朝日新聞Reライフ文学賞第3回最優秀賞 座間耀永Zama Akino『父の航海』 を読んで
発病してから3年間、ガンと闘う父親の傍らで、その壮絶な姿を記録した娘、この作品は父親と娘の合作でもある。父親が書き続けたフェイスブックの文章を書き写すことで父の想いを残し、命を受け継ぐ大事な事を活かす娘の愛情。
颯爽としてヨットを操る父親、日本の名だたる広報企業の取締役の父親。見事なばかりに仕事にスポーツに活躍の父親。
その父親が思いがけない病気に侵される。父親の病気の進行を軸に構成され、父と娘が二人で取り組んだ病状記録は、これまでの多くの病状記とは違って、心の対話が新鮮な視点となっている。
思わず涙をさそわれた箇所も多い。けなげな娘、立派な父親。ガンの痛みと苦しみ。それが直接的に読者の感情に訴える。
さわやかに海を行くヨット、帆をあおぐ風、海原を走る姿。そのように素敵な父親の像が活き活きと描かれた場面から、一転、病み衰えて「もっと生きたかった」と言う病床の姿。死を見つめる眼は冷静になろうとし、ついに「死にたい」と言うところまで描いている。
このまま父の想いを消えさせてなるものかという意志が、いかにも熱い。この父はこの娘に「あきのへ 大志をもつ」と最後のお年玉に書いて渡す。これを受け継いで、起業する娘が素晴らしい。
娘は文章を書く若い人たちの支援プログラムを作り起業する。父のいのちの炎が消えかかっていることを知りながらの快挙だ。
この父の残した文章には緊張感があう。いつも前向きで、フェイスブックに日記を書き続けた。その書く精神力が伝わってくる。余命宣告にもめげない。
「また声を失ってしまいました、そして呼吸器系で一段進行してしまいました。しかし本日午前中じっくりホームドクターさんに相談して、自分で納得して決めました。この的確かつ、迅速な対応、私のドクターと看護師さんはまさに神対応です。(略)心のケアも含めた新味の対応力にほんとうに感謝しきりです。私も先生方とともにここからなんとか立て直していきます。」と、、、。
娘はそれを読んで
「父のこの「立て直していきます」を私は何度見たことか。落ちても落ちても、登って行こうとする勇気。母は、それは「私のため」もあると言った。」
と記録している。親子の、家族のお互いの心理の間合いを見つめる凄さが、あふれている。
「親は子供がいるから頑張れる」と母が言うのに対し、けなげな娘は、「私の為に無理をしないで」という気持ちと、「まだ高2の私を置いて行かないで」という気持ちが交錯している、と書いている。
父親の立て直すという意志と、娘の置いて行かないで、という気持ち、この応答がすばらしい。こうした父娘の心の交流と、想いの継承をこの作品はたっぷりと描いている。
死にゆく父親を見つめ送るまで、これでもかというほどに涙をさそわれる。読み続けるのが辛くなる、もうやめたいと思いながらも、文章の力によって、葬送の挨拶まで読み切った。
Reライフ文学賞が高齢者層に知られているのなら、娘が書いた父親の闘病記録はその人々に次世代を信じる気持ちを起こしてもらえるかもしれない。
『父の航海 癌を闘い抜いた父と最後の3年間』座間耀永(ざま あきの)
(株)文芸社 2024年11月24日初版第1刷発行