男はつらいよ3~星降るエクスプレス 寅さんからの手紙
拝啓 諏訪さくら 博様
わたくし車寅次郎は京都の宿屋にて雪女に騙され生死の境をさ迷った挙げ句、半ば幽霊となって銀河の駅で売(バイ)をしておりました。
最近はあの世も物価高騰の煽りを受け、六文銭で渡れた三途の川の渡し賃も、今じゃ666万円に膨れ上がったみたいで。
こりゃ渡るまで何年かかるかと途方に暮れておりましたところ、心優しきさくら様の御計らいにより、銀河鉄道に乗って来たリリーと再会することが出来ました。
お陰様でなんとか娑婆に戻ってこれるそうです。
北十字駅のベンチに座ってすーっと流れていく星を見ながら、ふと「リリー今度こそ俺と所帯持たねえか」って言ったらあいつは「うん、いいよ」って言ったのよ。
つまり俺とリリーはこの度めでたく結婚するは運びとなりましたので御報告致します。
そして折角ただっ広い宇宙で再会したのだからとそのまま銀河鉄道に乗って新婚旅行すること相成りました。
わたくし共は北十字駅から白鳥駅、鷲駅、ケンタウロス駅と乗り継ぎます。
途中汽車に乗り込んで来たのは、灰色で目の真っ黒な異星人や魚の顔の半魚人だの宇宙ってのは色んな奴がいて面白いなぁとリリーと感心しながら眺めておりました。
魚の頭の奴に「あんたいい面してるねえ」と誉めたら顔を赤らめて「ほっほっほ」と笑ってました。
そんなこんなで俺たちは十三次元駅って所に着きました。
真っ黒いトンネルを抜けたらそこは十三次元だった。なんてね。
どうもここは変な所で時間が逆さに進むようでリリーはすっかり若返ったと喜んでおります。
肝心のわたくし自身は相も変わらぬ見苦しき面体。
リリーに「寅さんは若返っても変わらないわねえ」と笑われる次第であります。
そしてとうとうおいちゃん、おばちゃんに再会することとなるのです。
「この十三次元ってとこは随分妙なとこだねえ」と車掌の宮澤さんに聞いてみると「この十三次元は強く願えば亡くなった人にも会えますよ」なんて言いますのでじゃあ試しにとおいちゃんおばちゃんのことを強く念じてみました。
すると駅の柱の影からひょいと二人が現れるじゃあありませんか。
二人は目を丸くしてこっちを見てます。
「ようおいちゃんおばちゃん変わりねえかい。ちゃんと天国行きの切符貰ったみてえだな。俺はてっきり地獄に落ちたんじゃねえかと心配したよ」と言うと、
「馬鹿野郎。久しぶりに会って一言目にはそれかよ。おめえじゃあるめえし地獄なんかに落ちるかよ。俺、悪いことなんて一度もしたことがねえんだもん」と自慢しております。
「そうだよ寅ちゃん。私たち夫婦はそりゃ善男善女で有名なんだからね。見損なっちゃ困るよ」
「何、今のはほんの冗談よ。二人とも達者で良かったな」
「おじさんおばさん久しぶり~」とリリー。
「おっ、あなたはリリーさんだね。変わらないねえ」
「そうなんですよ。私もすっかりおばあちゃんになったんだけどね。この十三次元って所に来たら段々若返ってくるんですもん。あたしうれしくなっちゃった」
「そりゃあよかったわねえ。私たちみたいに一度死んじゃったら若返りはしないようだけどさ。寅ちゃんは全然変わらないねえ」とおばちゃん。
「そうなのよ。可笑しいでしょ。寅さんは昔っからずっとこんななんだねえ」
「それはそうとなんでリリーさん、あんたがここにいるんだい?」とおいちゃん。
「あたしね。死にかけてる寅さんを連れ戻すようにさくらさんに頼まれて銀河鉄道に乗って来たんだけどさ。久しぶりに寅さんに会ったらプロポーズされちゃったのよ」
「え!?寅がプロポーズ!」びっくりするおいちゃん。
「そ、それで…ちゃんと断ったんでしょうね」
