②/②『若者からはじまる民主主義 スウェーデンの若者の政策』
皆さん、こんにちは。
今回も前回と同じく両角達平さんが書かれた『若者からはじまる民主主義 スウェーデンの若者の政策』を紹介します。タイトルでは「民主主義」と書いてありますが、これは一つの政治形態(democracy)でありイデオロギー(democracism)ではないので、本文中では「民主制」と書きます。
今回の目次は以下の通りです。
若者団体という中間組織、サードプレイス
著者はスウェーデンの若者が政治に参画する要因として多種多様な若者団体の存在が大きいと指摘しました。若者団体とは、若者を中心とする政治団体から余暇を楽しむ団体、居場所を提供する団体など様々なものです。その中でも若者の政治団体があることは、若者の声を政治に直接反映しやすくしている大きな要因でしょう。しかし、ほかの観点からみると、若者団体という多種多様な団体の存在が、民主制の健全性を高めていると言えます。
中間組織としての若者団体
民主制において、中間組織の重要性を説いた19世紀の仏外交官アレクシス・ド・トクヴィル。彼は、『アメリカにおけるデモクラシーについて』で中間組織が民主制において果たす役割についてこう述べています。
まず、中間組織があることで、その組織内で蓄積・醸成された知識や経験が有権者を賢くし、民主制の質が上がるということ。そして、最も重要なのが「多数派の専制(the tyranny of the majority)」を防ぐことだと言います。例えば個人が完全にバラバラな状態で一人だけ反対、残りの全員が賛成に回ったとします。そうなると、唯一反対した一人は社会的に抹殺されてしまいます。しかし、○○教会、△△協会、××連合、☆☆組合などの中間組織があれば個人が一人だけ孤立することを避けられます。こうして多数派の専制が防げるというわけです。日本では構造改革と称して様々な団体を解体する方向に、動いているので多数派の専制が起きないか心配です。(もう起きているのかもしれませんね。)
サードプレイスとしての若者団体
人の居場所を三つに分けたレイ・オルデンバーグ。彼は三つの場所をそれぞれ、このように分けています。
・ファーストプレイス:家庭
・セカンドプレイス:公の場(社会人なら職場、学生なら学校)
・サードプレイス:それ以外のプライベートな場所(例えば飲食店やカフェなど)
彼はサードプレイスの一番の特徴として、「個人に役割が与えられていない。が故に、各々が立場を超えて対等に交流できる。」ということを挙げています。これは、精神衛生という観点でも大事なのですが、様々な立場の人が意見を交わす場として機能するので健全な民主制においても不可欠だと述べました。
話はそれますが、コロナウィルスで理不尽な自粛を求められたとき、個人が生き抜くには大変な環境となりました。例えば、地元から上京し、就職をした人を想像してください。その人は、実家を離れるわけですから、物理的にはファーストプレイスを失います。そして、仕事もリモートワークになると、セカンドプレイスも失います。極めつけは、飲食店等の閉店によりサードプレイスも失われます。つまり、あの時にはすべての居場所を失った人もいたのです。
そして、政治的観点からみても飲食店などの営業自粛によりサードプレイスが奪われ、民主制の健全性が失われつつあったのです。あの時の自粛政策は無意味どころか有害だった。私はこう考えています。
さて、話をまとめると、若者団体は中間組織とサードプレイスという健全な民主制を保つのに必要な要素でもあったのです。ここは、日本が学ぶべきところだと思います。
自国通貨スウェーデン・クローナ(SEK)を持っているのに「高負担」・高福祉?
スウェーデンは高負担・高福祉国家として知られています。つまり、福祉は手厚いけど、その分支払う税金も高いということです。私はスウェーデンはユーロを採用しているかと思っていたのですが、実はユーロは採用しておらず自国通貨スウェーデン・クローナ(SEK)を持っているのです。そこで、疑問が出ました。自国通貨を持っているのに、なぜわざわざ「高負担」にしなければならないのか。自国通貨を持っている国であるならば、その国の供給能力に見合ったレベルまでなら、必要分の貨幣発行ができます。(そんなことしたら財政破綻がー、という人はまずこの本、この記事をご覧ください。)
調べてみると、自国通貨は持っているもののEUに加盟しているため「財政赤字を対GDP比で3%以内に、債務残高は対GDP比で60%以内にしなければならない」という規定を守らないといけないみたいです。
こんな規定があるから政府の貨幣発行量が制限され、税で財政を賄わなきゃいけなくなっているのです。ほんとEUってバカげていますね。
変わりゆくスウェーデン
最後に本書では扱っていなかった問題について取り上げます。スウェーデンは移民に寛容な国でしたが、最近では犯罪率の増加などを背景に、移民制限を掲げる「極右」政党が躍進しています。
スウェーデン民主党の政策
しかし、よく「極右」政党と言われるスウェーデン民主党は本当に「極右」なのでしょうか。
Our proposals are genuine; meaning we stand up for them no matter which way the political winds blow or what’s being said in the media. Above all else, we believe that our proposals are undoubtedly beneficial to our country’s welfare, safety, and unity.
