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ややこし

「長老、長老、一大事、一大事」

「どうしたんじゃ、狸五郎。血相を変えて」

「下の人間の里で聞いたんですけど、なんだか有名な盗人がこの辺りにやって来たって云う噂ですよ。ひょっとしてこの村のお宝を狙っているんじゃあ――」

「なに、『変化の珠』をか」

「『八化けの半蔵』とかって盗人で、変装の名人だってますから、『変化の珠』を盗んでもっと上手に化けようて魂胆かも」

「そりゃ大変じゃ。早く長老に知らせないと」

「知らせないとって――今、お知らせしてるじゃないですか」

「そう見えるか。エイッ――やーい、引っ掛かった。おいら豆吉だい」

「なんでお前、長老になんか化けてんだよ」

「だってさ、この格好で村ァ歩いてると、みんながお辞儀するもんだから、なんだかおいら、偉くなったような気がして」

「ややこしいことしてンない。こっちは長老に用があるんだ。お前、どこ行ったか知らないか?」

「じいちゃんだったらさっき、魚釣りに行くって、下の川の方へ歩いてったよ」

「下の川? なんだよ、行き違いか。しょうがねえ、元へ戻ってまた最初っから話をしなけりゃならねえのか」

「なぁに、どうせ釣れなくって、すぐ帰ってくるよ」

「そうだな。それじゃ先に村のみんなと相談して――さあさあ、こっちに集まってくれ。実はな、悪い人間がこの村のお宝を狙ってるってんで、どうしたもんかと」

「なんて奴? 『八化けの半蔵』? 人間のくせに化けるたァ質が悪いね。俺たち狸の立場がねえや」

「こっちが人間の格好をしてまで、人目を忍んで細々と暮らしてるってのによ。その狸の宝を盗もうなんて酷い野郎だ。構うこたァねえから一つ目小僧にでも大入道にでも化けて、追い返しちまおう」

「ダメダメ、今時そんなことしたって、捕まって見せ物に売り飛ばされるのがオチだい。驚かすんでも、もう一捻りないとな」

「それじゃ、こんなのはどうだ。村中のみんながみんな、同じ顔形になるってのはさ」

「村中って――五、六十匹いるのが、みんな同じ顔ンなるの?」

「どうだ、気味が悪いだろ。おまけに見せ物に売ろうたって、一匹、二匹じゃ話ンなんねえし」

「なるほど、そりゃいいや。やろう、やろう」

 話が決まった明くる日の暮方、当の『八化けの半蔵』が、旅人の格好で村へやって来まして、

「ええ、道に迷って難儀をしております。どうか今晩一晩、こちらで泊めていただけませんでしょうか」

「ようよう、お待ちしておりやした。ああたが例の――ププッ」

「は? あたくしがなにか……」

「いやいや、なんでも――おーい、狸十郎よぉ、旅人さんが道に迷ったそうだ。すまねえがお前、長老ンとこまで連れてってやってくれ。俺も残りの仕事ォすましたら、すぐ追っかけるからよぉ」

