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精神科閉鎖病棟の青春 下

本が読めるようになってからは上手く時間を潰せるようになった。ある日、高校生の女の子から借りた本に線が引いてあり、私も自分の本のお気に入りの文章に線を引いて読んでみることにした。それが定着して今でも本に線を引く癖がついている。極論、読み返す際にその文だけ読めばいいのでこれはとてもお勧めだ。

高校生の女の子と私の1個上の女の子と夜に廊下を歩きながら、今日どうだった〜?と過ごす日々。この距離感が近すぎず遠すぎずとても心地よかった。私の1個上の女の子はとても優しく穏やかな子で、徐々に自己開示して自分のことを沢山話してくれるようになって嬉しかった。

高校生の女の子は少しスピリチュアルな子で、他の男性患者と除霊をすると言っていたので除霊なんて人生でなかなか見ることはないと思い、鑑賞させて貰った。貴重な体験をありがとう。

入院中の印象的な思い出といえば、8月中旬頃に盆踊り大会が行われた。病棟内で行われる小さなものかと思ったら、病院の庭で櫓を立てて出店も出たりして行われる、近所の人も集まる大きなお祭りだった。私は看護師さんと父親と兄と3人で見て回った。辛い入院生活の中であの日だけは楽しかった。

ちなみにいつものメンバーの中で1番早く退院が決まったのは、私達の予想とは裏腹に高校生の女の子だった。この子は社交的で病棟のみんなに愛される最年少だった為、病棟のみんなと夜に集まってお別れ会といってお菓子パーティーをして、朝みんなで送り出した。お迎えに来たお母様が泣かれていて、こちらもうるっときた。

病棟のヒロインが卒業して病棟が少し落ち着いた感じがしてこれまた少し寂しくなった。この頃のメンバーは初期とは大分違って私も古株な方だった。でもこの頃のメンバーはわりかし良く、私もたまに夜に行われるお菓子パーティーに参加したりした。

この輪の中心となっている、会う度に私のことをとても綺麗ねと褒めてくれる陽気なおばさんがいた。お菓子パーティーの最中におばさんがある時、あなたに似合いそうだからと言ってキラキラのブローチをプレゼントしてくれた。とても嬉しかった。

この頃私はスマホを触れる時間が長くなったり、院内のコンビニまで一人で行ける許可が出たりした。もうすぐ2ヶ月目を目前としていた頃だったので、もしかしたらもうそろそろ退院かな?と勘づいた。

その感は当たり、徐々に外出、外泊の許可も出た。初めて両親と病院の外に外出した時はあまりにも感動した。憧れの外。ずっと窓の中からしか見ることのなかったあの景色の中に自分がいることに不思議に感じた。目に映る車や建物の全てが新鮮で、生まれたばかりの赤ちゃんのような気持ちだった。

外泊は実家ではなく自分家にした。その時我が家には人がいて、前付き合っていた女の子が一時的に住む場所がないとのことで、入院中で丁度空いていた我が家にお金を払うからとのことで住んでいた。その子と一緒に磯丸水産に行き、好きなだけ頼んでいいよと言われ、これまた憧れの外の食べ物を沢山平らげた。楽しみにしていたお酒は案外飲めないものだった。大好きなハイボールにまっず!と思ったのを覚えている。

そしてこの外泊を終えて、8月の終わり、約2ヶ月目で退院することになった。退院日、朝に両親が来て部屋の荷物をまとめていた時、私の1個上の女の子が私の病室に来て退院おめでとうとチョコパイを2つくれた。最後まで優しい子だなと思った。

そして、色々な手続きやらが終わった頃、看護師さんと何人かの患者さん達に送り出して貰った。やっと、やっと…長い入院生活が終わったんだ……!と思った。入院中、ワンチャン一生出られないんじゃないかと思ったりもしたので、こんな日が来るなんて本当に思わなくて実感がひたすら湧かなかった。

でも私はこの次の日、人生最大のミスを犯す…。本当に今思い返しても馬鹿すぎる…(笑)

ODや自殺について全く反省していなかったどころか退院したらやる気満々だった私は、退院した次の日即メンクリに薬を貰いに行った。薬を貰って嬉しくなった私は待ちきれなくて途中、コメダ珈琲で薬を飲んでしまった。久しぶりのOD、しかも訳が分からなくなってしまう眠剤、外だからと少量にしたものの、私は多分意識を失ったのかまたもや救急車を呼ばれてしまった。

そして目覚めると見知らぬ天井。そこは噂に聞いていた地獄の保護室。しかも避けていた医療保護入院にされてしまった。たかがあんな少量のODで何でこうなっている…?と深く絶望した。しかもそこは違う病院で、とても古くて暗い雰囲気の病院だった。ここでは友達も作らずにただただ耐えて耐えて何とか1ヶ月で退院した。ここでの話は辛いだけで本当に何も無かったので省略させて貰う。

そんなこんなでかなり長くなってしまったが、精神科閉鎖病棟の闇の?青春だった。楽しいことメインで書いたので私も書いてて楽しかったことのように思えてきたが、普通にまじで本当に地獄だった。その中でも微かに楽しいことや光はあったよって話。本当によく頑張った。私。そしてそばで支えてくれた家族。友達。ありがとう。

今になってやっとこの時の経験が意味あるものに思えるようになった。入院中の私が今の私を見たら驚いてくれると思う。

今年は夏、満喫出来そうだよ。



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