名探偵コナン番外編 それぞれの恋
ロスアンジェルスのメインストリートで怪しい2人組を見つけて尾行する萩原チハヤ。やがて彼らは廃墟と化した工場跡地に入って行った。コナンとスマホで話しながら見張っていたら銃声が聞こえ……。
薄暗い廃工場の中で黒いスーツを来た2人組の男が、色の浅黒いラテン系の5人の男たちと話している。聞こえてくるのはスペイン語でおそらく中南米出身者だろう。彼らは黒スーツの2人組とコカインの取引をしていたようだ。
廃工場の外の石造りの街灯の影に身を潜めながら様子を伺っていた萩原チハヤは、見張りをしていたラテン系のモヒカン男に見つかってしまった。
「おい、どうした?」
「外に誰かいるぞ!」
「察か?」
「わからん」
男はチハヤの隠れる街灯の影に向かって容赦なく拳銃を連射した。その後急いで街灯の裏を確認したが藻抜けの殻だった。
「殺ったのか?」
「いや、死体がねえ」
「バカな」
「まだ近くにいるはずだ」
黒スーツの背の高い方の男が声を荒げる。
「絶対に逃がすな!」
黒スーツの2人組もサイレンサー付きの拳銃をポケットから取り出す。
5人のラテン男たちもそれぞれ銃を手にして倉庫の外へ探しに出た。工場内が2人になったとき、突如天井の明かり取りの窓が割れると長い茶髪を靡かせながらチハヤが女神の如く降りてきた。コカインの入ったスーツケースを守る黒スーツの男が、着地したチハヤにサイレンサー銃を撃とうとした刹那、チハヤは片手を床についたまま回し蹴りをして男を薙ぎ倒した。驚いたもう1人の男が銃を撃ったが、横に飛んで弾道をかわすともう一発撃つより速く、間合いに入ったチハヤが回し蹴りで男の顎を砕いた。失神して倒れた男から銃を奪い取ると、銃声を聞いて引き返した男たちが銃を撃ってきた。
チハヤは走って銃撃をかわしながら、工作機械の影に転がり込むと、物陰から首を出しつつ、1人また1人と正確な射撃で男たちを次々倒していく。しかも全員腕や足を狙い死なせないように配慮しながら。チハヤは警察学校時代射撃のテストで常にトップだったのだ。
ものの15分程度で7人を片付けたチハヤはハンカチで汗を拭った。
「ふう、久しぶりに大暴れしたが婚活パーティー前のいい運動になったな。正当防衛だし。腹も減ったしこれでたらふく食える。あとはあの少年が警察に連絡してくれるだろう」
チハヤが汗を拭いて倉庫を出ようとしたとき入り口に茶髪の少女が立っていることに気づいた。
「あらチハヤさん、もう片付けてしまったのね」
「やあ、きみは灰原ちゃんだったね。病院からわざわざ駆けつけてくれたのか」
灰原はコナンに借りた眼鏡を掛けて腕を組んで微笑んでいる。眼鏡から映像と音声を無線で飛ばし病院にいるコナンとリアルタイムで共有している。
「ええ江戸川君が心配してました。あのお姉さんはきっと無茶するに違いないって」
「ははは。心配ご無用。どうやらジュウゴを呼ぶまでもなかったな」
「お姉さん強いのね。私、遠くから見てたけどまるで軍人さんみたいだったわ」
「ふっ、軍人さんか。私は第三交通機動隊の小隊長になる前はね。組織犯罪対策第4課、通称『マル暴』にいてね。松田憂作課長やジュウゴたちとヤグサ相手にドンパチやってたのさ。そこで付いた渾名が『少佐』だったなあ」
「へえ、少佐なんてかっこいいのね」
「うん。実はこの渾名、けっこう気に入ってる。誰もそう呼ぶ者はいなくなってしまったけどね」
「これからどうするの?」
「大富豪と婚活パーティーさ。君は?」
「江戸川君に頼まれたの。お姉さんがやっつけたこの人たちがナイトバロン(黒づくめの組織)と関係あるかどうか調べてこいって」
「それはご苦労様だな。私の見たところコカインの闇取引らしいが。あとは警察の仕事さ」
「そうね」
2人がそうして話しているところへ突然、1台のタクシーが猛スピードで現れて急停止した。
そして中から1人の大柄な男が飛び出して来た。
「……ジュウゴ! どうしてここに?」
「おまえが呼んだんじゃないか!休日返上で来てやったぞ」
「それにしても早すぎるな。よほど私に会いたかったと見える」
「馬鹿野郎!鈴木財閥のプライベートジャンボ、コンコルドに乗って急いでやって来たんだぞ。そしたらあのコナンという少年から電話があっておまえが危険な目に遭うもしれないって言うじゃないか!」
「まあ、たしかに危険な目に遭ったのは事実だ。銃撃されたしな」
「おまえよー。マル暴にいたころから危なっかしくて見てられなかったが、アメリカに来てまでドンパチすることはないだろ。少しは身を慎め」
「はいはい。ありがとうジュウゴ。私を心配してくれて。でも大丈夫だ。それより今夜婚活パーティーがあるんだ。一緒にどうだ?」
ジュウゴが(婚活なんてやめとけ、俺がいるだろ)と言おうとした瞬間、工場の奥で気絶していた男が銃を構えてチハヤを狙っていることにジュウゴは気づいた。
パーンと銃声が倉庫にこだまする。
「!」
チハヤに向かって放たれた銃弾は咄嗟に前に出たジュウゴの胸板を貫通した。
血を吐いて倒れるジュウゴ。灰原は即座に腕時計式麻酔銃を男に撃って眠らせた。
