【読書会】夢見通りの人々 宮本輝 ② -118

前回

○「夢見通りの人々」の読書会
弟子:私が印象的だったのは、里見春太が好きな女性にカセットテープをプレゼントしたけど、それを女性が、好きなやくざ者の男性に渡してしまっていて。春太がその事実を男性の家で知るんですよね。
弟子の友:あの場面、読んでてすごく胸が痛くなったよ。自分の気持ちを込めたプレゼントが、まさか別の人に渡されるなんて…。しかも、その相手がやくざ者というより、自分の知人っていうのがまた複雑だよね。
師匠:確かに、春太の気持ちを考えると相当辛い状況だ。けれど、それでも感情的に爆発したり、相手に怒りをぶつけたりしないで、なんとか自分を保っているところに、春太の精神力の強さを感じるね。
大師匠:春太は自分の気持ちに素直でありながら、それを押し殺す強さを持っているんだろう。それが「成熟」とも言えるのかもしれない。だが、その一方で、自分の気持ちをきちんと伝えられない悲しさも感じるね。
弟子:私でしたら、その場で感情的になってしまいそうです。春太のように冷静でいるのは、簡単じゃないですよね。
弟子の友:わかる。僕もその場面を想像すると、やっぱり動揺してしまうと思う。でも、春太は決して、冷静ではなかったと思うけど、感情をコントロールするしていたんだと思う。そこに春太の「人間らしい強さ」があるんじゃないかな。
師匠:春太の強さは、状況を受け入れながらも、自分を見失わないところにあるのではないかな。ただの「我慢」ではなく、むしろ自分の中でそれを受け止めて昇華したと私は読んだぞ。
大師匠:春太の行動から学べるのは、人生にはこうした「思い通りにならない」ことがつきものであるということだ。人間関係も同じで、思い通りにならないとき、どう自分を保つか、春太のような姿勢も参考になるのではないかな。
弟子:でも、自分のプレゼントしたカセットテープが他の男性に渡された時のショックは計り知れないですよね。
師匠:春太は、好きな人が必ずしも自分を好きになるわけではないと思ったのか。いや、それは、しばらく時間が経ってからそう思うかな。好きな人への好意や優しさを持ち続けるのが本当の愛情だということを学んだのかもしれない。ウーン、これも、しばらく経ってからでないと、そうは思えない気もする。
弟子の友:難しいですねえ。僕は、自分の気持ちが報われなかったら、苦しい。そうとしか言えない。
大師匠:春太は、「受け止めること」を選んだのかな。
師匠:感情をコントロールし、状況を受け入れながらも、自分の思いを否定しない姿勢。これが春太の強さであり、彼の「生きる力」だろう。
大師匠:春太の物語は、感情に振り回されることなく、それでも人を好きになる勇気を教えているのではないか。人生の中で、思い通りにならないことをどう受け止めるか。それこそが、我々が学ぶべきテーマだろうな。

○「夢見通りの人々」再読での感じ方の変化


弟子の友:実は、この『夢見通りの人々』の本を読むのは二回目なんだよ。20年前、大学生の頃に読んだ時と感じ方が全然違った。今読むと、春太の気持ちとか、おばあさんの人生とか、当時は見えなかった部分が鮮明に見えるんだ。
弟子:それ、すごくわかります。本って、その時の自分の経験や心境によって感じ方が変わるものですよね。大学生の時と今では、自身も成長されてるから、違う視点で読めたんじゃないですか?
師匠:本というのは、読む人の人生経験やその時の状況によって全く違う顔を見せてくれる。若い頃は共感できなかった登場人物の苦しみや喜びが、年を重ねることで深く理解できるようになることもある。
大師匠:まさにそうだな。本との出会いは、タイミングが全てだと言えるのではないか。若い頃に読んだ本は、情熱や未来への憧れをかき立てるが、年齢を重ねてから読むと、過去の出来事や失われたものへの共感が湧いてくる。森博嗣は、読み手が変化するといっており、まさにその通りだな。

同じ本を、しばらく時間が経ってから再読すると、妙に面白かったりする。以前は気づかなかった面白さを発見するわけだ。また逆に、面白かったな、と記憶していた本を再読して、案外つまらないじゃないか、あのときどこに感動したのだろう、と不思議に思うこともある。つまり、本は同じでも、読み手が変化する。人間は生きているのだから、これは自然なことだ。

読書の価値 森博嗣  NHK出版


弟子の友:そうですね。大学生の頃に読んだ時は、春太がカセットテープを渡す場面なんて、「ただの切ない恋の話」くらいにしか思わなかった。でも、今読むと、春太の心の葛藤とか、それを乗り越えようとする姿勢に深い意味を感じるんだ。
弟子:その時々の自分が何を大事にしているかで見方が変わるんですね。
師匠:読書の醍醐味の一つは、同じ本を再読することで、自分自身の変化や成長に気づけることもある。過去には見えなかったものが、今だからこそ見える。それは、読者自身が物語の一部になっている証拠だ。
大師匠:タイミングが合わないときに無理に本を読む必要もない。本との出会いは無理に作るものではなく、自然と訪れるのではないかと私は考え得ておる。君が今、この本を手に取ったということは、今だからこそそのメッセージを受け取る準備ができていたということだろう。
弟子:そう考えると、読書ってただの情報収集じゃなくて、自分の人生の一部なんですね。過去の自分と今の自分を比べるきっかけにもなるし、未来に向けての気づきも得られる。
弟子の友:うん、確かにそうだね。前にこの本を読んだ時の自分と、今の自分を比べてみると、こんなにも感じ方が変わるんだなって驚いたよ。本は自分の変化を映し出す鏡なのかもしれないね。
師匠:本を読むことで、自分の中に新しい視点や価値観が産みだされ、人生を豊かにしてくれると思っておる。それに気づけた君たちは、まさに「本と共に生きる」喜びを知ったんだろう。
大師匠:古い本棚の一冊も侮れないし、新しい本もそうだ。別のタイミングでこの本を読むことがあれば、さらに違う発見が待っているだろうな。
弟子:そうですね。では、これからの話は、また次回に語り合えればと思っています。


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