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【曲紹介】転校少女* ニューシングル「春めく坂道」

【まとめ】
転校少女*のニューシングル「春めく坂道」には、タイトルもさることながらメロディーにも春を意識する要素が織り込まれています。
描かれているのは決して穏やかな桜の景色だけではなく、春が持つ様々な側面であり、これが曲を奥深いものにしているように感じました。
また、ドラマ仕立てとなったMVも、また違った世界観で曲とよくマッチしているので、記事の最後に触れます。

今回は、6人組アイドルグループ・転校少女*が3月31日にリリースするメジャー2ndシングル「春めく坂道」という曲についてのご紹介です。

曲に合わせてMusic Video(MV)も作られており、こちらは一つのドラマ作品のような完成度です。
ただ、MVの世界観は曲単体のそれとは別と考えているので、MVに引っ張られず、まずは曲単体を取り出して書いていこうかと思います。

前半「いくつもの春を見せるメロディーと歌詞」
後半「曲単体と印象が変わるMV」

タイトルでもストレートに明示していますが、この曲は春が大きなテーマです。

春という単語を聞いて頭に思い浮かべる風景にはどういったものがあるでしょうか。
思い浮かべる原風景はひとそれぞれでしょうが、代表的なものの一つとして、例えば穏やかな天気の下、晴れた桜のショットが挙げられるのではないでしょうか。

川が流れ、土手に沿って一定間隔で並んだ桜の木々という光景は、日本人がなんとなく思い浮かべる典型的な景色のひとつかもしれません。

この「春めく坂道」もそんな原風景を意識しているようで、CDジャケット写真は青空の下、桜をモチーフとしたような薄ピンク色の衣装を着たメンバーが気持ちよさそうに目を閉じています。
青空を埋め尽くす桜という構図が、この写真の中に詰め込まれていると言っていいのではないでしょうか。

春めく坂道_ジャケ写_2

そして、この典型的な春のイメージは、曲自体のメロディーによってもより強く植え付けられます。
その核を成しているのが、イントロから響くピアノや、琴やハープの音色のように聴こえる楽器によってポロポロと鳴らされる音です。

「花びらが揺れる どこかでもう咲いてる?」

その音はサビまでの展開で特に目立ち、満開に咲ききった桜の木から花びらがこぼれ落ちる様子が、イヤホンを介して見えるかのようです。

この曲を語る上で、いわゆる春ソングと言うべきポイントかもしれません。

しかし、「春めく坂道」の特徴は、こうした心地の良い春という典型的な印象だけに留まらないような気がしています。

春を待つ間に訪れる厳しい冬の寒さ、それを経て桜や春の花の開花を促す強い風、さらに春を越して季節が巡り、再び訪れる春。
曲中4分間のうちにこれらの要素も凝縮されているような気がするのです。

思いつくところを書いていこうと思います。

「春めく坂道」が見せるいくつもの春

Aメロでは、先述したピアノなどの音に加え、規則正しく打ち鳴らされるバスドラの音が耳に入ってきます。
落ち着いたピアノの雰囲気とは反して、あわただしく走っているような印象を受けるのですが、例えるならここには春の嵐に似たざわつきを感じます。

急かすようなバスドラの音と重なると、ピアノの音は心なしか不安げに聴こえてきます。
ひらひらと落ちていく花びらの描写は、ゆっくりと規則正しく落ちていくというよりも、突発的な風に煽られながら不規則に落ちていくとする方が近いかもしれません。

あわただしさから季節を感じるポイントとして、他に挙げられそうなのは、1番サビのこの部分です。

「今は小さな蕾 きっと花を咲かすんだ」

っと なを かすんだ」と、太字で示した単語の先頭の音がフレーズを経るごとに徐々に高くなり、かつ強調して発声されています。

先ほど1Aメロでのバスドラは走っているように聴こえると書きましたが、ここでも単語の先頭は若干走り気味に入っているような気がします。

ひと単語を経るごとに徐々に音が上がっていくことから、ひと冬を経て一片つづつ開いていく花弁のイメージが思い起こされました。

しかし、メロディーが走りがちにも聴こえることから、待ち焦がれたような印象も受けます。
したがって、ここで伝えたいのは単純な開花そのものというよりも、そこに至るまでの季節の長い道のりという、時間的な奥行きなのかもしれません。

また、同パートの歌詞は2番となると

「花は散って実を結ぶんだ」

という一節になります。

単語の頭が強調して歌われていることは1番と共通なのですが、1番では花を咲かす前の「蕾」だったのも、2番では花を咲かせて既に散ってしまい、次代への種をつなげる実へと変わってしまうことがここで表現されています。
季節の移り変わりが手に取るようにわかります。

このように、速まっていくバスドラの音や、つんのめるサビの強拍というのは、思い通りにはなってくれない春先の天候や、待ってはくれずどんどん先に行ってしまう季節をいみじくも現わしているのではないでしょうか。

これらの要素があることで、季節の流れの中に位置する春を強く意識できる気がします。

そして最後にご紹介したいのが、ラスサビが終わり、アウトロ前に塩川莉世さんがソロで歌うこのパートです。

「ひらひらと花びらが季節を越えて」

このパートでは、1オクターブ高い恐らくファの音が出てくるのですが、ハイトーンに強い塩川さんはファルセットを使わず見事にこの音を出しています。

多くの女性アイドルの曲では、音域の上限は高くてもオクターブ上の「レ」あたりかなと見ているのですが、塩川さんが捉えている音は、そこからさらに2度も上です。
技術的にも素晴らしく、やはり塩川さんは違うと言いたくなるようなポイントですが、この高音は耳にも強く残ります。

