見出し画像

当時はかなり無謀な冒険だった『ワーキングホリデーでオーストラリアに行くぞ!』 の話 10

こんな偶然が起きたら、それは・・・・

飲めや食べろや遊べやで自由を満喫する毎日から1ヶ月くらい経って、仲の良ったオージーの女の子の21歳の誕生日(オーストラリアは21歳が成人でビックイベント)に招待され、待ち合わせの友達の家に行った。
前日もパーティーでデロデロに酔って雑魚寝をしている部屋に足を踏み入れ「これが大学生活なのね・・・」と大学生経験のない私は「なるほど・・行かないで良かった」と思った。

その中に唯一男子がいた。
そこにいた子たちは5人中4人が日本語を専攻している大学生で、みんな高校時代に日本に交換留学の経験があった。

それぞれの交換留学先の話を聞いていて、その唯一の男子のとの会話が始まり、

どこに行ったの? 
へぇ、そこわたしの地元!

どこの高校?
え〜、そこわたしが卒業した高校!

ホームステイ先は?
えっ、その家知ってる・・・

仲良かった子いたの?
・・・・その子私の友達の妹・・・・

さすがにそんな会話が続くのを聞いていた周りもかなりの驚きで、会話をしている私達2人もかなり驚いていたけど・・・
そして私の中でふと記憶が・・・・

日本を出る前、高校から仲のいい友達の妹から「すごく仲良くしてた留学生がいて、もしメルボルンに行ったら会いに行ってください!」と名前と住所を書いたメモを渡されていた。メルボルンにくる予定など全くなかったからすっかり記憶から外れていたけど、
そう彼はその本人だった。

運命だったとは思わない          


もしシンガポールに行かなかったら、
そこで日本人女性に会わなかったら、
そこで予定を変更しないでメルボルンになど来なかったら、日本レストランで働かなかったら、
パーティーに行かなかったら、出会うことはなかったはず。

だからこの出会いは、巡り合うべきして、巡り会わなくてはいけなかった相手だと思っている。              
その後、今までの人生で一番悲しく辛い時期を過ごすことになったけど、後悔は全くなし!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?