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半世紀前から普通の人生に挑戦して、普通のおばあちゃんになった車椅子ユーザーの物語58

「母が私の指を思い切り嚙みます」


「おめでとうございます」
「今年もよろしく」
いつものお正月のように実家の玄関先には
母の得意な煮物の美味しそうな匂いが漂っています。
「ああ、おめでとう」
そういう母の弱々しい声が返ってきました。
部屋を覗くと、ベッドに腰かけている母が辛そうにしています。
「具合悪い?」と聞くと
「ちょっとね、お腹がね」
みると、腹水がたまり、おなかがパンパンに張っています。
「ちょっと診てもらった方がいいね」
「うん、まあ大丈夫だけどね」
と言っていましたが
「念のためね」と説得し、病院へ連絡しました。
すぐに診て頂けることになり妹と兄が連れて行きました
私は、やっぱり、何もしてあげられません。

病院へ行くときに、
「明日は○○ちゃん(長女)が来るから、すぐ帰ってくるよ」
「うん、そうだね」
母は私の長女との再会を楽しみにしていたのです。
けれども、その願いは叶いませんでした。

そのまま入院し、コロナ感染防止対策でお見舞いは許可されませんでした。付き添いが一人だけ許されましたが、妹と兄と兄嫁が交代で付き添い
何もできない私はそばにいることさえできなかったのです。
妹がLINEで様子を知らせてくれていましたが、とても辛い数日間でした。

一週間が過ぎたときに、妹にお願いをして、少しの時間でいいから母のそばに居させてもらえないか、病院に交渉して、やっと病室へ入ることができました。
けれどもその時、もう母はほとんど意識がない状態でした。
うとうとと眠っているような母の顔をみつめ、手を握っているだけで涙がこぼれそうになるのを一生懸命こらえながら、母に話しかけていました。

すると、母が口をパクパクさせました。
お水が飲みたいという合図です。
スポンジに水を含ませ、恐る恐る母の口元へ、すると力強くスポンジをくわえ、お水を吸ってくれました。
とてもおいしそうに。
何度も何度もそうしてお水をあげました。

何度目かのおかわりを口に入れたとたん、母がギュッとスポンジをくわえ離しません、慌てて引っ張ると、口の中にスポンジが残ってしまいました。
喉に詰まらせたら大変です。
私はとっさに母の口に指を突っ込みました
母が私の指を思い切り嚙みます
「いたっ」
でもやめるわけにいかないので、そのまま何とかスポンジを取り出しました私のたった一つの看病の思い出です。
母の歯の力強さを決して忘れません。

その夜、母は旅立ちました。
私が妹と交代して帰宅した直後に容態が急変し、再び病院へ向かいましたが
間に合わず、妹が電話をつないだまま一人で見送ることになってしまったのでした。

母を見送った後、私自身も体調を崩し「ポストポリオ症候群」を発症しました。愛犬のくうちゃんも2年間24時間介護ののち天国へ旅立ちました。
今は、元気な普通のおばあちゃんになれましたが、
これらの出来事をまだ文章にできません。
もう少し時が経ってから、挑戦したいと思います。

次は、車椅子おばあちゃんのルーツを少し書いてみようかと思っています。

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