①/④『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』

①/④『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』 太田啓子著


読了。現在参加しているオンライン読書会の仲間から紹介されました。というか、「意見が聞きたい」って言われたので読むしかないなと思いました。(笑)


今回は4回に分けて感想を書きたいと思います。今日はその1回目です。目次は以下の通りです。


「有害な男らしさ」

「この本はどんな本?」と聞かれれば、「有害な男らしさを自覚させてくれる本」と答えます。著者は男らしさや女らしさを全て否定したいのではありません。特に今回は男らしさに焦点を当ててますが、その中でも「有害な男らしさ」があるせいで女性も、男性も苦しんでるということを伝えたい本となっています。例えば、「男は強くなきゃいけない」「男は泣いてはいけない」「男なら出世を目指した当然だろ」「女は男に従って当然だろ」などです。この点に関しては、母を含め、私の教育環境に「男らしくあれ」と言う人はいませんでした。そのおかげもあって、他人を見る時に「男としてどうなのか」「女としてどうなのか」というよりも、「人間としてどうなのか」という視点で見ていました。が故に、「有害な男らしさ」に無自覚でした。どんなこともまずは自覚するところからスタートします。これを機に、文化によって作られた理解できない性的役割に目を向けていきたいと思います。

適切な性教育への介入

著者は育児に関して、性教育の観点で大人が適切に介入することが必要だと言っています。自由に育ってほしい、のびのびと個性を尊重して育てたいなど聞こえはいいですが、一切介入をせずに、自分の子が他人のプライベートゾーンを触ったりしていたらどうでしょうか。それは、やっぱりいけないことだと教えるべきだというのが著者の主張です。私も同感です。これは森林や経済にも当てはまることです。森林に関して言えば、ほったらかしにするよりも、必要な分の木々を伐採して日光が森全体に行き渡るようにしたほうが森全体としては成長します。経済も同じで、何でも自由放任、自由競争をしていると金融化や株主資本主義化が進み、格差が拡大し、最終的には財やサービスを生み出す能力=国力が縮小していくことになります。適切に政府が規制を作ったり、財政出動することによって初めて経済は上手く回るのです。性教育、森林、経済で共通する「適切な介入」というのは、すごく難しいことです。なぜなら、「適切に」介入するには、介入する側がどこまでが「適切」なのかを知るために、膨大な学習をしなければならないからです。その難しく、聞こえの悪いことをはっきりと必要だと主張する著者に私は全面的な支持を示したいと思います。


今日はここまで。


以上

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