自分の弱さと向き合ってみた。
最近落ち込んでばかり。
自分にいいところなんて何もないし、何の役にも立てないし、ほんとうに誰とも関わらないで生きていきたい。そんなことをずっと思ってる。
最近、「〇〇(私)さんは、人とのコミュニケーションを大事にしていて、それが相手に伝わったときに喜びを感じるのでは?」と言われた。
合っているような、合っていないような。そうなんだけど、なんとなく違和感というか。ストレートにそうだなとは言えなかった。
その原因を無意識に考えていた。
私は果たして、コミュニケーションが好きなのか?と思考を巡らせていると、そうではないことに気づいた。
一見、人と話すのが好きそうに見えるかもしれないが、割とそんなこともない。誰とでも話したいというわけではないし、常に誰かといるのは苦手だ。できるだけ大人数の飲み会には参加したくないし、1人の時間も大切にしたい。
そして先日、さらに、これまた違った問いを考えることになった。
「あなたは、人からどんな人だと思われたいですか?」
この質問に、いつまで経っても答えられなかった。考えても考えても思い浮かばなかった。なぜなら、今までそんなことを考えたことがなかったからだ。
別に、人に不快感を与えなければなんでも良い。
そこで、私は気付いた。
……もしかすると、これかもしれん。
私は今まで「人に嫌われないように」生きてきたのかもしれない。相手を不快にさせないことだけを考え、神経を巡らせてきた。
人から「どう思われたい」ではなく、「どう思われたくないか」だけを考えてきたのだと思う。
そうか、なんだ。
私は人が好きとかそんなんじゃないんだ。
よく初対面の人と打ち解けるのが上手いとか、コミュ力があるとか言われるけど、そんなんじゃないみたいだ。
ただ、人に嫌われたくない。ただ、それだけ。
だからこんなに、いつも人の目を気にしているんだな。
これまでの年月、そのことをひた隠しにしてきた自分がいる。人にビクビクしながらじゃないと生きられない自分を、「そんなことない」と、認めていなかったんだと思う。
自分にはできる。って言い聞かせて、自分を奮い立たせて。今日ここまで生きてきたのかもしれない。
それで、何かに挑戦して、誰に指摘される。すると、「ああ、今不快な思いをさせてしまったのではないか」と気になって気になって仕方がなくなるのである。
毎日そんな繰り返しでいると、いつの間にか自爆しそうになり、その前に会社から姿を消しているのだ。自分にばかりベクトルが行き、何かを成し遂げることなんて滅多になかった。
ただ、本当は、誰に認められたいわけでもない。ただ、自分が苦しまずに生きていきたいだけなのだ。そして、なぜそれができないのかも大体見当がついている。
それはおそらく、家庭環境によるものだ。
私の母は息を吸うように機嫌が変わる人で、急に顔を真っ赤にしてわめきだす。そのスイッチがどこにあるかわからない私は、常に母の顔色を伺いながら生きてきた。
この癖が、おそらくずっと抜けないんだと思う。
幸い、現在は絶縁状態のため、母親に会うことはない。だからと言って、幼い頃の記憶や経験は体にずっと染みついたままだ。
だから私は、人と関わらないほうが幸せに生きていけるんだと思う。人の顔色を気にしながら生きていくのは、本当に疲れる。何をしても続かないし、そんな自分に嫌気がさす。
だから私は、いつか人と関わらなくてもお金を稼げる仕事がしたいと思っている。
今はライターという仕事をしているが、少なからずストレスが生じることがある。
だから。
もっともっと自分が生きやすい道を模索していく。それまでは辛いことがあるかもしれないけれど。なぜ生まれたのかもわからないこの地球で、ちっぽけな存在が1人息をしている。
ただ、それだけのことなのだ。
自分の生きやすい生き方を追求することしか、今はできないから。
そんなことを思う夜でした。
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