縺合のシュレーディンガー 2話「光の中から現れた男」

地下二階で、玲子は滝から最後の手段として渡されたディスクを使うかどうか迷っていた。

「……やっぱり、私にはできない」

ディスクを白衣のポケットに戻し、エレベーターに乗ろうとする玲子。

その時、エレベーターのドアが開いた。

「博士……!」
「ざーんねん!ハズレ」

二人の男が、玲子の前に立ち塞がった。

「は、博士は……?」
「そんなに、あの世の博士が恋しいか」

玲子は、滝が殺されたことを知り愕然(がくぜん)とした。

「……ほう。これがシュレーディンガーの中か」

余裕を見せる相方に、もう一人の男が、玲子を殺すように促した。

「おい」
「お、おう。悪く思うなよ。先生の命令だ」

二人の銃が、玲子に向けて銃声を轟かせた。

「俺に、物理攻撃は効かない」

玲子は恐怖のあまり閉じていた目を開けてみると、男達が放った銃弾が目前に現れた光の壁の前で止まっていた。

その光景に、驚く三人。

「人を殺すことに、何の意味がある」

光の壁の中から、片方の腕が現れてきて止まっていた銃弾を手で握り消した。

「……これは、一体何なの……」
「……な、何だ?」

男達は、目の前に現れた光の壁に向かって、ありったけの銃弾をぶっ放す。
しかし、もう片方の腕も現れ、その全てを握り消した。

「いくらやっても無駄だ。彼女を残して、ここから立ち去れ」 

その光景に気が触れてしまい、エレベーターに乗って逃げて行く男達。

「とりあえず、無事だったようだな」

光の壁の中から全身紺色で、白のラインが入ったプロテクターに身を包んだ長い黒髪の男が姿を現した。

「あ、あなたは一体……」
「俺たちを、助けてくれてありがとう」
「え、え……」

困惑する玲子。

ゼノンは、玲子が持っているディスクが収められている白衣のポケットを指差し、事の成り行きをわかりやすいように説明し始めた。

「そいつは、俺たちシュレーディンガーを破壊するためのプログラム」
「……なぜ、それを!」
「滝博士は、俺たちを作ると同時に悪用されないために、そいつも作っていた」 
 
全てを知っているゼノンに、玲子は何も言えなかった。

「だが、そのプログラムはあくまでも最終手段だ。奴が奪った保護プログラムのディスクと連動してこの俺が発動した。だから、そいつは使わせない」
「あなたは、一体……?」

動揺を隠し切れない玲子。

「君や、滝博士が命を懸けて守ろうとしたシュレーディンガーを防衛するためプログラムだ」
「プ、プログラム……?」
「ああ。現にさっき、あの男たちの銃弾を素粒子に変えて吸収してやっただろ」
「た、確かに。でも、その身体と声は」
「博士が作ったシュレーディンガーから放出される量子テレポテーションの空間域。それと同じ仕組みで、素粒子から実体化を実現している」

 「スゴイ……。素粒子から構成して人型のレベルまで作れるなんて」

玲子は、ゼノンに近づき、あまりのリアルさに触れる。
そこには、間違いなく本物の人間が存在していたのだ。

「どうだ、信じたか?だから、俺もシュレーディンガーの一部なんだ。おまけに俺は、左右の対称性をコントロールできる機能を備えている」
「それって……」

玲子は、出そう出てこない答えを考えた。

「ゼノン。俺の名前だ」
「ゼノン・エフェクト……!!左右の対称性をコントロールし量子テレポテーションを阻止する一方通行のシュレーディンガー……」
「まあ、そういうところだ、玲子」
「えっ、どうして私の名前を?」
「冴島玲子。工学部だったが、俺たちシュレーディンガーに魅了されて理学部に編入。そして現在に至る」

玲子には、全てを知っているゼノンがまるで滝のように見えた。

「さて問題はこれからだ……。少なくとも、奴等は君が生きていることを知っている。このまま、ここにいては君の命が危ない。だから、ここからできるだけ遠く、安全な場所に身を隠せ。その間、俺がここで奴等を惹きつけておく」
「わ、わかった。とりあえず、災害用のシェルターがこの施設の裏手にある森にあるから、そこに行くわ」
「ああ、そうしたほうがいい。だが、一人で大丈夫か?この研究施設には、君以外の人間はもういないのか?」

ゼノンの問いに、答えを少し躊躇する玲子。

「多くはないけど研究員はいるわ。けれど、博士が殺されたようにきっと……。おまけに外部から来れるような天候じゃないし」
「奴等、それが狙らいで……。そうだ、警備の人間たちは!」
「もしいても口封じのために、研究員同様……」

その時、玲子が身につけていた腕時計から鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「一体、何が起こったんだ」
「ああ!ブルーのことすっかり忘れてた」
「ブルー?それは一体何なんだ」
「ブルーは、私が作った鳥形ロボットなの」
「ロボット……?」
「そうよ。形は違うけど、あなたと同じプログラムで動いているわ。ああ、そうだわ。ここから、ブルーを遠隔操作するわ」

玲子は、腕時計に向かって話し始めた。

「ブルー、ブルー、ほっといてゴメンネ。今からそっちに行くから、エレベーターの前で待っていて……、これで良しと。さあ、上に上がろ」
「ところで、そのブルーっていうのは、何かの役に立つのか?」
「当たり前よ!撮影機能を初めとするいろんな機能が備わっているんだから。空だって飛べるんだから」
「そいつは、すげえや」

緊迫する状況の中。
一時の安息を得てエレベーターで何事もなく、無事に上がってこられた二人。

「ありがとう、ブルー!」

玲子の言ったとおり、エレベーターの前には、鳥形ロボットのブルーが二人を出迎えていてくれた。
二人は、玲子がブルーを使って飛び立つため、そのまま、研究棟から「シュレーディンガー」が設置してある中央部建物の屋上に向かった。

屋上に上がると、風によって感じる小雨降る空模様がまだ昼間だというのに、闇夜を思わせた。
玲子は、ブルーに指示を出すと、コンパクトに折り畳まれていた羽が大きく広がる。
体全体も変形して、玲子が乗ることのできるグライダー状になった。
着ていた白衣を脱ぎ捨て長い髪を後ろで縛り、変形したブルーに乗る玲子。
そのまま、玲子は助走をつけるために後方を気にしながら、少しゼノンの後ろに下がった。

「じゃあ。行くわね。ゼノン」
「ああ。かなり風が出てきた、気をつけて。君のことは、俺が必ず守る」

玲子は、ゼノンの言葉に大きくうなずいた後、走り出し勢いをつけて飛び立っていった。
ゼノンは、玲子の無事が確認できるまで見送っていた。

「こいつは、すげえや。……さてと俺は、奴等を出迎える準備でもするか」

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