【読書会】夢見通りの人々 宮本輝 ④終 孤独から考える優しさと人との付き合い方 -120

前回

〇「友達がいない」と感じる孤独から学ぶこと

弟子:里見春太が、自分には本当に友達がいないって感じる描写、胸が締め付けられるようでした。私も過去、一人暮らしをしていたことがあり、その時のことを思いしし、読んでいて切なくなりました。

その自転車の音は、なぜか春太に、友だちがいないことへの寂しさをつのらせる。自分は本当に友だちのいない人間だな。目をつむったまま、春太は胸の内で言った。自分に心を開いてくれる人はなく、こちらが精一杯心を開いても迷惑がられるだけだ。

夢見通りの人々(新潮文庫) 宮本 輝

弟子の友:わかるよ。僕も大学時代や、社会人になって少しの間一人暮らしをしていた頃、人との触れ合いを求めてた時期があった。誰かと話したり、一緒に過ごしたりするのが、こんなにも大切なんだなって実感したんだ。
師匠:人間は根本的に社会的な生き物だからな。一人の時間を味わうことも大切だが、やはり誰かと関わり合うことで、自分を確認し、支え合っていく。それを失うと、孤独が深く心に染み込んでくるものだ。
 しかし、孤独そのものを悪いものと捉える必要はない。孤独は自分を見つめ直す機会にもなるし、成長のきっかけにもなる。ただ、春太のように「友達がいない」という認識が強くなると、その孤独が自分を否定する感覚に繋がってしまうな。

〇孤独を見つめてみる

弟子:孤独は自分を見つめ直す機会というのは、確かにそうですね。最近はあまりそういう時間を取ることができませんが、先日、車で移動中に後部座席に座って、何も話さずぼーっとしていたときのことです。ふと自分を見つめ直す時間になり、「あれはどうしよう」とか、「あのときのあの人のあの動作をこういう視点で見ることができるのではないか」、などと考えていました。こういうことでしょうか?
師匠:そうだな。何かに集中していないとき、ふと考え事をしてしまう時間というのは貴重だ。それが自分を深めていく。
弟子:ですが、残念ながら、何を考えていたか覚えていないんです。あのときの思考が形にならないまま消えてしまって、もったいない気がして。次はメモを取ってみようかと思います。
師匠:それも悪くないが、忘れてしまっても構わないと思うぞ。大切なのは、考えたという行為そのものだ。考えるたびに頭の中には新しい道が作られる。その道は消えてしまったように思えるかもしれないが、実は次に同じような考えをするときに役立つものだ。
 考えたことは記憶に残らなくても、心には残る。それはまるで土の中に埋まった種のようなものだ。今は静かに眠っているが、あるとき、ふとした瞬間に芽吹く。新しい発想、新しい視点、新しい自分。それは孤独や沈黙の時間から生まれるものだ。
弟子:なるほど……。では、ぼーっとする時間もただの浪費ではなく、必要なことなんですね。
師匠:そうだ。人は忙しい日々の中で、孤独や沈黙を恐れる。けれども、静寂の中にこそ本当の自分が現れるものだ。孤独は敵ではなく、友であると気づくことが大事だ。
弟子:では、次はもっと意識的に、孤独を楽しむようにしてみます。ぼーっとするのも、少しワクワクしてきました。
師匠:それがいい。孤独を恐れず、向き合い、受け入れることができる人間こそ、次の一歩を大きく踏み出せる。孤独は、君をより高いところへと連れていく梯子のようなものだからな。