(我々の提案は本物だ。すなわち、政局がどう動こうが、メディアで何を言われようが、その提案のために我々は立ち上がるということを意味する。何よりも、我々の提案がわが国の福祉、安全、統合に疑念を抱く余地すらなく資するということを我々は信じている。)
このような固い決意のもと四つの柱となる政策を掲げています。
We want a serious migration policy
Sweden needs a safe and protected border to keep organized crime, human trafficking, and terrorism out. We welcome those who contribute to our society, who abide by our laws and respect our culture. In contrast, those who come here to take advantage of our welfare system, commit crimes, or put our citizens in harm’s way, are not welcome. We need to stop taking in more asylum seekers to Sweden and instead focus on providing foreign aid to the refugees in need. We also want to see more immigrants return to their native countries.
(我々は地に足の着いた移民政策を求める。
スウェーデンは、組織的な犯罪、人身売買、そしてテロリストを排除するため安全で保護された国境を必要としている。我々の社会に貢献し、我々の法に従い、我々の文化に敬意を抱くものは歓迎する。しかし、我々の福祉政策に寄生するために来て、犯罪を犯し、我々の市民を危険にさらす者は来ないでほしい。我々はより多くの亡命者を受け入れるのをやめ、その代わり困っている難民に海外援助を供給することに注力する必要がある。より多くの移民が自国に変えるのも我々は見たい。)
移民政策についてですが、何もおかしいことは言っていません。簡単に言えば、危険分子は言語道断。外国から来るなら「郷に入っては郷に従え」英語で言えば"When in Rome, do as Romans do."を守り、ぜひ社会に貢献してくれと言っているだけです。まあ、難民や亡命者を受け入れないというところが「極右」と言われてしまう理由なのかなと思います。しかし、どの移民が普通の移民で、どの移民が危険分子なのかわからない以上、そして実際に被害が出ている以上、移民を制限するのは仕方のないことだと思います。また、移民というのは貧しい国からより富める国に来るため、受け入れ国からしたら「移民の受け入れ=より安い労働力」となるので、自然と労働者の賃金に下方圧力がかかることになります。移民をより安い労働者として使い、自国の労働者の賃金を下げることには、右左問わず反対の立場をとるでしょう。反対の立場を取らないのはより安い。移民を使いたいグローバル資本家ぐらいでしょう。
We want a safe society
We believe that rights should be connected to duties. First you do your duty and then you can demand your right. We want a Sweden where we together rejoice in our success and help each other in adversity. We will never bow down to Islamism or any other form of extremism, because Sweden is a land of democracy and equality. In the Sweden we envision, we are proud of our culture and traditions. In our Sweden, we value and cherish what we have inherited from previous generations.
(我々は安全な社会を求める。
権利というものは義務と紐づけられているべきだと我々は考えている。まず、自分の義務を果たし、それから権利を要求することができる。我々の成功をともに喜び、逆境の中では助け合う、そんなスウェーデンを我々は求める。我々は絶対にイスラム主義やその他の過激主義に屈しない。なぜなら、スウェーデンは民主制と平等の地だからだ。我々が描くスウェーデンでは自分たちの文化と伝統に誇りを持っている。わがスウェーデンでは、先祖代々から受け継がれてきたものに価値を見出し、大切に守っていく。)
※a Swedem where…は関係詞の限定用法を教えるのに良い例文になります。
この文からは「極右」というよりも、強い権力を持つ者が弱い者の思想や価値観に介入するという「パターナリズム」が現れているものだと思います。権利は、元から与えられているものではなく、義務の施行に裏付けられているというのは「リベラル」とは対極的ですね。
We want a welfare system worthy of the name
We believe that the Swedish welfare system should be for Swedish citizens, all over our country, no matter the size of your wallet. Migrants need to be employed before they can qualify for Swedish welfare. We want to provide health care workers with a better work environment, good opportunities for career development and decent wages. We want a school that prioritizes knowledge and structure, where both teachers and students can thrive and perform. In the Sweden we envision, the elderly have a pension they can live on.
(我々はその名に恥じない福祉システムを求める。
スウェーデンの福祉システムは、経済力に関わらず、国全体にわたるスウェーデン市民のためにあるべきだと我々は信じている。移民はスウェーデンの福祉を受ける権利があるといわれる前に、雇用され労働する必要がある。我々はヘルスケアに従事する労働者により良い労働環境、キャリアの発展と適切な賃金のためのよい機会を提供したいと思っている。我々は、知識と思考に重点を置く学校、教師と生徒の両者が活き活きと活動できる学校を求めている。我々が描くスウェーデンでは、高齢者が生きていけるだけの年金をもらっている。)
福祉政策の充実化(大きな政府)は本来左派の思想です。スウェーデン民主党は本当に「極右」の側面しかないのでしょうか?いいえ、左派・リベラルの思想も持ち合わせています。どうしてこういうところは報道されないのですかね。そして、福祉政策に力を入れるとなると、通貨発行権が不可欠です。その通貨発行権を取り戻すためにもEU離脱も視野に入れているのは何も不思議なことではないですね。おかしいのはEUのほうです。
We want to lower the cost of living
The prices on almost everything has substantially risen because of poor social democratic policies. Taxes are the biggest contributing factor to the rise in fuel prices. We want to lower fuel prices.
