浪板海岸にて ep.2
あなたにもわたしの身体が陶器のように美しくみえていたらいいな。ひとつひとつがあらわになるたび、わたしは恥じらってみせる。確かに恥ずかしいのだけれど、ほんとうは、抵抗するほど恥ずかしいなんてことはない。恥じらう所作をみせている。それであなたがより高まってくれることを期待して。
夜の交わりは二人でつくりあげる世界だから、あなた一人でつくらせたりしない。そこにわたしも意志をもって登場する。一緒にこの快楽を味わいつくさないともったいないでしょう。
胸のふくらみを覆う最後の布がとりはらわれ、すかざず手で覆い隠す。まだみせないよ。まだ…。でもあなたはその手をとって、いともかんたんに布団の上に落とした。
あたたかく大きな手が冷えた身体の曲線をなぞるところから、なにかがあふれ出しそうになる。しだいに浴衣も意味をなさなくなって、ただ背中の下にあるシーツの一部になっている。優しく、優しく、首筋、谷、おなか、腰、背中を行きつ戻りつして、すぐにふくらみなんかには来てくれない。あなたはあからさまなことが嫌いだから。じらしているつもりなんてないのでしょう。でもこの身体はもう震えている。いつその瞬間がやってくるのだろうと、触れてこない時間ほど感覚は鋭敏になる。
あなたの手が近づいてくるのがわかる。いまわたしがいちばん求めている場所へ。まるで窓の向こうの波のよう。ときおり聞こえなくなったはずの波が寄せて返す叩きつける音が遠くでかすかに聞こえてくる。こちらに近づいてきたと思ったら戻っていってしまう。またこっちに来ることはわかっている。でもいつ。そのくりかえし。いつその波に飲み込まれるのかしら。飲み込まれてしまいたい、はやく。
波がわたしを取り囲んだ。ふくらみのふもとから波がせりあがってきて、最後の砦のまじかに迫る。どうぞもう一思いに。でも波はまたしばらく迫り来てはふもとへもどっていく。ふいに波が静かになった。外では波がまだ寄せて返しているのに。あなたの手がいまどこにあるのか見たい気持ちを抑える。いまは感覚の世界でその瞬間を待ちたい。視覚の世界は一度忘れましょう。
快感は電撃に似ている気がする。あなたの手がふくらみの頂点に触れたとき、電気が走ったように身体が反応したから。反応することは知っていた。ここに触れたら感じることくらいは。でも「あなたが触れたとき」にどうなるのかについては何も知らなかった。どんな気持ちになるのかも。
優しい手。また静かになって、予告なくあたたかい手が先端へ降りてくる。その間隔がしだいに短くなっていく。やがて、あなたの手の方が私の身体から離れられなくなっていく。わたしは浜辺の波が砂地を包むように、あなたの頭や背中を優しく包む。たまらなくなって小さな声が漏れる。あなたの耳にも刺激を。これをずっと続けていきたくて。でも大きな手は名残惜しくもふくらみの上から去ってしまった。
名残り惜しくて寄る辺なさを感じていると、とても温度のあるものがやってきた。これは…。またしてもふもとからせりあがってきては戻っていく。吸い付いては離れていくこの吸盤のようなあたたかいもの。さっき味わったあなたの唇が、その手で敏感になったところへまた行こうとしている。あなたの頭がわたしの胸の中にうずもれていく光景に言いようのない感覚がのしあがってくる。それと同時にとろりと先端に電気が走る。吸盤の中に閉じ込められてしまった。閉じ込められたまま、しばらく何も起こらない。
ため息が口からひとつ。耐えられそうにない。もう一度快楽を与えてください。優しい舌がさっきより緊張で硬くなった場所を上から横から懐柔していく。ひえた部屋の空気でほんとうの陶器のように冷たいふくらみの頂上が、生温かい覆いの中で逃げる場もなく、そのあたたかい舌で撫でられてゆく。片方の手でもう一つのふくらみをむつむつとするリズムが加わる。
わたし、この快楽を動物のように感じたくない。この時に至るまでの時間を思えばこそ、どれほどの愛も虚しく思えた、そんなときに出会ったあなたと今日ここまできた。ずっと訪れたかった土地で再会して、おすすめの場所に行って、思いがけず満員の海岸線沿いの電車に揺られて、温泉につかって、海の幸をいただいて、当たり前のように2組の布団がとなりに敷いてあって、駆け引きして。この時間を思えばこそ、いまあなたとわたしがしていること、わたしが感じていることは、より一層の快楽になっている。この快楽の海の中に今はおぼれていきたい。性に無縁のふりしたいい子の私、今はどこかへ行ってしまって。
