甦る雲盾のアマルティア 5話「新たなるアマルティアの力」
鬼ヶ口トンネルを、遥か下に見る上りの坂道。
佐原(さはら)家を出発した、司珪(つかさ けい)。
走らせていたオフロードバイクの上で、羽織っていたシャツが風になびている。
ヘルメットを被り、左腕に青色のアマルティア。
タンデムシート(後部座席)には、珪の腰辺りに掴まったウエットスーツのような衣服。
その上にGジャンを着た、メット姿のエウリュがいた。
「あと、どれくらいで着くんだ?」
「もう少し行った、林の中にあるわ」
バイクのエンジン音と、ヘルメット越しの聞き取りにくい状況だったが、声を大きくして会話を続けていた。
「……ありがとう、ケイ(珪)」
「えっ、何で俺の名前知ってんだ。……そうか、孝男か!あいつが俺の名前連呼してたからな。ええっと、お前は取りあえずエウリュ、だったな」
「これは、私の戦いなのにあなたまで巻き込んでしまって……」
「何言ってるんだ!お前も孝男が撮った画像を見ただろう。あれは、俺の大事な家族なんだ。それを、連れ去った奴がいる。だから、俺はお前と一緒に戦うと決めたんだよ」
二人がそう会話をしていると、木々の間から大きな岩が見えてきた。
「パルテノスへの入口が見えてきたわ」
エウリュが珪に対しナビすると、左前方の大きな岩近くまでバイクを走らせた。
岩付近の林まで来ると、そこにバイクを止める珪。
念のため、ハンドルのメットロックに二人のヘルメットを固定した。
「ただ、でっかい岩があるだけじゃないか。周りにも、入口らしき物なんかないぞ……」
バイクから離れ、岩の周囲を探し回る珪。
先に降りたエウリュが、その岩の前に立っている。
「ここが、入口よ」
珪は、エウリュが言った言葉の意味が解らなかった。
けれど、そのまま行動を見守ることにした。
エウリュ、大きな岩を右手で触る。
「プロ、ピュライア……」
すると、岩に赤い円が描かれガイアの紋章が浮かび上がった。
「な、何だ!?一体、何が起こってるんだ」
驚く珪をよそに、エウリュはその儀式を続けた。
「我はガイアの一族なり。この門を通せ」
エウリュの掛け声と共に、紋章が描かれた岩の真ん中から上下に向かって光が放たれていく。
その光景に、珪は言葉を失っていた。
エウリュは続けて右手で軽く押すと、その力だけで触っていた岩が左右に割れて奥に向かって開き始めた。
「何だここは!!」
珪の視線の先。
そこには、眼下に見渡す豊富な木々に囲まれた石造りの街並みが美しい、都市パルテノスの景色が広がっていた。
「さあ、珪。行きましょう」
先に中へと入って行く、エウリュ。
辺りを警戒しながら、後を付いて行く珪。
その時、二人の後ろを横切る人影があった。
そこに踏み入れ長い石段を降りていくと、奥に見える小高い丘。
その上の。
「あれは……」
「あそこが、長(おさ)たちがいる神殿よ」
エウリュがその方向を指しながら、珪に説明した。
二人は、更にその場所に繋がる石畳の道を進む。
「おかしいわね……、他の仲間の姿が見当たらない。今の時間なら、訓練エリアの屋外で、力の発動講習をやっているはずなのに」
エウリュの独り言を聞いていた珪は、左腕に着けた青色のアマルティアに右手を添えながら周囲を警戒し続けた。
「えっ、何……?」
二人が辿り着いた広場。
そこに、突然、ガイアの紋章が赤く光って浮かび上がった。
「な、何だこれは!?」
構えていた珪の体が、円柱に広がる赤い光と共に浮き上がっていく。
「防衛紋章陣!!私たち同じガイアなのに、なぜ発動するの!?」
エウリュも同じように浮き上がりながら、自分の力を使おうと両手を前に出そうとしているが、身動きが取れないでいた。
「エウリュ、無駄だよ。その中では動く事が出来ない」
