援団、うむうむ、東尾さん、福田さんらと話し合いを重ねて、2020年9月にSEXOLOGYをローンチといった流れですね。

—不妊治療について広めるために「性教育の教科書」を制作するというのは、ユニークなアプローチだなと感じました。

籠島:最初は不妊治療に関する情報の発信をしようと考えて、いくつかコンテンツも制作していたんです。しかし、不妊治療の啓発をしなくてはいけない原因を深掘りすると「適切な性教育を受けていないからではないか?」といった仮説にたどり着きました。

海外でどのように性教育をされているのか調べてみると、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が取りまとめている『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に沿って教育されているとわかった。内容を確認したところ、体の仕組みだけでなく人権やジェンダー平等、人間関係、性感染症、暴力と安全、などに関することまで具体的に書かれていて「世界では子どもに対してこういった教育をしているのか」と驚きました。

教育レベルの差を明確に感じたし、日本のジェンダー・ギャップ指数が著しく低いレベルである原因がわかったといいますか。「この内容を日本にも広げた方が良い」と思い、間野さんに相談したんですよね。

—最初に話を聞いたとき、間野さんはどう感じました?

間野:「今すぐやらないと!」と思いました。個人的に女性支援の仕事が多く、女性支援やジェンダーギャップの観点でも、まさに性教育の重要性さを感じているところでした。そんな時に、籠島さんからお声がけをいただいたんですよ。

教育を変えるには政治から変えていく必要がありますが、それを待っていたら子どもが大人になってしまう。私は娘が2人いることもあり、若い世代に早く伝えないといけない焦燥感のようなものもありましたね。恐らく多くのメンバーが、似たような思いを抱えているのではないでしょうか。

—熱い思いをもったメンバーが集まっているのですね。

間野:はい。性教育に関する課題意識が強くあり、確固たる意思を持ったメンバーが集まってできたのが、SEXOLOGYです。

中でも1more Baby応援団の方々は、形式的にはクライアントにあたるのですが、二人三脚でプロジェクトを進めてくださっています。「クライアント」と「制作チーム」という隔たりはないですね。

—クライアントとしてではなく、同じ目線を持ってともに活動できているというのは、理想的な関係性ですね。

クリエイティブでジェンダーの刷り込みをなくすと同時に、生き方の多様性を提案

—SEXOLOGYのコンテンツを制作する上で、どんなことを意識し、またどのように制作を進めていったのでしょうか。

間野:スマホで簡単にアクセスできて、電車の中で読んでも恥ずかしくないもの、かつジェンダー平等に配慮されているデザインを意識しました。

制作を進める上では、『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』の原本をベースに「からだ」や「避妊」など、20の章に分けて記事を制作しているのですが、章の振り分けなどは全てゼロから構築しています。例えば「妊娠」であればどのような記事を制作するべきか、監修の先生方から意見をいただいて、原稿もチェックしていただきましたね。

籠島:先生方からの赤字を見ていると、毎回目から鱗が落ちるというか。

間野:とても勉強になりましたよね。私は多様性やジェンダーについて、比較的知識や配慮はある方だと思っていたんですが、SEXOLOGYを制作する中で気づくことがたくさんありました。

例えばカップルの写真を選ぶ際、無意識に男女の組み合わせを選んでしまっていたんですよ。監修の先生から「カップル=男女といった固定概念を植えつけるような写真やイラストは良くない」と指摘をいただいて、ハッとしました。

—SEXOLOGYを作ることで、制作者自身にも気づきが多くあったのですね。

間野:はい。今の保健体育の教科書を見ると、男子は髪が短く身長が高めで、女子の髪型はさまざまですが、体型は細すぎずふくよかでもなく描かれている。広告などで見かける学生のイラストや写真も同様の傾向があると思います。

これは、私たちが子どもの頃から無意識に受けている「男の子とは、女の子とはこうあるべき」というジェンダーの刷り込みが無意識に表現されている結果だと思います。実はそれって、すごく時代遅れで、配慮が足りていないことなんだと実感しました。

そのためSEXOLOGYでは、繊細なディテールにも気を配りながら、イラストを起こしています。

—SEXOLOGYでは、さまざまな体型の男女が描かれていますよね。デザインもモダンで、素敵だなと思いました。

間野:ルッキズムを捨ててジェンダー観を時代に合わせてアップデートした結果、自然とイラストが垢抜けたものになったんですよ。

ただ、ルールとして半ば強制的に「さまざまな体型の男女を描く」となった場合には、きっとそうはならない。制作する側が自らの意思で配慮することが重要なんだと思います。

—それは面白い発見ですね。最近では、映像作品における主人公の容姿や人柄についても描かれ方が多様化していて、世界的にそういった考え方が少しずつ広がってきていますよね。

籠島:以前は、作品の中で美しいとされている女性主人公が理想の相手と結ばれることを夢見るストーリーが多くありましたよね。しかし、最近は肌の色や容姿もキャラクターによってさまざまですし、女性が自らの手で人生を切り開いていく話も増えてきた。前者が古いわけではなく、人生設計の多様性が可視化されてきていると感じます。

とはいえ、現実社会ではまだまだ問題が山積みです。日本では、子どもたちが自分の生き方を設計する上での判断材料が少ない状態であり、知識が足りないまま社会に出ていかなくてはならない。そういった現状も変えていきたいと考えています。

間野:女性であれば子どもを産む人生もあるし、産まない人生もある。結婚する人生もあるし、しない人生もある。どの選択肢を選んだとしても正解不正解はなく、大切なのは自分の意思でその選択肢を選べることだと思っています。

そして、ライフプランを選ぶときに助けになるのは知識。そんな実用的な知識に、誰もが簡単にアクセスできる場所を目指して、SEXOLOGYを運営しています。

従来のビジネスアプローチは通用しない。性をタブー視する日本で「性教育」を訴える難しさ

—SEXOLOGYを広める中で、課題に感じたことはありますか?