「ああ、いいともよ――さあさどうぞ、あっしに着いてきなせえ。誰か来たら長老のとこへ泊まっていただくことンなってるもんで」

「へえ、どうも……あの、いまの方とはご兄弟で?」

「なに、兄弟ッてほどのこともねえですけど」

「でも、よく似てらっしゃる」

「こんな小さい村で面突き合わせて、毎日同じようなもン喰ってるとね、なんとなく似てくるもんでやして――さあ、こっちへ――おおい、旅人さんをお連れしたぞォ」

「ああ、こりゃあこりゃあ、遠路はるばる、よくこんな山奥まで」

「いえ、道に迷いましたもので……あの、お二人は、その……」

「兄弟かってんでしょ。いえいえ、似ちゃあいますが赤の他たぬ、いや、赤の他人で。それより――おーい、狸四郎、足の濯ぎを持ってきておくれ」

「へいへーい」

「え、ええっ? ま、また、あの、おんなじ……」

「それと、狸五郎、狸六郎……から、狸二十九郎まで、お客さんだよ。顔を見せな」

 ヘーイ、ぞろぞろぞろぞろ――

「うわっとォ――こ、こちらの村じゃあ、あの……産まれた子供を型に入れて、みんな同じに押し固めてるなんてことは――」

「はっはっは、まさか、そんなこと」

「おーい、今帰ったぞ」

「おお、狸三十郎から狸五十五郎まで。ちょうどいい。今、お客さんが見えたところだ。みんな、ご挨拶してな」

 おお、お客だお客だ。こんな山奥に珍しいな、俺にも見せろ、おれにも見せろ――って前から後ろから、おんなじ顔が波のように押し寄せる。こうなるともう、自分が右を見てんだか左を向いてんだか、上だか下だかもわからなくなり、ウーンてんで旅人は目を廻します。このまま物置にでも押し込んどいて、明日になったら村から叩き出そうてことになりましたが、朝になって、

「大変だ、大変だ、昨夜の奴がいなくなった!」

「いなくなったァ? だってお前、ちゃんと見張ってたんだろ」

「見張ってたよ。だけど怪しい奴なんか出て来なかったぞ」

「怪しくない奴は?」

「ああ――だったら、おれたちと同じ顔をしたのが一人」

「それだよ! あいては『八化け』と異名をとる盗人だぞ。こっちと同じ顔に化けて紛れ込んだんだ。こうしちゃいられない、『変化の珠』が盗まれてないかどうか見てこないと――ええと、あれは長老の部屋の床の間の、狸の置物の右の袋ン中と……あった、あった。良かった、まだ盗まれてな――アアッ! コラ、返せ!」

「引っ掛かったな。おれが『八化けの半蔵』よ。お宝の隠し場所まで案内ご苦労」

「くそォ、騙したな。みんな集まれェ! 村の者全員でこいつを逃がすなァ! 集まれ集まれ集まれェ――って……ああッ、みんな集まったら、どいつが半蔵だかわからなくなった」

「なにやってんだよ。お前が集まれなんていうから――ひょっとして、もう逃げちまったんじゃねえか」

「よーし、みんな部屋から出るなよ、そこへ並べ。おれが数ゥかぞえるから……チュウチュウタコカイナ、チュウチュウタコカイナ、チュウチュウタコカイナ……ウウ……チュウチュウタコ、と。よし」