周囲の建物の中に隠れていたウエットスーツのような衣服の者や、銃を構えた軍服風の男たち。
彼らが、広場の周りを囲い始める。
その中にいたエリクトスが、更に続ける。
「反逆者がよく戻ってこれたな。それも、ウラノスのナイアス(資格者)を連れて」
珪も、アマルティアの力を発動させようと、必死に体を動かそうとしている。
「ど、どういうこと?珪がウラノスのナイアスって……」
動きを封じられながらも、抗って問いかけるエウリュ。
「そこからは、私が説明しよう」
大勢の男たちの後ろから、金の刺繍が施された赤いローブ姿。
長い髪と髭(ひげ)を覆うように、フードを被ったゼウス。
執事長である彼が、赤いスーツの男と共に現れた。
「その男が身に付けている青色のアマルティアは、ウラノスの物だ。私が戦いを有利に進めるため、部下に奪わせたものだ」
ゼウスの言葉に、驚愕(きょうがく)する珪とエウリュ。
「そして、その力を使う事が出来る者こそナイアス!長を守る者なのだよ」
続けるゼウスの言葉に、赤い光の中で浮きながら抵抗する力を失っていく二人。
「反逆者エウリュ!お前を死罪とする」
その発言に、周囲が騒然となる。
「……だが、敵であるウラノス、それもアマルティアを身に付けたナイアスを連れてきたという貢献度は高い。もし、我々の敵であるその男を処刑することが出来るのであれば放免にしてやろう」
下からゼウスたち、上からエウリュと珪が互いに視線を合わした。
「明日、長であるレア様がお戻りになる。その御前で、意思を示せ!」
その日の夜。
神殿地下にある、奥に長く続く牢。
上へと繋がる階段前には、二人の見張り役が立っていた。
エウリュと珪、隣同士であったが別々に収監されていた。
「(アマルティのない左腕を見ながら)俺が着けていたのは、敵だった奴の者で、俺がその仲間……。一体、何がどうなっているんだよ」
間接的に照らされた灯り。
その前の鉄格子越し。
両手首に付けられた重く頑丈な手錠。
それを石造りの床に叩きつけ、聞こえるようにエウリュに問うた。
「(手錠の付いた両手を見ながら)私の力も、ゼウスによって封じられたわ。ここから脱出する事も難しい……」
上着のGジャンが無くなっていたエウリュの返答に、珪が更に質問を続ける。
「明日……、俺を殺すのか?」
静かなトーンになった珪の言葉に、答えらないでいるエウリュ。
二人のやり取りを、黙って聞いていた軍服風の二人の男たち。
眼鏡をかけた方の左腕。
袖口から、緑色に光る腕輪が覗いていた。
明朝、ガイアの長の御前。
長の間にある謁見室。
石造りの壁。
同じ材質の床には、赤い絨毯(じゅうたん)が玉座の前で長く敷かれていた。
そこを、高い位置に設けられた上部と、天井の窓から入る光が照らす。
周りには、銃を持った護衛役の者たちが立っていた。
長い階段奥にある、空席の玉座。
その向かって左横奥から、木製の箱を持った執事長ゼウスが現れる。
そこへ、軍服風の男たちが、手錠を付けられた珪とエウリュを連れて来る。
中央で止まると、エウリュの手錠だけを外す。
その後、強い力でその場に留めた。
「見よ、ここにガイア、ウラノス二つのアマルティアがある。我々は、あと、オケアノスさえ退けば世界の覇者となる」
二つのアマルティアが入った木箱を開けながら、声を発するゼウス。
それに、大きな歓声で呼応する周囲の者たち。
「エウリュよ、お前の意思を示せ!さあ、レア様の御帰還である」
玉座の右横奥から、目付け役のディアに連れられた長のレアが現れた。
二人とも、フード付きの金の刺繍が施された赤いローブを着ていた。
「あ、あいつ孝男の所に居たはずじゃあ……」
「何で、あの子がここに……」
レアの姿を見た珪とエウリュ、驚きのあまり体が硬直した。
「……まさかな、レア様がお前たちの所にいるとは。安心しろ、一緒にいた者たちの命は奪ってはいない。記憶を消しただけだ」
