そして自転車が増えていく【自転車と歩んだ4000日】
健康診断で体から宣告されたイエローカード。検査値はレッドゾーン。
なんとかしなければ…。
自転車嫌いの御堂が出会ったのは、一台のクロスバイクだった。
そして御堂はスポーツ自転車に跨り、気がつけば4000日経っていた。
これは作者の自転車日記をまとめた自叙小説である。
自転車嫌いの御堂彰が、健康のために「仕方なく」始めた自転車。
今彼は自転車を6台所有している。購入した自転車も6台。最初の愛車「オルディナE3」はすでに無期限レンタルと言う形で、渡っている。つまり7台の自転車が彼の下に集まっていた事になる。
ロードバイクとの出会いは単純だった。車移動が中心になった人間にとって、自転車移動と言うものは足ではなくなる。そう、移動手段はあくまでも車なのだ。
自転車が自分を遠くに連れて行ってくれる乗り物でなくなったからこそ、趣味足り得る存在に、パートナーになる。
そんな人はどうなるか?「自転車」という言葉に敏感になるのだ。
御堂彰は自転車漫画を読むようになった。しかし御堂はひねくれもの。黄色いジャージのメガネ君ではない自転車漫画を読み始める。
描かれるのはやはり、ロードバイクの楽しさ。その点では作品が違えど、伝わる熱は同じである。
すでに風と一体になる感覚は経験していた。作品の中の、キャラクターの声はまさしく自分自身が感じた心の声、快感そのものだ。
ロードバイクなら、もっと風とひとつになれるかも…。
スポーツ自転車を経験して一ヶ月で、御堂はロードバイクに焦がれるようになる。
買ったばかりのクロスバイクはどうするんだ?そんな心の声に耳を傾けた御堂はひとつの制限を設けた。
「体重が60kg切ったらロードバイクを買う!」
この時の体重65kg。買う気ないやろ…。そんな声が天から聞こえた。
最初のロードバイク を手に入れた時、御堂の体重は63kgだった。
御堂は自分の決めたことも守れない男なのか?否、断じて否!
なぜならば最初のロードバイクは買っていないのだから。買っていないから、60kg切ってなくてもオッケーだよね?過去の御堂が嘲笑っている姿が脳裏に浮かぶ。
端的に言えば最初のロードバイクは人から譲り受けたものだった。しかも驚くべきことに初対面の相手から。
これだけで一本の話しが書けてしまうような出会いなので、詳細はまたの機会に。
そのロードバイクはクロモリのANCHORだった。クロモリ…クローム・モリブデン鋼独特のしなりを持った、不思議な剛性。御堂の愛するカラーである青色が映えるしなやかなボディ。
御堂はアンカーを駆り、ロードバイクの世界へと足を踏み入れた。踏み入れて…しまった。
クロモリフレームの欠点は、その重さ。しばらくして御堂は、フレーム材質の違いに絶望するようになる。
坂がとにかく辛いのだ。そして同時に自転車に取り憑かれた御堂のパートナーが自転車に嫉妬する事件が起きる。
その頃通うようになった店のフリーマーケットで、その自転車と出会ったのはまさに運命だっただろう。
黒いジャイアントのアルミフレーム。しかも女性用。パートナーのために、御堂はその自転車を購入したのだった。
しかし主に乗ったのは御堂自身であることは言うまでもない。
アルミフレームの軽さと硬さを秘めたそのロードバイクは、かなりの性能を秘めていた。ギア周りもアンカーより1段階グレードが高く、変速性能も段違いだった。
乗りやすい…。機材の違いを自分の身体で体験してしまうと、自転車乗りは沼にはまる。その沼の名を機材沼と言う。
そして御堂は、ついにカーボンフレームのロードバイクを購入することになる。カレラというイタリア製ロードバイクのエントリーモデルだった。
当時のカーボンフレームの相場より10万円は安いそのフレームは、思った以上の性能だった。御堂は、その自転車人生の半分を彼と過ごすことになる。
ここまでで、ロードバイクがすでに3台。クロスバイクが1台。自転車に乗る者なら何かが足りないことに気がついただろう。
そして、乗ったことのないものは、すでに頭の中が「?」で満たされている事だろう。
自転車なんて、そう何台も必要なものではない。それに乗る体はひとつしかないのだから。
しかし足りないものはあるのだ。ロードバイクは舗装路を最速で走るために作られた、言わば競走馬。スタンドも籠もなく、高価故に駐輪場に預けることも出来ない。そして、舗装された道以外はとにかく走りにくいのだ。
御堂の下に続いて現れたのは、マウンテンバイクだった。これなら砂利道だって、登山道だって走ることが出来る!
自転車は一度足を踏み入れた人間を、けして逃さない。その欲望の限りを喰らい尽くす魔物のような存在だった。
マウンテンバイクの最大の欠点。それは未舗装路を走るためのブロックタイヤとサスペンションが加わることによる、巨大さだった。
今度は小さい自転車を求めるようになる。
折りたたみの自転車が、御堂の家にやってきた。これは連載でヒロインが乗っている自転車のモデルとなったものだった。
ついに6台の自転車を手に入れた御堂。さすがにもういらないだろう?
否、断じて否!
ロードバイクの機材沼を舐めてはいけない。カレラのカーボンフレームはエントリーモデル。ロードバイクで廉価モデルとされているものにはある特徴があった。それは長距離を走るためのモデルである事だった。
体に優しい柔らかさ。体に優しい姿勢を維持するための形状。それは当時に、競技性というものを損ねる性能でもあった。
「より早く走りたい」
さすがに数年も乗り続けると、どんな人間だって、そんな欲望に取り憑かれてしまうものだ。
坂道を早く走るための山岳モデルが欲しい。それが次の目標となった。
フランスのTIME社が、まさに山岳の名前を擁して世に放つモデル。アルプデュエズ。
ついに7台目の自転車を揃える事になった。
アルプデュエズを駆るようになり、御堂は自己記録を塗り替え続けて日々の自転車ライフを満喫している。
しかし、彼の心にはすでに深い深い闇が潜んでいたのだった。機材沼の深淵から声がする。
次のロードバイクを求める声が………。
そして今、御堂の体重は…まだ60kgを切っていない。