旬杯リレー小説B結の後日譚2
次の日、浅い眠りから覚めると僕はシャワーを浴びて朝食を食べ、荷物をまとめてチェックアウトの準備をしていた。
そしてせっかく来たんだし東京見物してから帰るかなーなどと考えていたらスマホに電話がかかってきてびっくりとした。
知らない番号…まさか?
「もしもし?ひゅーくん?久しぶり!コンサート来てくれたんだね!」
僕は茫然自失となって言葉がでない。
「聞こえてる?まだ東京にいるの?」
「う、うん。」
「そっか。なら良かった。あの俳句とお酒見てすぐひゅーくんだだとわかったよ。懐かしいね。」
「お、お世話さまです。」
「何それ?それより仕事は全部キャンセルしました。ひゅーくんさえ良ければあの町へ行きませんか?」
「は、はい喜んで。」
僕はあの日と同じように即座に快諾した。
それから20分足らずで待ち合わせの場所へ彼女は青い車に乗ってやってきた。
そして積もる話は後にしてすぐに出発した。
ナビを見たら僕の町まで高速に乗って8時間弱かかる。
昨日コンサートをやって疲れてる彼女にはキツイだろう。
首都高を出て次のパーキングエリアで運転の交代を申し出た。
運転免許取ってて良かった。
本当は自分の車ならもっと良かったのだけれど。
運転中僕らは近況を語り合った。
5年の溝を埋めるように。
彼女は念願のメジャーデビューを果たし夢が叶ったわけだけと、急に忙しくなり、前みたいに酒場を放浪して流しで歌ったり、ふいに見知らぬ町へ来て曲を作ったりというのが出来なくなったことを残念がっていた。
僕の方は地元の大学へ進学しそのまま大学院で宇宙物理学を研究してると言ったら大変興味を持ってくれてもっと聞かせてというので詳しく話した。
「僕は個人的に昔から宇宙の構造が人間の脳の形に似ているなと思ってまして宇宙と人間の脳との因果関係があるのかないのかというのを研究してます。」
「へーすごいじゃん。宇宙も脳みそなら宇宙生物神様とか?」
「まあそんな感じです。具体的に言うと宇宙の本質は知性じゃないかという仮説でして人間のような知性をもった生物が誕生するのも宇宙空間が知性を宿してるならなんじゃないかと。宇宙も意識を持ってるかもしれずそれが神様なのかどうか?」
「すごいね、ひゅーくん。それ解明したらノーベル賞だよ。」
「ふふっノーベル賞かあ。」
僕もついつい熱が入ってしまってより詳しいことを長々と語ってしまった。
気づくと彼女はすうすうと寝息をたてていたので、そっとしておくことにする。
きっと疲れているんだろう。
一度パーキングで休憩しただけでそのまま故郷の町まで車を飛ばす。
辺りはすっかり暗くなっていた。
大島に掛かる橋を渡ったところでそっと彼女を起こした。
「うーん。ごめんひゅーくん。寝てたわー。」
「もうすぐですよ。あざみさん。」
「おー。懐かしいね。暗くてよく分かんないけどあのとききみが案内してくれた島だね。」
橋脚の上のライトが煌々と辺りを照らす。
「お腹空きません?さっきパーキングでサンドイッチとおにぎり買ってきましたよ。」
「うん、空いた。でも亀山登るまで我慢する。」
山の中腹までつづら折りを登って行ったのだけど頂上まであと少しというところで車両通行禁止のバリケードが置いてあった。
昔はこんなの無かったのに。
仕方がないので路肩に車を停めて歩くことにする。
僕はスマホの覚束ないライトを頼りに彼女の前を歩いた。
振り向けばあざみさんはこわごわしてる。
「ひゅーくん。待って。」
僕は思いきって彼女の手を引いた。
そして黙々と歩いた。
スマホのライトに集まる虫を払い除けながら。
途中イタチのようなものが道を横切っていった。
20分ほど歩いて展望台の下までたどり着いた。
息を整えて階段を上がる。
遠くに僕の生まれ育った町の灯りが見える。
ちっぽけな町だけどこんなにも人家があったんだ。
町と島の間の湾には漁船の灯が見える。
5年前あざみさんを連れて来たのは昼間だったな。
