甦る雲盾のアマルティア 3話「アマルティアに導かれし者たち」

山間の町の一角。

表札に「佐原(さはら)」とある瓦屋根の大きな家。
その庭には犬が繋がれていて、駐車スペースには4ドアの軽自動車とスクーターが止めてあった。

その家の一部屋。
ベッド、本棚などがあり、部屋中に外国のロックバンドのポスターが張ってある。
ベッドに寝転んで、外国のロックバンドの雑誌を読んでいる孝男。
ベッド近くの充電器に置いてあるスマホが鳴り、着信に気づいた。

上り側の鬼ヶ口トンネル近く。

バイクのヘルメットを脱いだ姿。
襟足まで長く伸びた髪が、風に揺れている。
そんな珪が、ガードレールにもたれながら孝男(たかお)のスマホに掛けていた。

「あいつ何やってんだ。さっさと出ろって!」

孝男はベットから飛び起き、短く切った髪を触りながら慌ててスマホに出た。

「おっ、おお珪ちゃんからだ!も、もしもし……」
「遅っせーよ!」
「ゴメン、珪ちゃん!ちょっと雑誌読んでて……それよりねえ、今どこにいるの?」

珪、周りを見渡し、近くに寝かせてあるエウリュと彩華に目をやる。

「ああ。理由(わけ)はあとで話すが、今から出てこれるか?人助けだ。それもかわいい女の子二人の頼みだ」
「もち行くっすよ~!女……、いやいや珪ちゃんの頼みなら例え火の中、ああ水の中……!」

自分の部屋で珪の言葉に飛び跳ねる、孝男。
少し緊張が解れ笑顔を見せる、珪。

「バカ言ってねーで、さっさと来い!鬼ヶ口のトンネル近くにいるからな。二人のお姫様がお待ちかねだぞ」

珪、スマホを切り再びエウリュと彩華に目をやった。

「……フー。とりあえず、これでオーケーだな」
「よっしゃー!待っててくださいよ。この孝男王子様が今お迎えに上がりますからね!」

珪は安堵して、その場に座り込んだ。
すると、エウリュが目を覚まして珪の存在に気づいた。

「私、一体……」
「目、覚めたか。もう大丈夫だ、さっきの連中はここにはもういないから」

エウリュは、珪の言葉に驚いて周りを見渡した。
珪は、自分の左腕にはめられていたアマルティアのことを思い出した。

「(アマルティアを外し、エウリュに渡しながら)どうやらこいつのおかげで助かったみたいだ……」

珪はそう言うと、アマルティアをエウリュアに返した。

「これは、あなたに……」
「さっきは、咄嗟(とっさ)のことで俺も何が何だかわからなかったが……。これはもう、俺には関係のない代物だ」
「(両手でアマルティアを戻しながら)あの、失礼かもしれませんが、これはあなたをナイアス……、所有者として選んだのです。私にはこれを持つ資格がないのです。だから、これは……!」
「同じことを何度も言わせるなよ。さっきは行きがかり上、お前たちを助けただけだ。それと、今こっちに俺の連れがお前たちを町まで運んでくれるのを手伝いに来てくれている。俺が出来ることはそこまでだ」
「しかし……、あいつらはあなたがガイアのナイアスだってこと知ってしまった以上、私達の所へまたやってきます」

エウリュの言葉に動揺する、珪。
そこへ、トンネルの方から軽自動車のエンジンと共に孝男の声が聞こえてきた。

「(4ドアの軽自動車の窓を全開にして手を振りながら)佐原孝男、ただいま参上―!」

孝男の家と、珪の家の近くの道。

周囲は田んぼで、家同士の距離が少しあった。
そこに、孝男の軽自動車と珪のオフロードバイクを一旦止めた。
孝男の軽自動車の後部座席に彩華。助手席にはエウリュが乗っていた。彩華はまだ目を覚ましていなかった。

「珪ちゃん、俺の家の方が近いからとりあえず、休ませようか?」
「ああ、そうだな」

佐原家の前の庭。
珪のオフロードバイクと、4ドアの軽自動車が止めてあった。
バイクのハンドルには、珪のヘルメットが掛けてあった。

居間の中央に、テレビに向かって大きなソファがコの字に三つ置いてある。その周りに、置物などが並んでいる台などが配置してあった。
珪と孝男は、眠ったままの彩華と、自分で歩くのが難しいエウリュそれぞれをソファに寝かした。
そして、自分達も腰掛けた。
珪、左腕にアマルティアを着けたままだった。

「フー……。とりあえず、これでひと安心だな」
「珪ちゃん、俺、何か飲み物持ってくるよ」
「悪いな、孝男。ところでおばさんは?」
「さあ?また、原チャリでどっか行ったんでしょ」