「ふふふふ。ついね、いいよって言っちゃいました」
「え?ってことは……。寅、おめえ結婚するのか?」
「えへへへ。いや~俺もね。さくらと電話するまではてめえの歳も忘れて旅をしてたのよ。聞けば27年も帰ってねえって言うじゃねえか。歳勘定は知らねえがいいじじいになったのは確かだ。いつまでもフーテンしてるわけにもいかねえし死ぬ前にいっぺん所帯持ちてえなぁと思ってるところにリリーが来た訳よ」
「へえ。よくリリーさんも承知したなぁ」
「あたしもね。何度かいい男がいて結婚しようと思ったんだけどね。寅さんと同じ旅烏でしょ。ひとところに留まって落ち着いて暮らすってのはどうも性に合わなくてさ。結局おばあちゃんになるまで独りだったのよ。でもさ。寅さんの葬式の時すごい後悔してさ。昔沖縄で二人で暮らしたことがあってね。そのあと寅さんに所帯持たねえかって言われたとき、なんでいいよって言わなかったのかってずっとそればっか考えてたの。でもこうして宇宙の果てでまた会えるなんてねえ」
「そっか。リリーさんも色々あったんだなぁ。寅、まさかあの世でおめえの結婚聞くとは思わなかったよ。今さらだがおめでとう」そう言って深々とお辞儀するおいちゃん。
「よかったねえ寅ちゃん。昔から随分心配したけどリリーさんと結婚できるなんて夢のようだねえ。生憎ここじゃ御祝儀も引出物も何もなくてごめんねえ」そう言って涙もろいおばちゃんはぽろぽろ涙を流します。
「や~や~二人とも顔を上げてくれよ。いいよう御祝儀なんて。二人の気持ちだけで充分だよ。俺の方こそ生きてる間は迷惑かけっぱなしでよ。生前はひとかたならぬご愛顧を賜りまことにありがとうございます」
「まあ生きてる内におめえの晴れ姿見れれば良かったけどよ。あの世でもこうしておめえに会えてうれしいよ」
そう言って涙を流す二人を見てる内にこっちまで貰い泣きしてね。
リリーまで泣いちゃって。
ああ俺はいい身内を持ったんだなぁと心から幸せに思ったのよ。
そんなこんなでお互いの近況を話してる内にふとタコ社長の話題になりました。
そういえばタコ社長はまったく見当たりません。
おいちゃん、おばちゃんも見てないと言います。
さくら様とのお電話でとうの昔に亡くなったとは聞きましたがもしや地獄に落ちたのではないかとみんなで心配しました。
「まぁあの社長ことだから俺たちに隠れて悪いことの一つや二つ、いやひょっとしたら何かとんでもねえ悪いことをやらかしたのかもしれねえな」
「やだよ、寅ちゃん。うちの隣にそんな悪い人が住んでたなんて思うとぞっとするよ」
「こらっ。よさねえか。寅の言うこと一々間に受けるんじゃねえよ。あの社長がそんな悪いヤツに見えるか?え?そりゃ脱税で追徴金取られたぐれえはあったけどよ。あとは少し浮気したぐれえだろ。そんなことで地獄に落ちるわけねえよ」
「いやぁおいちゃん。今はね、コンブライスって言って厳しい時代になったんだよ。ちょっとやそっと悪いことをしただけですぐ地獄に落ちるみてえなのよ」
「だったら寅、おめえ真っ先に地獄行きじゃねえか。散々悪いことしたろ。中学の校長殴ったりよ」
「な~にあれはいたずらいたずら。悪い内には入らねえの」
なんて馬鹿話をしておりますと不意に柱の影からぬっとタコ社長が現れるじゃありませんか。
相変わらずの禿げた丸顔を茹でダコみたいに赤くしてこっちに来ます。
「よう、久しぶりだね社長!ちょうどおまえの噂をしてた所だよ」
「ひどいよ寅さん!せっかく人が気持ちよく天国で永眠してたのに俺の悪口が聞こえてくるんだもん。うるさくて目が覚めちゃったよ」
「そりゃあ永眠中起こして悪かったな。やっぱ社長は日頃の行いがいいから天国みてえだな」