間野:性教育はセンシティブなものであり、協賛がつきづらい点は課題だと言えるかもしれません。高齢の方になればなるほど性教育に対するネガティブなイメージを持たれていて、性に関する話をすることすらタブー視されている傾向が強いように思います。

籠島:生理用品を製造している企業に話を持っていけないか、社内で相談したこともあるのですが、性教育と聞くと商品に結びつきにくいのか、提案まで結びつきませんでした。

また、SNSに広告出稿しようとしたのですが、性にまつわるコンテンツのため審査落ちしてしまうんですよね。広め方についても工夫が必要だと考えています。

—教育機関でのイベントなど、アプローチ先としてはいろいろとあるようにも思ったのですが、SEXOLOGYをCX的に広めるために取り組まれた施策があれば教えてください。

間野:まさに、これから取り掛かろうとしています。SEXOLOGYを始めて2年ほど経ち、やっとコンテンツが揃ってきているので、2022年は広める活動に注力していきたいと考えています。

籠島:大学の学園祭で何かやれないか考えていたときに、新型コロナウイルス感染症が拡大してしまい、同様のイベントについてはいったんストップしているんですよね。

現状では、監修の一人である埼玉大学の田代先生が、SEXOLOGYのツールを使って授業をしてくださったり、アクティビストの方がSEXOLOGYを使って講義してくださったり、SEXOLOGYを紹介してくれるサイトも徐々に増えてきています。

—なるほど。現状のコンタクトポイントとしては、監修の先生方と協力し、ツールとして展開されているのですね。

間野:そうですね。現在、外部の団体と協力して動いているプロジェクトでも、学校の保健室をコンタクトポイントに性教育を広めるプロジェクトが進行しており、デジタルだけではなくリアルな場所で使われる、性教育ツールのデザインを進めています。

地道な活動ではありますが、性教育の大切さが少しずつ広まっていると感じるし、そういった活動の先にSEXOLOGYがあるといったスタイルを確立したいと考えています。

CXクリエイティブで、社会をエンパワーメントする

—性教育やライフデザインとは別の切り口で取り組むとしたら、どのようなことが考えられますか?

間野:性教育を新しくデザインしたように、「家庭科」も新しくデザインできないかな、というアイディアもあたためています。例えば、料理が苦手な人って少なくないと思うのですが、料理が苦手な理由として、教科書通りのものを作らないとダメだと思い込んでいる人が多いように思うんです。でも、自炊力ってそういうことだけではないといいますか。肉じゃがを作る技術よりも、ジャガイモに塩をかけるだけで美味しいことを知っていることのほうが、この時代に合う自炊力なのではないかな、と思ったりします。

籠島:私も共感しますね。料理を作るのは生きることと直結していて、素晴らしいものだと思うんです。私自身、間野さんがおっしゃったように「レシピが正解でその通りに作らないといけない」と思っていた一人なのですが、自分が美味しく食べられれば良いんだと、最近気づきました。レシピ通りにする必要はなく、自分で工夫したりアレンジしたりすれば良い。そう考えるようになってから料理が楽しくなってきたし、そういった考えがもっと広まってほしいですね。

—ある種のしがらみや固定概念から解放する、自由にするという観点で、性教育も家庭科も似ているのかもしれませんね。

間野:SEXOLOGYが一番大事にしているのは、その人自身をエンパワーメントすることなんです。

エンパワーメントといった視点で考えると、社会課題にこそチャンスと新しいクリエイティブのヒントがあると思っています。電通はまさに多様な人材の宝庫だと思うので、個人個人の得意分野でアイデアを出したら、どんどん新しいモノが生み出されるのではないかなと考えています。

* * *

今回はSEXOLOGYが誕生した経緯と、性教育を日本で広めていくことの難しさについてお伺いしました。

課題を表面的に見て導き出しただけの取り組みでは、社会を変えることはできません。課題を深掘りすることで、初めて見えてくるものがあり、表現するにはクリエイティブの力が必要です。また、それらをCXへと拡張することで、多くの人をエンパワーメントする可能性にもつながります。

SEXOLOGYの事例は、CXクリエイティブは社会を変えるツールにもなり得るのだと教えてくれました。

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プロフィール

​​電通:籠島 康治(かごしま・こうじ)

CXクリエーティブ・センター  
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
1993年電通入社のコピーライター、クリエーティブ・ディレクター。ソーシャル・デザインに取り組む社内横断組織「ソーシャル・デザイン・エンジン」に所属。企業のブランディング、商品広告だけでなく、NPOのアプリ開発や、電通発の「はじめてばこ」プロジェクトなどにも参加。電通Team SDGsコンサルタント。

※所属・役職は取材当時のものです。

電通:間野 麗(まの・うらら)

CXクリエーティブ・センター 
アート・ディレクター
国際協力NGOジョイセフと電通ギャルラボの共同プロジェクトであるGirl meets Girl PROJECTでは、チャリティーピンキーリングのデザインや『世界女の子白書』 (共著)を出版。 「はじめてばこプロジェクト」にも参加するなど、女性をターゲットにしたブランドコミュニケーションを多く手掛ける。

※所属・役職は取材当時のものです。