Groceries are also very expensive right now, mostly due to high fuel prices. The inflation Sweden is currently experiencing is not only due to fluctuations in the world market. It’s a result of poor policies.
The electricity bill has been a very large expense for most households lately. The prices have risen due to the catastrophic decision of shutting down half of our nuclear reactors. We want to build more nuclear reactors.
(我々は生活コストを下げたい。
ほぼすべての物価が実質的に上昇している。貧弱な社会民主党の政策のせいで。税金は燃料価格の高騰の最大の要因である。我々は燃料価格を下げたい。
食料品も現在非常に高い。それも大概が燃料費の高さのせいである。現在スウェーデンが経験しているインフレーションは世界市場における変動だけのせいではない。貧弱な政策の結果なのである。
ここ最近、電気料金が多くの家計にとってとても大きな支出となっている。電気価格の高騰は半数の原発を停止するという破滅的な決断によるものだ。我々はより多くの原発の建設を求める。)
生活費を下げたいという何とも庶民の味方を謳う政策です。原発は個人的に反対ですが、とにかく燃料費を下げて、物価高騰に対応したいということがわかります。
コストプッシュ型のインフレーションが起こると政治的な地殻変動が同時に起こります。米国のトランプの台頭や、フランスのルペンの台頭、日本で言えば自公の少数与党かと国民民主党とれいわ新撰組の議席増です。このコストプッシュインフレと政治的な地殻変動の詳細は以下の書籍を参照ください。
グローバリゼーション、民主制、国民国家のトリレンマ
現在、スウェーデンが直面している問題は「グローバリゼーション、民主制、国民国家のトリレンマ」と思われます。
まず、グローバリゼーションとは
貿易、投資、人、情報、技術、思想の国境を越えた移動が活発になること
を意味します。今回の文脈で言ったら積極的な移民の受け入れや親EU的な政治動向ですね。
また、国民国家とは
歴史的領土、共通の神話や歴史的記憶、大衆、公的文化、共通の経済、すべての構成員に対して共通の法的権利義務を共有する特定の人々
からなる国家と定義します。まあ、何かしらの要因で同朋意識を持った人々からなる国家とざっくり言っていいでしょう。
さて、本題の「グローバリゼーション、民主制、国民国家のトリレンマ」ですがこれは、三つ同時には成立せず、二つをとるなら残りの一つを捨てなければならないというものになります。それぞれの場合を見ていきましょう。
①もし国民国家を維持したまま、グローバリゼーションを徹底するために各国の制度上の違いや参入障壁をなくすのであるならば、各国の民主政治による制度の自己決定権は制限されなければならない。
②もし国民国家を維持したまま、各国の民主政治を守ろうとしたら、グローバリゼーションは制限されなければならない。
③もしグローバリゼーションを徹底し、かつ民主政治を維持するというのならば、国民国家という枠組みを放棄し、グローバルな民主政治を実現しなければならない。
スウェーデンの文脈に当てはめれば、
①は国民国家を維持したまま、EUに加盟する。その時には、EUの決定がスウェーデン議会の決定を優越し、スウェーデンのことをスウェーデン人で決められなくなることになります。EUの規定により受け入れたくない移民難民までも受け入れなければならないことや、自国通貨を持つのに発行額がマーストリヒト条約に制限されているのはいい例でしょう。
②はスウェーデン民主党の立場で、スウェーデン人のことはスウェーデン人で決める。EUも離脱するし、移民も受け入れないということになります。
③はスウェーデンの社会民主党の立場でしょう。EUにも加盟し、移民も受け入れ、彼らにも参政権を与え民主制を維持する。その代わりに、スウェーデンはスウェーデン人の国ではなくなるということになります。
今回の本によれば、スウェーデンでは民主制を大事にする文化が根付いていると書いてありましたし、「極右」レッテルの貼られているスウェーデン民主党も民主制を大事にすると宣言していますから、スウェーデンはこれから②を選ぶのか③を選ぶのかの岐路に立たされていると言えるでしょう。世界の流れからみると②を選択するように思われますがどうでしょうかね。今後も注視したいと思います。
ということで、今回は『若者からはじまる民主主義 スウェーデンの若者の政策』の感想を二回に分けて書きました。二回目がこんなに長くなるのは想定外でしたが、読んでくれた皆様ありがとうございます。コメントいただけると嬉しいです。
次回は中野剛志氏著『政策の哲学』をまとめていきます。目次を見た限り、中野さん史上最も難解な本となっている感じです。でも、頑張って章ごとに細かくまとめてみます!
以上