「何人いた?」

「タコ」

「へ?」

「二人ッつ数えてタコ」

「何匹目のタコだよ」

「さあ」

「さあってお前」

「いつもはチュウチュウで終わるのがタコだから、今日は二人多い」

「いい加減なこと云うな! 一回りして十二人多いかもしれないだろ」

「そんなに数が違ったらなんとなく気がつく」

「うう……反論しにくい。だけどお前、二人ってどういうことだよ。『八化けの半蔵』って盗人一人、紛れ込んでるだけじゃないのか。おい、誰だ、もう一人増えてる奴は」

「ふふふ……」

「ん? お前は狸五十六郎」

「ふふ、その他大勢の一人と思っていただろうが、実はわしが長老じゃ。お前たちだけで村が守れるかどうか見ておったが、まだまだのようじゃのう」

「昨日魚釣りに行ったまんま、姿を見せないと思ったらこんなことしてて――大変なんですよ、『変化の珠』を盗人に盗られちまって」

「心配するでない。こんなこともあろうかと、豆吉を『変化の珠』に化けさせておったのだ。ほれ、豆吉。盗人の懐から顔を出しなさい」

「じいちゃん、うまくいったね」

「ううむ、古狸にしてやられたか。それならどうだ、この懐の豆狸の命が惜しければ、本物の『変化の珠』をよこせ」

「し、しまった。その手があったか……仕方がない、孫の命には代えられん。ほれ、これが本物の『変化の珠』じゃ」

「まて。今、どっから出した」

「どこって、懐じゃが」

「懐にしちゃあ、やけに下の方まで手を突っ込んだじゃないか」

「気のせいじゃ」

「これひょっとして、『変化の珠』じゃなくて狸の大事な大事な金の――」

「ちっ、違う。そんなことは――」

「ふーん。ギュウ」

「あたたたた、参った参った、わしの負けじゃ」

「長老、なんだってあなたは『変化の珠』より大事なものばっかり渡すんですよ」

「仕方ない。これが本当の『変化の珠』じゃ」

「ふふん、とうとう手に入れたぞ、この村のお宝を」

「お主、それを手に入れてどうするつもりじゃ」

「どうするつもりだ? ふん、まだわからないのかい。俺は『八化けの半蔵』なんかじゃあない、三年前に修行の旅に出た狸一郎よ」

「狸一郎? おお、元気だったか」

「俺ァ元気だが、長老の方はだいぶ耄碌したようだな。大事な村のお宝をこうも易々と奪われるたァ。どうだい、俺が帰ってきたのを潮に、この村ァもう俺に任せることにしちゃあ」

「な、なにを云いだすんだ狸一郎。ずっと目をかけてやっていたお前が――」

「ははは、とうとう尻尾をだしたな、偽狸一郎め。お前の狙いはこの村の村長になることか」

「な、なんだ狸五郎。お前まで急になにを――」

「狸五郎ではない。俺が本当の狸一郎だ。昨日、下の村で狸五郎と会い、擦り代わっていたのさ」

「な、なに」

「俺の名を騙るとは何者だ、貴様」

「ふふ、こうなったら仕方ねえ。さっきは違うと云ったが実はやっぱり『八化けの半蔵』で、しかしそれは世を忍ぶ仮の名。俺の本当の名は、跡目争いを避けるため産まれてすぐに川へ流された、あんたの双子の弟の狸二郎よ」