〇寂しさから優しさを考えてみる

弟子:そして、僕も一人暮らしをしていた時期、寂しくてどうしようもない時がありました。その時、人と話すだけで救われた気がしたんです。春太の寂しさも、そういう感覚だったのかなと思いました。
弟子の友:でも、弟子は周りの人のことをよく考えてくれるよね。いつも誰かのことを気にかけてくれていたと思っているよ。僕は感謝してるんだ。
弟子:(照れくさそうに)ありがとう。そんな風に言ってもらえるとすごく嬉しいな。僕も自分では気づいてなかったけど、そう言ってもらえると、ちゃんと人と繋がってこれたのかなって思えます。
師匠:それは君の優しさや思いやりが自然に周囲に伝わっている証拠だろうな。他人に優しく接することは、自分を孤独から守る道でもある。春太もきっと、彼の優しさを通じて人と繋がっていたのだろう。
弟子の友:弟子は、周りの人が集まる機会を作ってくれたり、いろいろなことに誘ってくれたりしたよね。当時は大学生だったから、本当はもっと勉強を優先したほうが良かったのかもしれない。でも、いろいろな場所にみんなと一緒に行ったおかげで、人付き合いというものを学べた気がするよ。
弟子:ああ、あの頃は、確かにいろんなところに行ったよな。勉強そっちのけで遊んでばかりだったかもしれないけど、あれはあれで得たものがあったと思う。人付き合いって、教科書には載っていないことだからさ。今、思うともう少し、本を読んでいたらさらに楽しく遊べた気もするけどな。
師匠:なるほど。人付き合いは確かに大事だ。人との関わりの中でしか学べないことも多い。ただ、孤独の時間と同じように、人付き合いにもバランスが必要だということを忘れてはならない。
弟子:バランス、ですか?どういうことでしょう?
師匠:人と関わることで学べるのは、他者の視点や価値観、そして共同で何かを成し遂げる力だ。一方で、孤独の中では自分自身と向き合う時間が得られる。その両方があってこそ、人は本当に豊かになるのだ。
弟子の友:確かに、いつも誰かと一緒にいると、自分が何を考えているのか分からなくなることもあるな。でも、ずっと一人でいるのも寂しくなるし、そのバランスですね。
弟子:僕も、今は師匠に言われて孤独の時間を意識するようになってきました。でも、あの頃の仲間との時間がなかったら、きっと今の僕は違っていたと思います。その一方で、孤独の時間に本を読むという選択肢をもっと考えられていたらよかったのに、とも思います。本を通じて得られる知識や視点も、あの頃にあればさらに深く学べたかもしれないですね。
師匠:そうだな。過去の経験はそれだけで価値があるものだが、今の孤独の時間を使って、そのときの出来事や感情を深く考え直してみると、さらに学びが広がる。本を読むことは、その手助けをしてくれるだろう。そして、未来にそのどちらも活かす場が必ず訪れる。人付き合いで学んだことも、孤独の中で学んだことも、それをどう自分の中で消化し成長に繋げるかが重要なのだ。
弟子の友:なるほど。だから、あのときの経験を無駄にせず、今の自分の中に活かすべきなんだな。でも、弟子、お前はいつも人に誘われて楽しそうにしてたから、孤独ってあまり縁がないんじゃないか?(笑)
弟子:どうだろう。やっぱり、寂しかったんじゃないかな。でも、今は意識的に孤独の時間を作るようにしてるんだ。師匠に教わってからね。そのおかげで、当時の人付き合いの経験も、より深く捉えられるようになった気がする。本を読むことを取り入れたら、寂しいと感じることもなくなった気もするし、本から新しい発見があるかもしれないな。
師匠:良い心構えだ。人付き合いと孤独、そのどちらも尊び、どちらにも感謝できる心を持つことが大切だ。君たちがそれを実践すれば、どんな状況でも揺るがない自分を築くことができるだろう。
大師匠:いい議論だ。人付き合いと孤独、どちらが正解というわけではない。それらは二つで一つのものだ。人との関わりを通じて自分を広げ、孤独の中で自分を深める。その繰り返しが、本当の意味で豊かな人生をつくる。
 本を読むことも同じだ。本は他者の経験や知識を内面化するための大切な道具だが、それだけではない。本を読むことで新しい問いが生まれる。そして、その問いに向き合うのは、君たち自身の孤独の時間だ。
 過去の経験も、未来への期待も、全ては今この瞬間に繋がっている。君たちがそのバランスを大切にし、日々を丁寧に生きれば、見えてくるものがあるだろう。焦らず、迷わず、そして楽しむのだ。
弟子:ありがとうございます。

〇春太の優しさ

弟子の友:春太の優しさの話に戻っていいですか。
大師匠:ただ、春太の場合、その優しさを自分で評価できなかったのかもしれないな。他者の目を通じて自分を見ることは大事だが、自分自身で自分を認める力を持つことも同じくらい重要だ。
弟子:僕も春太のように、周囲の評価だけで自分の価値を測るのではなく、自分で自分を認められるようになりたいです。でも、人と触れ合う大切さを改めて感じました。
弟子の友:僕たちも将来的には一人になる可能性もあるけど、そのときに孤独をどう受け入れるか、どう繋がりを持ち続けるかを考えていくのが大事だと思う。
師匠:孤独を怖れるのではなく、孤独を知り、人との繋がりの大切さを感じ、自分自身と向き合う力を養うことが必要だと、春太の物語は示しているのではないかな。

〇感想とまとめ

大師匠:最後に触れておきたいのは、宮本輝の人間描写の素晴らしさだ。彼は、春太のようなキャラクターを通して、私たちが普段目を向けない心の動きや葛藤を見事に描き出している。その描写に触れるたび、人間の複雑さと美しさに感銘を受ける。
弟子:そうですね。宮本輝の物語を通して、孤独や人との繋がり、そして自分自身の在り方について深く考えることができました。この本に出会えて良かったです。読書会で皆さんの意見を聞いたことで、自分だけでは気づけなかった部分にも目を向けることができました。
弟子の友:僕も再読したことで、新たな発見がたくさんありました。宮本輝の描く人間模様には、いつも心を揺さぶられるものがありますね。特に、春太が迷いながらも前に進もうとする姿には、自分の生活も考えさせられるものがありました。
弟子:確かに。僕も、春太が抱える葛藤を見て、自分の迷いに向き合う勇気をもらいました。この本を読んで、自分の生活の中でも、小さな選択をもっと大切にしてみようと思いました。
師匠:良い気づきだ。本を読むことで、物語の中に自分を映し出し、内面を見つめ直すことができる。そして、その過程を皆と共有することで学びが広がる。それが読書会の意義でもある。
弟子の友:本当にそうですね。僕は、他の人の意見を聞いて、同じ物語でも全く違う視点があることに驚きました。特に、師匠が言っていた「春太が孤独を恐れず受け入れる姿勢」は、僕自身が今抱えている課題に通じる部分があって、すごく参考になりました。
弟子:僕もその話、印象に残っています。孤独を避けるのではなく、それを力に変えるという考え方、これからの生活に活かせそうです。例えば、孤独な時間に読書や内省をもっと意識的に取り入れていきたいと思いました。
大師匠:その通りだ。本を通じて得た学びは、自分を見つめ直し、生活をより良い方向へ変える力となる。そして何よりも、読書をきっかけにした対話が、他者との繋がりを深める。人生という物語の中で、どんな孤独や困難が訪れても、それを力に変えていくんだ。宮本輝が描く物語は、それを教えてくれている。読書を続け、学び合う。本の中の言葉は君たちを導き、他者との対話が君たちを育てる。
弟子:ありがとうございます。読書会を通じて、ただ読むだけでは得られなかったものがたくさんありました。これからも読書を楽しんでいきます。
弟子の友:僕も同じ気持ちです。また読書会で一緒に新しい発見をしていきましょう!

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