孝男はそう言いながら、台所へ向かった。

「(エウリュの方を向いて)なあ……、さっきの話の続き。これから俺はどうすればいいんだ?」

エウリュは、起き上がって珪の問いに答えた。

「これから、私といっしょに行動して欲しいの」
「何のために……?」
「あなたも私と同じティターンで、さらに、ナイアスとしてアマルティアも纏(まと)うことが出来た。だから……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……。さっきはナイアスで今度は何、ティターン?一体、それらは何のことなんだ?」
「いい。私達、ガイアのティターンは地を司る者として選ばれた種族なの」
「俺も、その選ばれた種族の一人だというのか……?」
「そうよ。私のように自分の意思とは関係なくティターンとわかったら、その任務を負うことになるの」
「お前もそうだったのか……?」
「私、知ってしまったの……。今の記憶の前に、あなたのように普通に暮らしていた時の記憶があるってことを……。名前も、今はエウリュって別の名前がついているけど、本当の名前がある筈なの……」
「……だから、どこかから逃げ出しあいつらに追われていた……」

その会話に割って入るかのように、台所の方から孝男の声がした。

「珪ちゃーん、飲み物なーんも無いから俺、ひと走りして買ってくるよ」
「悪い!ちょっと頼むわ」
「オー、ケー!」

孝男は再び軽自動車の方に走って行き、家を出て行った。
彩華が目覚めた事に珪が気づく。

「ようやく、お目覚めか……」
「……ここは、どこ何ですか……?」

彩華が不安そうに辺りを見渡す。

「心配しなくてもいい。ここは俺の連れの家だ、落ち着いたら送って行ってやるよ」
「どこへ送って行ってくれるんですか?」
「どこって……、お前が来た場所にだよ」

珪の問いに、彩華は不安そうにうつむき始めた。

「……わからないんです……。何も、本当に何も……」

珪が彩華に触れようとするが、エウリュがそれを遮って彩華を抱き抱えた。

「彼女は、今の私のように本当に何も知らないわ」
「……マジかよ」

そこへ、出かけたばかりの孝男が自分のスマホを握り締めてすぐに戻ってきた。

「た、大変だ!珪ちゃーんのおばさんたちが……!」
「孝男!母さんたちがどうかしたのか!」

その言葉に孝男は慌てながら、珪たちに自分のスマホで撮った画像を見せた。

「さっき、珪ちゃんの家の近くを通ったらおばさんたちが変な男達に……」

孝男のスマホの画像。
珪の母である結実(ゆみ)、父の高輝(こうき)。そして、妹の舞陽(まひる)が軍服風の衣服(右腕に刺繍がある)を着た男二人に青いスポーツワゴンに乗せられている様子が写っていた。

「(立ち上がって)確かに、母さんたちだ!これだと、自分から乗り込んでいるって感じじゃないな。でも、この男達は一体誰なんだ……?」

エウリュも立ち上がって、軍服風の衣服を着た男の右腕の刺繍に驚いていた。
珪が、車のナンバーが写ってないことに気づいた。

「おい、孝男!肝心な車のナンバーが写ってないじゃないか!」
「あっ……、珪ちゃん、ゴメン!突然の出来事で、撮ることに精一杯だったから」
「……あれ、この車どこかで……」

エウリュが、軍服風の衣服を着た男の右腕の刺繍部分を指差した。

「間違いないわ。これは、ウラノス(天を司るティターン)の紋章……。これから、私達が戦っていかなければならない相手の一つよ」

記憶を失ったまま朦朧(もうろう)として、ソファに寝そべっている彩華。
珪と孝男、そしてエウリュは立ちながら孝男のスマホの画像に見入っていた。

「お、おい!戦って行く一つの相手って、さっきお前ガイアとか言ってたよな。それで今度は、ウ、ウラノスだっけ……?なあ俺達は一体、これから誰を相手にしていくんだ?」

珪の言葉にエウリュは少しうつむいて、二人にティターンについての説明を考えていた。

「ねえねえ、珪ちゃん……!ガイだのウラだのって、一体何がどうなってんの?それに相手するとか戦うって、俺はぼ、暴力は反対だからね!」
「孝男、説明が遅れて悪かったな。どうやら、こいつと俺はヤバイ奴らを相手にしなくちゃいけなくなりそうなんだ」

珪の言葉に、愕然(がくぜん)とする孝男。

考えをまとめたエウリュが、口を開いた。

「いい、二人とも聞いて。(孝男のスマホの画像を指差して)たぶん……、これを見る限り(珪の方を見て)あなたの家族をどこかに連れ去って行ったんだと思うの」
「おい、変なこと言うなよ!何のために、母さん達が連れ去られなきゃいけないんだ!」
「さっきも言ったとおり、あなたがアマルティアを纏(まと)え、ガイアのナイアスだとわかったからよ」