「あの山で3つ光ってるのは何?」
「ああ、あれは風力発電のプロペラですよ。夜間飛行する飛行機が当たらないように知らせてるんです。」
「いい眺めだね。」
「はい、あ、上を見てください。」
「おー。めっちゃ星空きれい。」
「えーと、あれが夏の第三角形デネブとベガかな。あとひつとは…」
「アルタイルだよ。」
「そうそう、あとあのでっかいのが北極星ですね。」
「星を見ながら一句。」
「うーん。星かー。夏の星、夏星。」
夏星が胸に語らう展望台…だと字余りか。
夏星が胸に語らう丘の上
「おっ。いいじゃん。」
「じゃあたしは一曲歌うね。♪♪♪」
あの大好きな曲を歌ってくれた。
それから僕たちはベンチに座り、持ってきたサンドイッチとおにぎりを食べながら語り合った。
「随分大きくなったねー。」
「ええ。」
あの頃同じぐらいだった背丈は大分彼女を追い越したらしい。
「あのさ、ずっと聞こうとおもってたんだけど、彼女おるん?」
「うーん残念ながらいませんよ。」
「そっかー。」
「あざみさんこそおモテになるんじゃないですか?彼氏は?」
「うーん微妙。なんせこの性格だからさ。全然いないよ。」
今度は僕が「そっかー。」と言う番だった。
僕はふいに思った。5年に言いそびれた言葉を今言おうと。
急に心臓がドキドキしはじめた。
「あざみさん実は…」
「うん。」
喋りながら言葉を探す。
「5年前あなたと出会って本当に良かったです。」
「うん。」
「えっと。いつかあなたの人生と僕の人生が交差することを願ってました。」
「ふふっ。何かそれー。」
「まあ要するに…あなたのことが好きでした。」
「でした?」
「あ、今も好きです。」
「ありがとう。言ってくれて…」
「あたしさ、今でも思い出すよ。きみと過ごしたあの夏のこと。今も取り出してそっと抱き締めてるよ。ひゅーくんいい子だったなー。何してるかなーって。あたしの変な話ちゃんと聞いてくれたしさ。」
「僕はしょっちゅうあざみさんのことを考えてました。」
「そっかー。めっちゃうれしいね。でね、そのときのあたしさ、けっこうきみのこと好きだったんだよ。でも言ってしまうとこの魔法が消えてしまうと思ったの。だから切ないけどあのまま町を出た。ごめんね。ひゅーくん。」
僕にとっては思いがけないことだったけど、こんなうれしいことは今ままでの人生でなかったかもしれない。
あの夏だけが輝いていてあとは灰色のようなもの。
なんであのとき告白しなかったんだってずっと後悔しながら生きてきた。
それが報われる日がくるなんて。
「あたしさ、活動休止して1年ぐらい旅に出ようとおもってんだけど。それでもいい?…あんまり会えんかもしれんよ。」
彼女は唐突に言った。
せっかくこれからの未来を思い描いているところだったのに。
「そうなんですか。僕は時々あざみさんに会えるなーとぬか喜びしましたよ。なんでまた?」
「あたしさ、旅をしないと曲が書けないかもしれない…。」
「そっかー。あざみさんは吟遊詩人ですもんね。うーん…」
僕は悩んだ。
大学の試験より悩んだ。
多分人生で一番悩んだかもしれない。
「あざみさん、僕もその旅について行ってもいいですか?」
「え!マジで言ってんの?大学院で研究してるんでしょ?」
「大学院は休学します。論文は旅先で書けるかもしれません。なによりあざみさんの側にいたいんです。」
「…うん、いいよ。」
僕らはそっとキスをした。
はじめてのキスだった。
目の端で細長いUFOがそっと横切って行くのが見えた。
きっと僕たちを祝福しているのだろう。
これからどんなことが起こるだろう。
どんな旅になるのだろう。
海外に行くのかもしれない。
すべては未知。
光輝く未知。
この未知に飛び込まない手はないとおもった。
きっと大変なこともあるだろう。
でもあざみさんと一緒ならどこまでも行ける気がする。
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