ゼウス、レアの方を見て判断を委ねた。
「エウリュよ、決断の時だ」
レアの掛け声に、二人に向け一斉に構えられた銃の音が重なる。
重い手錠姿の珪、上手に立てず跪(ひざまず)きながらレアに向かって叫ぶ。
「お前、孝男の家にいたはずじゃないのかよ。何でそんな所にいるんだよ!」
珪のレアに対する無礼な言葉に、驚くゼウスたち。
「我らの長であるレア様に対して、何たる言葉!お前は我々の敵、ウラノス。エウリュよ、何も迷うことはない!」
エウリュ、叫んでいる珪の横で黙ったまま立っている。
周りの者たち、銃を構えながら一歩前に出る。
「やるのです、エウリュ!目の前の敵を殺しなさい」
自分の中で葛藤していたエウリュ、その言葉に押され、両手を高く上げ力を貯め始めた。
「エウリュ、お前は本当の自分を取り戻すんじゃなかったのか!これじゃあ、元の戦いに逆戻りだぞ!」
レア、珪の叫びに反応する。
「本当の、自分……」
傍(かたわら)にいた目付け役のディアが、レアの異変に気付く。
「レア様、まさか潜(ひそ)んでいた時の記憶が……」
珪の言葉を理解しながらも、それを押し返すように両手の上に創った岩を大きくしていく。
その様子を、珪も含め黙って見つめていた。
そして、力が頂点に達し、岩が最大級に大きくなる。
次の瞬間、石造りの天井が、窓ガラスと共に砕け散った。
突然の出来事に、驚くその場にいた者たち。
ゼウスは直ぐ、覆いかぶされるようにレアの身を守った。
全体に広がった、瓦礫(がれき)と粉塵(ふんじん)。
その後方から、エウリュが創った岩を刺した三叉の鉾。
そして、それを持ち緑色のアマルティアを纏(まと)った鎧姿のネーレウスが現れた。
「ダメですよ、先に倒してしまったら。私の出番を取らないでほしい。全員を皆殺しにできる、こんな絶好のチャンスはないのですから」
銃を構えた者たち、その向きを鎧姿をした緑色のアマルティアの方に変え、ぶっ放す。
ゼウスやディアも、両手に炎を創って応戦する。
その場から微動だにせず、冷静に言葉を続けるネーレウス。
「効かないですよ。ご存知でしょ、アマルティアの力。全員、準備はいいですか?」
そう言うと、ネーレウスは三叉の鉾に刺したままの岩を、オケアノスの能力である水の力を使って爆発させた。
爆発によって、粉々になった石の破片が周囲に飛び散る。
その場にいた者たち、それらから身を守るための姿勢を取った。
「じゃあ、次、行きますよ!」
ネーレウス、持っていた鉾をサーフボード代わりにし、能力で水流を起こし突っ込んで行く。
「な、何だと!」
一瞬にして、次々と倒されていく部下たち。
ゼウスは、ネーレウスの奇襲に反応できないでいた。
その中に、エウリュと珪の姿もあった。
攻撃で手錠が壊れ、身動きは取れるようになった珪。
だが、その攻撃や崩落などで傷つき倒れ、消えるような声で叫び続ける事しか出来ないでいた。
「取り戻せ、本当の自分を……」
珪の、執念の叫び。
それが、レアの心の奥底へと届く。
そして、今の状況と、山道でエリクトスたちと交戦した時の状況が重なった。
「私は……、あやか。充(みちる)、彩華」
彩華の記憶が戻ったレアの瞳から、曇りが晴れる。
その時、ネーレウスが長であるレアの方に狙いを定め、突っ込んで来ようとしていた。
ゼウスに守られていたレア。
その場から飛び出し、近くにあった二つのアマルティアが入った木箱を開けた。
青い方を取り出して、珪に向かって投げた。
「さあ、それを着けてあの時のように力を開放して!」
近くにいたディア、その状況を見て充彩華の記憶が戻った事を確信した。
それに気づく、レア。
「どうしたの、舞?」
珪の近くに落ちる、青色のアマルティア。