「そりゃあさ。俺だって少しぐらいは悪いことしたよ。脱税とちょっとまあアレをね。でもそんなことで地獄に落とされたんじゃたまんないよ。世の中とんでもねえ悪い奴がいっぱいいるっていうのにさ」
「まあなぁ」
「いいなぁ寅さんは。こんな宇宙の果てまでリリーさんみたいな美人と旅して」
「あら、社長さん?奥さんは一緒じゃないの?」とリリー。
「それが聞いてよリリーさん。うちの家内はまだピンピンして現世で生きてるよ。むしろ俺がいたころより元気で暮らしてるよ」
「まぁいいじゃねえか。泣いて暮らしてるよりよ」
「まぁそうなんだけどねえ。最近天国に来た中小企業の社長に聞いたんだけどさ。今の日本じゃリーマンショックだのコロナ倒産だのって中小企業に厳しい時代になったんだってね。安い仕事はみ~んな中国とかに持ってかれてさ。俺、今生きてたらどうせ首くくったかもしんないよ」
「そりゃ社長!いい時に死んで良かったな。あははははは」
これにはみんな大笑い。
「あ~あ、やってらんないよ~まったく。また永眠して、美女の夢でも見ようかな」
そんな馬鹿話をしてると今度は柱の影からまた別の人が現れます。
よく見りゃ立派なお仏様。いやいや御前様じゃありませんか。
「これはこれは御前様じゃないですか。お久しぶりでございます」
「こら寅っ!おまえがここに来るのはまだ早いぞ」
「いえね御前様。一度雪女に騙されて死にかけたんですがね。さくらがうまい具合にリリーを銀河の駅でさ迷ってる俺の所に送り込んでくれてね。うまい具合に娑婆へ戻ることができそうなんですよ」
「左様か。おまえ、さくらさんには本当に感謝せなならんぞ」
「へい。俺には出来過ぎた妹ですよ。御前様も達者なようで何よりです」
「なに天国というのは退屈な所でな。久しぶりにおまえの声が聞こえたから来てみたのだよ」
「そうですか」
「わしも若い頃は色々遊んだからな。おまえよりも女を泣かせたかもしれんぞ」
「へいへい御前様の自慢話は随分俺も聞かされましたよ。そんな色男がこんな立派な和尚になるんだもんなぁ」
「はははは。正直言うとな、寅。わしも天国へ行けるか少し不安だったんじゃよ」
御前様の告白においちゃんおばちゃんタコ社長にリリーも口をあんぐり開けて驚いてます。
「まぁ人はみなそれぞれ悩みを抱えてますからねえ」
「まぁそういうことだ。現世に戻ったらさくらさん、博さんによろしく伝えてくれ。ではみなさん、わしはお勤めの時間なのでおいとまさせてもらいます」
「へい、御前様。また会うときまで達者でいてくだせえ」
そう言うと御前様はふーっと透明になって消えて行きました。
「人は見かけによらないわね。御前様も若い頃はプレイボーイだったなんて」とリリー。
「な~に。男ってのはみんなそんなもんさ」
そういう言うとおいちゃんが
「な~に俺だって遊んだよ。昔はモテたんだから。おまえたちは知らないだろうけどね」
「ちょっとあんた、変なとこ見栄張ったってしょうがないでしょ。女を口説く度胸もないくせに」
「なんだとお」
「わたしだってあんたのところに来る前は惚れた男の一人や二人いたんだからさぁ」
「何言ってんだねこのおばさんは」
「まぁまぁおいちゃんおばちゃん。夫婦喧嘩は猫も食わねえよ」
「あらやだ。久しぶりに寅ちゃんと会ったのにみっともないとこ見せちゃったね。さくらちゃんは元気?」
「ああ、電話で話しただけだが元気そうだったぜ。とらやも細々とやってるみてえだし」
「それのことなんだけどよぉ。 店のことはあんまり気にしなくていいって伝えてくんねえか。いつ畳んでもいいんだからな」