「なんだって? 俺と双子の弟、狸二郎だと――本当なのか、長老」

「さあ?」

「さあって――あんたの息子の話だろ」

「悪いわるい、俺ほんとは長老じゃなくって、狸三郎なんだ」

「狸三郎? なんだってお前が長老に化けていたんだよ」

「実は長老はもう半年前に死んじまってな。だけど、狸一郎が帰って来るまでこのことは伏せておけとの遺言で、この半年、俺が長老と狸三郎の二役をやってたんだ」

「そうかい。お前にも苦労をかけたな。だがもう大丈夫だ。この狸一郎が帰ってきたからには、なんにも心配するこたァ――」

「待てよ、この狸二郎だって跡目を継ぐ資格はあるんだ。勝手に決めるな」

「うるさい! 跡目はこの俺、狸一郎だ」

「いいや、狸二郎だッ」

「狸一郎ッ!」

「狸二郎ッ!」

「待てまてまて、俺を忘れて貰っちゃ困る。実はお前らは三つ子で、狸一郎と狸二郎の間にもう一人、この俺様、狸一・五郎が――」

「誰か面白がってる奴がいるぞ! 黙らせろ、そいつ!」

「あのさ、狸三郎さん。揉めてるとこ悪いんだけどさ、あたしの亭主、どこ行ったか知らないかい?」

「なんだ、お前」

「長老に化けてた狸三郎さんが最初に化けてた狸五十六郎の女房だよ」

「ああ、狸五十六郎なら、近くに狸四十四郎がいたからそれと入れ代わって――」

「じゃあ、ちゃんは? ちゃんは?」

「誰だ、そこで泣いてるのは」

「狸四十四郎の息子だよ」

「ああ、泣くんじゃない、泣くんじゃない。お前のお父っつあんは……おい狸五十六郎、狸四十四郎はどこ行った?」

「確か、あっちの方で誰かに変わるって……狸十九郎、お前じゃないのか? 狸四十四郎は」

「違う違う、俺ァ狸十八郎だもの」

「じゃあその隣」

「俺、狸二十郎」

「なんで一人飛んでんだよ。じゃあ反対のお前」

「えーと……狸十六? 十七?」

「俺に聞くな! そっちは、誰!」

「狸十九郎だけど……」

「よぉし」

「いや、狸十九郎なんだけど、狸四十四郎が化けた狸十九郎じゃなくて、狸五郎が化けた狸十九郎なんだな、これが」

「狸五郎? 狸五郎はさっき、狸一郎が化けてて……」

「そうそう、だから擦り代わっててさ。狸五郎としては村へ戻って来れないから、それで狸十九郎に化けてて……そしたら狸四十四郎が来て、狸十九郎に化けたいって云うからそれは困るんで、じゃあ今ンとこ姿の見えない狸三郎にでも化けたらどうだって――」

「ええ、俺? いや、俺は本物の狸三郎だよ」

「えーん、ちゃんがいない、ちゃんがいない」

「泣くな、こら! いま整理するから――ええと、長老に化けてた俺が狸五十六郎に化けて、狸五十六郎は狸四十六郎に化け――いや、狸四十四郎に化けて、狸四十四郎は狸十九郎に化けようとしたけど、狸五郎が先に狸十九郎に化けてたから狸三郎にでもなれって云って、でも俺は狸四十四郎じゃなくて……ああっ、整理できないッ」

「えーん、えーん、ちゃんはどこォー」

「ほらァ! 子供が泣いてンだからさっさと出てきてやれよ、親なんだからさァ」

「な、泣くな、金坊」

「なにやってたんだよ、狸四十四郎」

「いえ、あっしは狸四十五郎で」

「違うじゃないか」

「それがその……家が隣同士なもんで、つい間違いをしでかしまして――金坊は実はあっしの子なんで」

「なんだって? 金坊がお前の子だと」

「おい、いま云ったの誰だ? 狸四十四郎か」

「俺ァ狸四十三郎だ。金坊は俺の子だって云うからおめえ、着るもンだのなんだのといろいろ回してやってたんじゃねえか。それをなんだコノヤロー、両隣天秤にかけやがって。金坊は本当は、いったい誰の子なんだ」

「本当のことを云ってもいい? 狸三郎さん」

「仕方がねえ。金坊は確かに俺の子だ」

「待てェー! 誰だ、いま云ったの。俺が本物の狸三郎だぞ。脇から変なこと云うな! もういい、みんな元に戻れ! みんな同じ顔をしてるから話がややこしくなるんだ。いいか、戻るぞ、せーの、エイッ! ……なんで狸一郎がいっぱい居る? え? なんで狸一郎が増えてるんだよ!」

「へへ、次の村長は狸一郎だっていうから……」

「待てまて、わしはまだ生きておるぞ」

「そうじゃ、長老のわしが居るかぎり――」

「この村の村長はわしじゃ!」

「死んだはずの長老までぞろぞろと――どいつもこいつも勝手なことばかり云いやがって――こうなったらもう、アレを使うしかないようだな」

「アレ?」

「床の間の狸の右の袋には『変化の珠』が入っていたが、左の袋にももうひとつ、お宝が隠されていたんだ。それがこれ――『戻り珠』だ。なんにでも化けられる『変化の珠』と、なんでも元に戻す『戻り珠』。まだこっちの珠は使ったことないからどう戻るんだかわからないが、これ以上ややこしくなる前に、さあ、みんな――元に戻れー!」

「長老、長老、一大事、一大事」

「どうしたんじゃ、狸五郎。血相を変えて」

「下の村で聞いたんですけど、『八化けの半蔵』って盗人が、この村のお宝を狙ってるって」

「なに、『変化の珠』をか? そりゃ早く長老に知らせないと」

「知らせないとって――」

「やーい、引っ掛かった。おいら豆吉だい。じいちゃんだったら下の川へ魚釣りに行ったよ」

「なんだよ、行き違いか。しょうがねえ。元へ戻って――また最初っから話をしなけりゃならねえのか」

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