南海トラフ地震臨時情報雑感(その1)
今年1月13日に日向灘でM(気象庁マグニチュード)6.9の地震が発生し,昨年8月に続いて南海トラフ地震臨時情報が発表されるか,という状況になりました.しかし,精査の結果,地震の規模は基準とされるMw(モーメント・マグニチュード)7.0に達していませんでした.この結果,評価検討会は「調査終了」としました.
気象庁,南海トラフ地震臨時情報(調査終了)について,https://www.jma.go.jp/jma/press/2501/14a/202501140015.html
この後数日間,メディアではこの経緯の解説や,さらなる「備え」のアドバイスで埋め尽くされましたが,どうにもモヤモヤ感が拭えません.モヤモヤ感の中身を述べてみたいと思います.思い過ごしと言われそうなこともあるかもしれませんが,考えるヒントになれば幸いです.
①「日頃の備え」だけで大丈夫?
臨時情報の議論になると,必ず「日頃の備えの確認を」と言われます.中身は,ハザードマップの確認,家具の固定,非常持ち出し用品の確認などです.今回2回目でしたが,おそらくこれからも同じように調査終了も含めて臨時情報が発表されることがあるでしょう.そのたびに「日頃の備え」として同じ事が叫ばれると予想されます.そうすると,地震防災対策はこの「日頃の備え」さえやっておけば,と刷り込みがされそうです.
でも,ちょっと考えればわかりますが,これらって最初の強烈な揺れで家が潰れずに無事逃げ出せて初めて役に立つものでしょう.家具固定も家が倒壊したら元も子もありません.ですので,何と言っても家が倒壊しないことが第一だと思います.津波から避難するにしても,家から無事出ることができてからの話です.ですので,何と言っても家が倒壊しないことが第一だと思います.確かに臨時情報は「1週間限定」の情報なので,すぐできることをお知らせするとういうのもわかりますが,これからも「空振り」が繰り返される事が予想されるので,耐震化の重要性もあわせて知らせるべきではないでしょうか?まずは,「2000年耐震基準」を満たした住宅に住むことを,強調してもらいたいです.
②内閣府はどこへ行ったの?
2024年8月8日の注意情報発表の時,記者会見に臨んだのは評価検討委員長と気象庁の担当課長でした.これに対して批判があって,1週間後の「呼びかけ終了」の時に始めて,内閣府の担当者が現れました.ところが,1月13日の臨時情報(調査終了)の時は,またまた評価検討委員長と気象庁の担当課長だけでした.調査終了なので防災対応を取る必要がないから,内閣府担当者は記者会見に出なくて良い,と判断されたのでしょうか?それはマズいでしょう.やはり内閣府(防災)は防災対応の元締めですから,記者会見に出席して臨時情報(調査終了)の意味をしっかりと社会に伝えるべきだと思います.内閣府の対応は,無責任と言われても致し方ないでしょう.
③「素振り」でいいの?「ワンストライク」でないの?
臨時情報が不確実な情報だから「空振り」は何度もありえます.だけど,「空振り」という言葉はネガティブな響きがあるので,「素振り」とポジティブは言葉を使おう,という主張があります.でも,昨年8月の臨時情報発表に際して,実際に経済被害が発生しています.当事者にとっては「素振り」などと言われて複雑な思いではないでしょうか?もちろん,本当に地震が発生した場合の被害は比較にならない大きさであることは間違いないですが,これが複数回繰り返されるとなるとどうでしょうか?
昨年8月の臨時情報の経済的な影響については,民間による試算がなされていますが,内閣府はスルーするようです.地元の自治体が何らかの対応を考えるというニュースもありましたので,結局それぞれの地域に任せるのでしょうか?
④南海トラフ地震だけじゃない
多くの方が既に仰っていることですが,南海トラフ地震ばかりにスポットライトが当たり,他の災害に対して注意が及ばないことが懸念されます.1995年阪神・淡路大震災前は,東海地震ばかりが注目されて,「関西には地震は来ない」という誤解が生まれていたことはよく知られた話です.小澤慧一氏の「南海トラフ地震の真実」では,北海道胆振東部地震の被災者が「次は南海トラフじゃなかったのか?」とコメントを残されたという話が紹介されています.とにかく,メディアが「南海トラフ」,「首都直下」と言いまくるので,世の中に同じような誤解が蔓延していることを危惧します.
小澤慧一:「南海トラフ地震の真実」,東京新聞,245p.,2023.
臨時情報の科学的な問題点については,長くなるので回を改めて述べたいと思います.