「ああ言っとくよ。まぁさくらもおいちゃんの店を潰すのが悪いみたいに言ってたからな。それに博も定年になって暇だろうし、満男は沖縄の島でお医者をやってるみてえだしよ」
「へえ。満男がね。勉強嫌いだったのになぁ」とおいちゃん。
「勉強嫌いは寅ちゃんに似たのかと思って心配したけどあれから頑張って勉強したんだねえ。偉いわぁ」そう言ってまたぽろぽろ涙を流すおばちゃん。
「満男は俺に似た所があるからなぁ。きっと今頃、沖縄の孤島で島民に慕われながら元気で暮らしてるよ。可愛い助手の姉ちゃんに惚れられたりしてなぁ…」
なんてことを話してると車掌の宮澤さんが来て
「お話中すいませんがそろそろ面会時間は終わりでございます」
「なんでえ、いいじゃねえか。積る話もあるんだしよ。これから雪女の話をしてやろうとおもったのによ」
「現世の方と天国の方がお話をするのは1時間以内と決められておりますので」
「だとよ寅。面白そうだけどまた今度な」とおいちゃん。
「ごめんねえ寅ちゃん。そろそろおいとましなきゃないけないみたいなの」
「そうかい。分かったよ。次会うときまで達者でな。風邪引かねえように気をつけてな」
「馬鹿っ。仏が風邪引くかよ。…じゃあな寅、リリーさん」
「うん、おじさんおばさん元気で」とリリー。
「あばよ」
リリーと一緒に二人に手を振っていたらおいちゃんおばちゃんはニコニコしながらすーっと透明になって消えていきました。
ついでにタコ社長も。
それからわたくしとリリーは再び銀河鉄道に乗って宇宙の旅を再開するのです。
そうそう忘れておりましたが十三次元駅の片隅で、帝釈天の題経寺で働いていた源公とばったり出くわしました。
それもいいじじいの面になって。
「なんだおめえなんでこんなところにいるんだよ」と言うと
「なんかわかんねえけど気づいたらここにいた」なんて抜かします。
まさか源公くたばっちまったのというと、「うんにゃ、くたばったにしちゃ足あるぜ」なんて言います。
俺とリリーの後を勝手について来ますので、「しょうがねえ。鞄持ちでもさせてやるか」と只今3人で宇宙を旅しております。
ところで生前さくら様、博様には大変お世話になりっぱなしでついぞご恩返しもできないままでしたが、この度リリーとの結婚の引出物としてお月さまを買いましたので土地の権利書を進呈いたします。
いずれ月に立派な団子屋を立てて月見団子を広めちゃいかがでしょうか?
いや今はコンビニの御時世。
コンビニととらやをくっつけてうさぎの店員でも雇ったら面白いかもしれもせんね。
敬具
車寅次郎、リリーより
追伸
そうそう忘れてました。
リリーに俺の体どうなった?って聞いたら京都の市立病院で意識不明の昏睡状態で入院してるって聞きました。
どうぞ先生に今しばらく車寅次郎はリリーと宇宙を旅してるからそっとしておいてくれと言ってください。
もうしばらくしたらちゃんと戻ってきますので。
とらや
十三次元郵便局から届いた長い手紙を読む博とさくら。
「…そうかぁ。義兄さんは今頃リリーさんと銀河鉄道で宇宙旅行か。いいなぁロマンがあって。きみの義兄さんは」
「よくないわ。でもこんな手紙を寄越すぐらいなんだもん。元気なのねきっと。心配して損したわ」
「まあ義兄さんらしくていいじゃないか。おじさんおばさんにも会えたようだしね」
「そうね。…でもお医者さまによろしくって書いてあるけど、『兄からこんな手紙が来ました。しばらく宇宙旅行してから帰るそうなのでそっとしておいて下さい』なんて言ったって信じてくれないわよきっと」
「はははは。そりゃそうだ。まぁ帰ってくるのを気長に待とうじゃないか」
※この物語はフィクションであり男はつらいよのパロディです