「おい、ジュウゴ!しっかりしろジュウゴ」
ジュウゴを抱き起こすチハヤ。胸から止めどなく血が溢れチハヤの掌を真紅に染める。
「……まったくおまえは昔から無茶ばっかしやがって。……いつも俺が尻拭いをしてやったな」
「ああ、おまえがいたお陰で今の私がある。おまえには感謝している」
「……警察学校時代からおまえには一度も勝てなかったな」
「ああ、分かったからもう言うな。傷に触る」
「チハヤ……おまえはな。オレの初恋の人に似てるんだ。そいつは高校の応援団長でな。名はあざみと言った」
「おい、こんなときにオノロケか」
「聞いてくれ……。そいつはおまえみたいに颯爽とバイクに乗ってな。喧嘩も強かった……喧嘩に勝ったら告白しようと思ってたんだ。一度も勝てなかったがな」
「……」
「チハヤ。……オレはおまえが……好きだ」
ジュウゴはそれを言うと力尽きたように目を閉じた。
「ジュウゴーーーー!!」
あれから3ヶ月の月日が流れた。一時は生命が危ぶまれたジュウゴだったが、灰原とチハヤが協同で止血処理を行い、ジュウゴが乗っていたタクシーで迅速に病院へ向かったため一命は取り留めた。コナンが手を回し銃創治療の経験豊富な外傷外科医のいる病院に回したことが大きかった。
ジュウゴは強靭な生命力でみるみる回復していき、3ヶ月経った今自力で歩行可能なまでになった。
チハヤはずっとロスに留まり、献身的にジュウゴの身の回りの世話をした。いつしか2人は仲睦まじい間柄になっていった。ジュウゴの告白をチハヤが受け入れたようだ。
ロスアンジェルス 江戸川探偵事務所
頭の包帯も取れすっかり元通りになったコナン。ソファに寝そべって赤井秀一が持ってきたFBI未解決事件ファイルを読んでいる。
灰原は病院に行ってジュウゴのお見舞いと買い物をして帰って来た。
「ただいま」
「お帰りー」
「あら、つまんなそうな顔してるわね」
「今回、オレの出番なかったしな。病院の手配したぐれーで」
「いいじゃないのたまには。ジュウゴさんが一命を取り留めたのもあなたがいい病院を手配したお陰よ」
「まあな。で、どうだった?ジュウゴさんは」
「とても元気よ。早く日本に帰って大好きなカツ丼食べたいって言ってたわ」
「ふっ。だろーな。チハヤさんもいたのか?」
「ええいたわ。あの2人いいカップルになりそうね」
「ちげーねーな」両手を頭の後ろで組むコナン 。
「あの2人結婚するのかしら?」
「さーな。2人共仕事一筋って感じだしな」
「……私たちはどうかしら?」
「え……?」
「冗談よ。夫婦っぽい会話をしたかっただけ」
「? ははは。おめーの冗談は分かりずれーんだよ」
灰原はマグカップを取り出してお湯を沸かすと2人分の紅茶を用意した。
コナンは相変わらず未解決事件ファイルと首ったけである。
灰原は椅子に座るとゆっくりと紅茶を飲み始めた。
窓の外から見えるロスの街並はすっかり日も翳り早くもライトを点けた車が道路を行きかっている。
「そういやオレの入院した病室に飾られていた鈴蘭。結局誰か飾ったんだ?」
「ああ、まだ言ってなかったわね。あの鈴蘭はね。ロスで活躍するYOSHIKOっていうアーティストがあなた宛に病院へ贈ったそうよ。それを看護士さんが飾ってくれたの」
「へえ、知らねえなYOSHIKOなんて」
「なんでもあなたの大ファンらしいわ」
「でもなんでオレがあの病院に入院してるって分かったったんだ?」
「さあね」
肩を竦める灰原。
「ひょっとしたらあなたを轢き逃げした犯人と関係あるかもしれないわね」
「かもな」
コナンを轢いた犯人はいまだ見つかっていない。逮捕されたコロンビアの麻薬密売組織はナイトバロンと無関係であることが分かった。まだまだ解けない謎は山積みだ。ナイトバロンの全容を明すまで、安全のためコナンと灰原は子供の姿のままでいることにしている。
「私、あなたと出逢ってからもう何年も経った気がするわ。まだ18なのにね」
「おめーどうみても18には見えねえもんな」
「何よそれ? 私の中身が50代のおばさんとでも言いたいわけ
?」
「んなこと言ってねえって。ただ18にしちゃ妙に物知りだなあと」
「それはお互い様でしょ」
「はは、ちげーねー」
「ま、仮に私が50代のおばさんになったとしても、若返りの薬を作って若返るからいいけど。ベルモットみたいにね」
「はいはい」
事務所の窓から太平洋へと沈みゆく夕陽が入ってきて2人の顔を茜色に染めていく。
灰原は遠く太平洋の向こうにある日本に思いを馳せた。
「……今頃どうしてるのかしらね。蘭さんや工藤進一は」
「相変わらずイチャついてんじゃねえの」
「……そうね。……吉田さんは悲しんでるでしょうね。あなたのことが好きだったから」
「しかたねえって。子供の恋だしよ」
「そう……」
灰原の瞳に哀しみの色が浮かんだ。
「……思えば遠くに来たものね」
「ああ……」
※名探偵コナンのパロディです。
※トップ画像はイタジャガ 名探偵コナン vol.3 1.江戸川コナン&灰原哀 (キャラクターカード) 【C】... BANDAIです。
見据茶さんのこちらの作品から着想を得ました。