あなた本当に自転車乗ってるの?【自転車と歩んだ4000日】
御堂の趣味が自転車である事を誰かに話すと、かなりの高頻度で返される言葉がある。
「本当に自転車乗ってるの?」
御堂は色白だった。
色は青が好きで、ウェアも普段の服装も青。そんな彼の顔色は青白い。
そしてそれを話のネタとしても使っている。もちろん人間なので日焼けはする。
しかし御堂は焼けない。それはなぜか?
紫外線対策を怠らないからだ。
幼少の頃、御堂はその白い肌にコンプレックスを抱いていた。
女の子のような顔つき。白い肌。そして女子からも可愛いと言われる辛さ。
可愛いじゃなく、カッコいいと言われたい!真っ黒に日焼けした、男らしい顔になりたい!
太陽に向かって両腕を開いて、TERUのポーズ。
「たえ〜ま〜なく、そそぐあいのなを〜♪」
焼けない…。
その肌は赤くなるばかりで、黒くは染まらなかった。そして赤くなった肌は風呂に入ると…。
「痛い!」
続けて、て〜れってて〜とねるねる◯るねの効果音を奏でたくなるくらいに、渾身の「痛い!」が風呂場にこだまする。
それでも痛みに耐えてでも、黒くて男らしくて強そうな肌が欲しかった。
当時は色が白いとか日焼け止めを塗るだとか、そんな行為は女々しい行為だと言われていた。
だからこそ声をあげたい!日焼けは悪だと!
そもそも日やけがシミに変わるなんて、あの時代には分かってなかったことじゃないか!
日焼けは火傷なんだよ。そんな概念も存在しなかった。
そう、それは「悪魔が来りて感染症」の時代にはウイルスなんて世の中にいなかったんだって、そんなレベルで日焼けは美徳だと言われていた時代だったのだ。
高校に入った御堂はゲームにのめり込み、完全なインドア派になった。その頃から太陽を忌み嫌うようになる。
バイトから帰り、朝までゲームをして、日が昇ったら寝る。起きたらバイト。
そんな夏休みの過ごし方をしていたあの頃。気分はバンパイアだった。
そしてバンパイア気分が抜けないまま大人と呼ばれる年齢になった御堂は、精神的に大人とは程遠いまま、太陽をさらに嫌うようになった。
もう僕は光の下では生きていけないんだ…。そう思って生きてきた。
そんな御堂に恋人ができて、彼女のために生きると決意して、上がった血糖値と決闘するために自転車をはじめた。
御堂は再び太陽の下に戻ってきたのだ。
しかし長年光から目を逸らし続けていた彼には太陽はあまりにも眩しすぎた。
走るたびに痛む肌。そして傷む肌。刻まれていく紫外線の傷跡と共に、理不尽に削られていく体力。
それもそのはず。日焼けとは紫外線による、肌の炎症なのだから。
紫外線殺菌灯で細菌たちが命を奪われていくのと同じ。細菌たちも細胞ならば、人間の肌も細胞なのだ。
殺戮が始まった。
自転車に乗るたびにおびただしい数の細胞たちが太陽の放つ紫外線に焼かれ、その命を散らしていく。
それにより起こった炎症が、人体を内側から壊していく。それは確実に、体力だけではなく寿命すら奪う行為だった。
そして日焼け止めを、御堂は塗った。日焼けは治まった。
「んなわけねえだろ!」
ガンダム◯◯で聞いた覚えのある言葉が胸に響いた。
やはり痛い。マシになったとは言え、所詮日焼け止めは汗で落ちるのだ。
肌が露出した場所が痛かった。
これならば失恋した胸の痛みのほうがまだマシだ。そう思わせるほどのサマーハートブレイク。
その後堂はサイクルジャージを買った。吸水速乾を謳う、ちゃんと自転車メーカーが作っているサイクルジャージを。
そしてインナーも専用のものを選んで買った。長袖である。
自転車用の手袋は元々持っていたので、上半身は安全にウェアに覆われた。
しかしそれでも紫外線は容赦なく肌を焼いた。袖の下もかすかに焼けて、痒い。
長袖ウェアの袖口と、手袋のスキマが真っ黒に焼けて、リストカットのような日焼け跡がついていた。
子供の頃あんなにも欲しいと思っていた褐色の肌は、御堂の手首にリストカット痕のように刻み込まれたのだ。
その傷跡はウェアの隙間のなせるわざだったが、あたかも心の隙間のように、ポッカリと空いていた。夏なのに心の隙間風が寒い。
続いて目をつけたのは、外で作業する人達の、外で作業するための服装。
ワークマンのインナーを身につけてみる。
紫外線防止効果抜群で、日焼けはかなり軽減された。そして涼しい。紫外線がいかに人類の敵たるかを知った。
しかし顔が…痛い。
様々な日焼け止めを試したが、重ね塗り以外に顔の日焼けを抑える手段は見つからなかった。
1時間に一度、日焼け止め休憩をとる。それが自転車に乗る時のルーティンとなるのだった。
そんな日々に終止符が打たれたのは、御堂が自転車に乗り始めて6年が経った時だった。
車でも自転車でもお世話になり続けた和光ケミカル、通称WAKO'Sから日焼け止めが発売されたのだ。
2L汗をかいても流れない?いや、絶対ウソだろ。
本当だった。追加塗りしなくても日焼けしない。夏の日差しの中で汗をかいても、川にドボンしても…少しヒリつく程度で、日焼けから解放されたのだ。
ひとつだけ欠点があるとしたら、それは洗っても落ちないということだけ。
さすがに言いすぎだろう?そんなことはない。クレンジングオイルでもちゃんと落ちないから、専用のクレンジングオイルが別途販売されているくらいだ。
あとお値段も欠点のひとつかも知れない。某高級日焼け止めの倍はする価格。
それでもこの出会いは運命的だった。屋外アクティビティである自転車を続けるにあたって、日焼け止めの性能など、落ちない以上に優先されるものがあるものか。
そして話も落ちない。
あれから数年間、御堂は自転車で日焼けをほとんどしていない。
そしてそれがあの言葉を生んだ。
「あなた本当に自転車乗ってるの?」