第69思 努力は結果に繋がるとは限らないと実感(また自己嫌悪・自己否定……でも頑張る!)
以前、第25思 楽器ソロとイップス(局所性ジストニア)でも書きましたが……。
この間、YAMAHAのクラリネットの発表会がありました。
ソロです。完全ソロ。
自分で曲選んで、先生に色々教授して頂き、練習もかなりやりこんできました。
アンブシュア(口の形)を意識したり、早い部分は何度も何度も練習を重ね、音源も聴き、慣れない立奏にも慣れるようにし、すこぶる悪い音程、音色を何とかしようと何とかしました。
……結果、ダメでした……。
もう凹みました。
リハーサルでは聴客もまばらだったので、全然緊張もせずに吹くことができて。
聴いてくださっていた方には「優雅に紅茶でも飲みたい気分になる音楽だったー」と言って頂けた。
……よし。本番もこの調子だ……!!!
そんな意気込んで臨んだステージ。
もうダメダメ。
緊張しまくりで、練習意気込んだところは逆に力が入り過ぎて音が出なかった。
どこを吹いているのか解らなくなって、音が消えた。
指が震えて回らなかった。
何も練習の結果が出せませんでした。
楽しい演奏会のはずが、私は哀しい、悔しい思い出に。
「本番で音を外す演者がいるけれど、私はそれを許せない」と以前、クラリネットの先生が言ってました。
すみません……外しました……先生の目の前で……。
本番でできないのは、練習でもできていないから。
だけど、本番に強いっていう人もいるもので、練習ではそこそこでも、本番のパッションと雰囲気で出し切れた! という方は羨ましいです。
私は楽器を初めて四半世紀以上経ちますが、その演奏会では初めて1、2年そこそこの人の方が、自分を出せていましたし、恐れることもないし、楽しそうに吹くんですよね。
色々学ぶことがありました。
先生には「頑張った頑張った! 本番では色々あるよ!」と何とも言えない感想を頂きましたが……。
そして、今日。
クラリネットのレッスンとは別に、私は吹奏楽団に所属しています。
その演奏会が間近に迫っているのですが、ある曲が、高音! 早い! 最初から尻込みです。
だから、何とかせねば! と、練習練習。
今、ちょっと忙しくしていて、ほんと家事も読書も昼寝もままならない程の生活状況です。
その合間を縫って、練習場所まで車を走らせて行ってます。
8小節間の16分音符のメロディ。
テンポ118、しかも高音続き。
毎日往復2時間程バスに乗る昨今なので、YouTubeでクラリネットの練習のあれこれの動画を見ていまして。
早い連符は、テンポ半分から練習して、確実にできるようになったら、メトロノームの速さを1段階づつ上げていく練習がいいと知り。
もう、何時間も、ほんとに何百回もその8小節を繰り返し練習していました。
長時間本を読んだ後のように、ずっと長い小説を書いた後のように、頭がフラフラするくらいの練習量を重ねていたのですが。
今日の合奏練習では全くできず。
周りの人が私の音を聴いているかと思うと、例えソロではなく合奏でも緊張しまくりで、頭からっぽになっちゃって、指がすべってばかりでした。
……合奏前の個人練習では、そこそこ指回っていたのにな……。
ほんと自分嫌です。
あんなに練習したから、大丈夫! と自分に言い聞かせてたんですが、チキンです。
ダメ出しばっかくらいました。方々から。
解ってます……身が縮む思いです……。
「本番まで間に合うとは思わない」とまで言われ……。
来週は練習する時間が取れそうにありません。
1日だけ何とか時間を作れそうなので、特訓しかありませんね。
本当は毎日、少しずつの練習が大事なんですけど。
どうでもいいですが、私には発達障害があって。
奔放に行動してしまう反面、私の症状の場合、周りの目を気にしすぎてビクビクしてしまうという部分もあるそうです。
人前で話すのは無理です。
3人以上だと、緊張して、何を喋っているのか解らなくなります。
苦手な人と話す時も「話が的を得てない。何を言っているの?」とか、
親からもよく「もうちょっと考えてから喋れ」と言われてました。
昔からそんなんだから、自己肯定感が低いです。
楽器の音にダメ出しをされるというのは、自分の作品をダメ出し……自分を否定されているような感覚を覚えます。
よく書きますが、自閉症の娘のことで、周囲から私が注意を受けるのは、それこそ私のいわゆる作品(言葉悪いですが)を否定されている気分になって滅多打ちにされます。
この年齢になってまで、承認欲求があるのはおかしいのかな?
だけど、前に進むしかありませんね。
打つべし打つべし。
練習ありき。
自分おかしくならない程度に、頑張ってやっていきます。
もうちょっと強い自分になりたいな。
(挿絵はフリー素材です)