半世紀前から普通の人生に挑戦して、普通のおばあちゃんになった車椅子ユーザーの物語⑦
家を出た~い!
そんなこんなで、すったもんだのいろいろあった3年間が過ぎ
仕事にも生活にも慣れてくると
またまた何だかうずうずしてきました。
「?」
「なんか違う」
このままではいつまでも自立ができない
だって、働いてはいるけれど、
家に帰ればなにもかも親がかり
食事も洗濯も掃除も買い物も全部
やってもらっているではないか
私が家にいたら兄に嫁が来ないかもしれない
両親にもしものことがあったら
妹が私の世話をしなければならなくなるかもしれない
そしたら、妹も結婚できなくなるかもしれない
それは絶対嫌だ!
無理!
そうだ!
家を出よう!
家を出たい!
家を出なければ!
どうすれば家を出られるのだろう
またまた新しい挑戦を思いついてしまった
家を出たい、家を出たい、家を出なくちゃ
別に、家族と仲が悪いとか、そういうことではなかったけれど
家を出たい!
自立した生活がしたい!
ある日お昼休みに、
職場の食堂で、給食を食べながら
M主任とSパイセンに相談してみました。
「車いすで借りられるアパートとかってないですか?」
すると
「ん~、難しいよね、普通のアパートじゃ」
「段差あるし」
「あと、一人だと火事とか出したら困るって、契約してくれないんだよね」
「利用者さんたちも、車椅子じゃない人だって、部屋が借りられなくて」
「なかなか自立できないんだよね」
そりゃそうですよね、今から半世紀前
まだまだバリアフリーとか、障がい者の社会参加とか
そういうことは表には出てきていなかった時代です。
でも、M主任が
「県営の団地なら車いす用の住宅があるわよ」
「えっ?ほんとですか?」
当時、M主任はバリアフリーの1戸建て(もちろん持ち家でした)
に住んでいられましたが、
その前は県営団地の車いす用住宅に住まわれていたそうです。
「でも、単身者用はあったかなあ」
「県に聞いてみたら?」
早速県へ電話で問い合わせ
「もしもし、ちょっとお尋ねしたいんですが、県営団地の車いす用の住宅で
単身者用はありますでしょうか」
「お一人で住まわれるんですか」
「はい、そうしたいんですが」
「世帯用はありますが、単身者用の車いす用の住宅はないですね」
との即答
やっぱりね・・・
しかし、なぜない?
障がい者は一人では暮らせないのか?
ちょっと疑問は感じたけれど
「あ、じゃあ結婚すればいいんだ!」と
すぐさま方針転換!
さてさて、普通に結婚するには相手が必要になりますが…
どうしようかなぁ
その頃、幸いなことに、約2名候補者がいました。
二股疑惑がばれそうな、ちょっと危ない感じの頃でしたが
「よし、どっちかにしよう」
家を出たいがために、
県営団地に住みたいがために
下心満載の私の「普通に結婚」への挑戦が始まりました。
毎日の生活や、将来設計、いろいろな条件をしっかりと
考えることなく
何でも言いなりになりそうな、何でもしてくれそうな方の
現在の夫に決め、まんまとその気にさせたのでした。
(一番の決め手は家族や母親に対する彼の姿勢でしたけれど)
この選択が良かったのか、悪かったのか
それはわかりませんが・・・
とりあえず、家を出るための第1歩を踏み出した
1979年
当時大ファンだった、さだまさしさんの
「関白宣言」がラジオから流れていました。
♪俺より先に寝てはいけない、俺より後に起きてもいけない~
めしはうまく作れ~、いつも綺麗でいろ~、できる範囲で構わないから♪
はぁ~っ?