それに気づいたネーレウスが、狙いを珪に変更し突っ込んで来た。
珪、倒れたまま声を振り絞って叫ぶ。
「テミス……、アマルティア」
掛け声と同時に、珪の周りを大きな青い光が包み浮き上がって行く。
「な、何だと!?あいつ、身に付けてもいないのに掛け声だけで……」
ネーレウス、そう叫びながら光の方へ突っ込んで行く。
だが、その力の強さに跳ね返され、落下する。
地面に突き落とされたネーレウス。
倒れたまま上空を見上げる視界。
そこには、背中に大きな翼を広げ、左腕に盾。
右手には大きな鎌を持った、青色のアマルティアを纏った鎧姿の珪がいた。
その姿に、全員が驚いている。
「くっそー、力を発動させてしまったか……。こうなったら、こちらも本気で行くしかない!」
ネーレウス、直ぐに立ち上がって力を貯める。
そして、激しい水の勢いに乗って鉾ごと上空にいる珪に突っ込んで行く。
上空で鎌と鉾を交えている、珪とネーレウス。
それを、うつ伏せに倒れながら見ているエウリュ。
それに気付いたレア。
今度は、木箱に残った赤色のアマルティアをエウリュの方へ投げた。
その行動に、近くにいたゼウスとディアが驚く。
放物線を描いて、ゆっくりと目的の場所へと近づいて行く。
エウリュの近くに落下すると、勢いのまま転がって引き寄せられるように向かって行く。
「エウリュ!私はあの時、あなたの意志の強さを見たわ。だから、あなたもそれを纏う事が出来ると思うの!」
彩華の記憶が戻ったレアの言葉に、勇気をもらったエウリュ。
近づいて来る赤色のアマルティアに、左手を伸ばした。
「テミス……、アマルティア!」
掛け声と共に今度は、エウリュが大きな赤い光に包まれていく。
その様子が、上空で争っているネーレウスたちの視界にも入って来た。
「な、何だ!?今度は、ガイアのアマルティアの力まで解放されたのか」
光から鎧の姿に変わっていくエウリュに、周囲の者たちは言葉を失っていた。
赤い炎のような鎧。
左手に弓、右手には複数の矢。
そんなアマルティアの力を開放させた、エウリュが現れた。
その光景に、ゼウスたちは驚愕した。
「こ、これが、我らの長をお守りするアマルティアの力……」
エウリュはアマルティアの力を使い、上空にいるネーレウスに狙いを定め無数の矢を放った。
地上から、連弩(れんど)の如く撃ち出される炎の矢。
それを、両手に持ち替えた三叉の鉾で、全て消し去るネーレウス。
「使い切れていない力など、俺の敵ではない!」
地上ばかりに気を取られていたため、上空からの、珪の青いアマルティアへの防御が疎(おろそ)かになっていた。
「くっそ!二人相手でも力は、私の方が上回っているはず。……要因は、合わさる力か」
ネーレウス、素早く判断し二人から離れた。
そして、その場にいる者たち全員に聞こえるように言い放った。
「ガイア、ウラノスのナイアス達よ。それぞれのアマルティアの力は解放され、機は熟した。決戦の時までにその力、最大限まで高めよ」
ネーレウス、鉾に乗って自ら創り出した水流と共に去って行った。
争いが収まったその場に、上空から珪のアマルティアが降りてくる。
地上には、エウリュのアマルティア。
それぞれが、力を腕輪の状態に戻した。
その様子を見ていたゼウスが、言い放つ。
「エウリュよ、お前が我らガイアのナイアスだ。そして、レア様をお守りする者だ」
その言葉の意味を、倒れたままの者も含め全員が理解出来た。
そして、ゼウスが続ける。
「さあ、その偉大なる力を使い、改めてそのウラノス、そしてナイアスである男を殺すのだ!」
傷つき跪いたままの珪とエウリュ、互いの様子を見ていた。
その時、そこへ一人の男が叫びながら入って来た。
「お待ち下さい!それ以上戦ってはいけません。この争いは、我々を滅亡させるために仕組まれたものなのです」