あなたはたくさん優しい波をもってきてくれた。ありがとう、でもさっきもいったけれど、あなた一人にこの快感の世界を作らせたりしない。自分だけが快楽を受け身で堪能しようなんて思わない。わたしもあなたに夜の快楽の味を教えます。波はいまやわたしなの。あなたは海原でわたしはその水面を波でゆっくり刺激する。あなたをゆっくり私の下に組み敷いて、無敵の笑顔でこう言うの。次はわたしが…。
こんなことをする人に出会ってこなかったのか、わたしがこんなことを仕掛けるとは思っていなかったのか、あなたは少し驚いていたけれど、おとなしく組み敷かれたままでいて。耳、頬、唇をなぞって、首筋を伝って胸のほうへおりていき、触ってくれといわんばかりの場所のすぐ横を素知らぬ顔で通り過ぎて、腰、背中、そして首筋へ。あなたがわたしにしてくれたこと、気持ちのいいことを贈り返す。
テクニックなんて知らない。どうしたら正解かもわからない。だからわたしにできることは、愛しいという気持ちで陶器の肌に触れること。陶器は壊れそうだから優しくできるだけ大切に扱うこと。あなたが顔を歪めてしまうくらい気持ちよくなってほしいと思って触れること。いまはあなただけ、わたしだけの快楽の波にのって一緒に落ちていこう。うまく伝わっているといいな。表現できているかな。指先から。唇から。触れ合う肌のすべてから。
わたしの手が波のうねりになって、物欲しそうなところへと向かっていく。快感をいまここにもっていけるのはわたしだけ。連れていくから、あと少し待って。頬を海原にくっつけてじっと求められている場所を見る。じっと見つめてしばらく何もしない。こうすると心臓の音がよく聞こえる。
やわらかい人差し指の先を海原にポツンとそびえたつ島に無邪気にあてる。苦しそうな声とともに島は一層そびえたつ。指先を、今度は少しだけ強くあててみる。とんとんとん、気持ちのいいリズムを教えて。どうしたらもっと理性を捨てきれないあなたがそれを超えていけるのか教えて。海原がかき乱されるのかを。
わたしは波になるのが好きみたいだ。あなたは波に遊ばれる海原でいることが好きなのかもしれない。電気の刺激に打たれ続けているあなたがどうして愛しいと思うのでしょうか。苦しいと気持ちいいは似た感覚なのでしょうか。余裕のない顔を見ると、優位性を失って、そのままのあなたを見ているようで、たまらなくなる。こんなこと考えて、どうかしているよといい子の私がどこかで言っている。もっと感情をコントロールしましょうと。ごめん、今はどうしても感情と快楽を理性に乗っ取らせるわけにはいかない。明日の朝になるまではこのわたしを認めてあげたい。
海原の島にくちづけをする。あなたの唇を味わったように、この島も味わう。すぐに舌を絡ませたりなんてしない。つるりと冷たい陶器の肌から飛び出した硬い場所に唇を重ねて離して、もう限界になるまで、次の波の動きがほしくてたまらなくなるまでは、海鳥のようにその周りを飛び回るだけ。それはあなたの身体が教えてくれるでしょう、快楽を与えてほしいと。呼吸が少しずつ早くなっていく。
嵐の前の静けさというものがある。最高の瞬間はその直前が無であるほど高まると思う。海鳥のように飛び回ったものは消え去り、波も穏やかになり、凪いだ海原に取り残されて震えている島。いつ、いつ、いつ…。わたしはあなたの手をとって少し上のほうへともっていく。もうあなたに優位なんてものはないとわからせる。いつ、いつ、いつ…。そんなに求めてくれるんだね。俎上の鯉になってしまったんだね。それを私がさばいていいんだね。
あなたはのけぞって、その身にうけた快感を表現した。苦しくて恥じらいがあって、でも気持ちよさげに悶えている声。よかった、受け取ったものをあなたにも贈り返すことができた。静と動を交互にゆっくり、そしてだんだんそのリズムを速くして。溶けていってしまおう。