ここでの高音は、それまで曲が紡いできた雰囲気を引き裂くようにも聴こえ、結局この「ハイF」が曲の最後まで尾を引きます。

ラスサビを終えてからゆっくりとフェードアウトしていくという流れではないため、曲の終わりとともにプツンと切れてしまわず、曲の延長線上に景色が広がって見えるような気がします。

春は単なる点に終わっておらず、過去と未来の季節を結ぶ線上に位置するということが意識づけられるようで、まさにここの塩川さんパートは「季節を越えて」いくメロディーと言えそうです。

こうして長々と書いてきましたが、「春めく坂道」は歌詞とメロディーがよく調和し、春が見せるいくつもの側面をこちらに提示してくれている気がします。

タイトルを初めて見た時は、いわゆる春ソングのくくりに入れられる曲なのかなと想像していました。
確かにその印象に間違いはないのですが、その裏にはいくつもの春がちりばめられており、曲中ではそれをつぶさに見せられたように思います。

曲とは見方が変わるMV

さて、曲単体としての印象はここまでとして、続いてドラマ形式のMVについて書いていきます。

あらすじはこのようになっています。
MV公開に先だってにリリースされた記事から抜粋します。

主人公が50年前、おもいを伝えられないまま亡くなってしまった初恋の相手にタイムスリップで再会。
彼女から言われた「つらい時こそ笑いなさい」という励ましの言葉に、50年たって再び救われるという内容

主人公役を螢雪次朗さん、そして主人公がタイムスリップした先の同級生役を転校少女*メンバーが演じています。
とくに塩川莉世さんは、主人公の初恋の相手役という重大な役です。

MVという下敷きを通して曲を聴くのと、曲単体で聴くのとでは捉え方が変わる点がいくつかありました。ここではその一つを書こうかと思います。

あらすじにもありますが、50年前、当時高校生だった主人公を救ってくれた初恋相手が亡くなってしまった、という出来事がこのストーリーの骨格にあります。

MVでは、主人公がそのころを思い返す回想シーンが出てくるのですが、初恋相手の死を同級生役演じる転校少女メンバーから知らされた瞬間は、非常に生々しく描写されています。

今生の別れを知った時の主人公は、床を叩きつけるなど無念の感情を爆発させます。
それを合図とするかのように、メロディーは先述した「春っぽい」ピアノなどの音が目立つ間奏パートに入ります。

曲単体を取り出してご紹介した前の文ではこの音を「春っぽい穏やかな音」と好意的に書きました。
しかし、辛すぎるこのシ-ンにあてはめられると、この音は残酷なまでに平面的で淡々としたように聴こえ、穏やかさを取り戻すどころか、むしろ悲しさが増してきます。

ここでの映像とメロディーの融合による悲しさの増幅は、曲だけを聴いていると分かりえなかった部分でしょう。

しかし、この別れのシーンで増した悲しみは、悲しみのままでは終わりません。
ラスサビ前、主人公の前に思い出のままの初恋相手と再会した時には感動へと転化されます。

終盤のこのシーンは、MVのハイライトとも思うので、特に書き残しておきます。

ラスサビ直前、曲含め全ての音が一旦止まります。

回想もタイムスリップも経て、現実世界に帰ってきた年老いた主人公の目の前には、背を向けている思い出のままの初恋相手が現れます。

ほどなくしてゆっくりと初恋相手が振りむき、主人公の口角を指で上げながら「笑いなさいって言ったでしょ」と語り掛け、これをきっかけに音が戻り、ラスサビに入ります。

MVの泣き所と言えそうで、ここに心震えるような感激があります。

直後心につっかえていたなにかが外れたかのように涙をはばからない主人公、「このまま抱きしめられたなら 離さないよ 想い届け」の歌詞パートで涙を流している初恋相手のアップの画も、憎いほどに涙を誘います。
ちなみに、そのシーンが、見出し画像に使っている塩川さんのアップの画です。

振り返ってみると、序盤の歌詞にはこうしたフレーズがあります。

「見ないふりしてた季節(とき)が また静かに動き出す」

冒頭のシーン、車椅子に乗って寂しそうな背中をした主人公の姿があります。
そんな主人公が、初恋相手を喪ってからどういった人生を歩んできたのかを推しはかることはできなくとも、別れの現実から目をそらし続け、鬱屈としてきたであろうことは、MVでのストーリーをなぞることによってなんとなく見えてきます。

ですが、そんな悲しみを背負った主人公も、終盤ではタイムスリップによって果たした若き日の彼女との邂逅を経て、最後には微笑みを見せます。

ここでの微笑みは、彼女に再び救われた主人公の時が再び動き出したことを象徴的に表していると言っていいのではないでしょうか。

これこそが、「見ないふりしてた季節が~」の歌詞にふさわしい場面かなと思います。

ーーー

以上、長くなりましたが、これが「春めく坂道」を聴き、MVを観ての雑感でした。

もっとも、ここまで書いてきた解釈には多分にバイアスがかかっていると思います。
何度も書くように、色々な見方が出来る曲だと思いますし、まだまだ書けていないポイントはたくさんあるでしょう。

曲の魅力をどれだけお伝え出来たかは分かりませんが、この記事をきっかけに曲を聴いてくださる方がもしいらっしゃればこの上ない喜びです。

見出し画像:「春めく坂道」MV YouTubeサムネイルを改変


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