エウリュの言葉に動揺する、珪。

「(珪の体を揺すりながら)ねえねえ、珪ちゃん……?俺達これからどうすればいいの……?」

珪、孝男の言葉に返答できないでいた。

「二人ともしっかりして!何も恐れることはないわ。こっちには(珪を指差して)アマルティアとそのナイアスがいるんだもの」

その言葉に、孝男と珪はエウリュに視線を移した。

「いい。ティターンには私達、地を司るガイアの他に(珪の方を見て)あなたの家族を連れ去った天を司るウラノスと海を司るオケアノスというのがあるの」
「ナ、ナルホド。天・地・海。いわばこの世界ってことだね……」
「そうよ。だから何度も言うように私と(珪を指差して)あなたは、この世界の地を司る者の一人なの」
「そのティターンというのはわかった。だが、何のために俺達が必要なんだ?」
「私も詳しいことは知らないの。私達、ティターンとして覚醒したピュラ(女性の覚醒者)やデウカリオン(男性の覚醒者)は、一日でも早くナイアスになるためだけの訓練をさせられていただけだから……」

孝男と珪、エウリュの言葉に衝撃を受ける。

「で、でも……。どうして一日でも早く今の珪ちゃんみたいにならないといけなかったの?」
「それは……、私達が『いつでもウラノスとオケアノスの攻撃に備えよ』と言われていたからだと思うの」
「オ、オイ!それって……」
「エ、エエー!マジで戦争やってんの?」
「……そうね。簡潔に言うとそういう事になるわね。ずっとそれが当前だと思っていたから、私も覚醒以前の記憶があることを知った時は、今までやってきたことを恐ろしいと感じたわ」
「……そうか、だからお前を追っていたあいつらは、マジックのようなあの不思議な力を使えたのか」
「そうよ、あれがガイアの力。あの力を極限まで高めることが出来た者がナイアスになれるの。もちろん私も、エリクトスがやったことが同じように出来るわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!それって何か物凄いことじゃない?でも、珪ちゃんってそんな訓練受けてないんでしょ。なんでそのナイアスとかになれたの?」
「確かに……。あの時は、突然のことで疑問に思わなかったが……」
「(自分の右手を見ながら)ティターンとして覚醒した者にとって、この力を使いこなすこと自体は、そんなに難しいことではないの。でも、訓練無しにナイアスになれるなんて聞いたことないわ。だから、あなたたちの話を聞いていて正直、私の方が驚いているの」

珪は、左腕につけているアマルティアを見ながらエウリュの言葉に戸惑っていた。

「(左腕を上げアマルティアを見ながら)どうして、そんなに凄い力が俺なんかに……」
「珪ちゃん……、それがそのナイアスの証なの?」
「そうよ。普段は腕輪のままで、戦いの時に、中央の菱形の装飾を上下に開放して鎧の姿になるの」
「な、何か……、物凄い未来的な代物だね」
「何、おかしなこと言ってるの。それは古代の物よ」

孝男と珪、エウリュの言葉を聞いて珪が左腕につけているアマルティアを凝視した。

「……そ、そう言われてみれば、ギリシャやエジプトなんかを連想させるような装飾が……」
「(左腕のアマルティアを見ながら)こ、これが古代の物だと……?(エウリュの方を向いて)じゃあ、俺達は一体何者なんだ!」
「……私にも、自分がティターンであること。それと、ガイア、ウラノス、オケアノスの間で戦いが行われているということぐらいしか知らないの……」
「じゃ、じゃあ、(珪が左腕着けているアマルティアを指差して)これは戦争のため兵器ってことになるじゃんか!」
「……その通りよ。私と(珪を指差して)あなたは、その兵器を操るための兵士だったの……」

孝男は、顔を真っ青にしてエウリュの言葉に恐怖した。

「……じゃあ、俺たちはその戦争のために駆り出されたってことかよ……!」
「そうよ!だから、真実を知った時、一刻も早くあそこから逃げ出さなくてはならないと思ったの……」
「あそこって……?」
「……ガイアのパルテノス(種族の居住区)!」
「お前は、そのパルテノスに捕らわれ兵士になるために訓練させられていた……」
「私は、もしもの時のために(珪が左腕着けているアマルティアを指差して)それを奪って逃げ出したの……!」
「(左腕のアマルティアを見ながら)でも、お前にはこいつを纏(まと)うことができなかった……」
「(珪の方を見て)けれど、あなたに出会えたわ。私達、境遇は違うけど目的が一緒だということがわかった筈よ」
「(左腕のアマルティアを見ながら)……俺も戦う。そして、母さんたちを見つけ出し必ず救い出してみせる!」

孝男だけ、一人うつむいていた。
珪、孝男の様子に気づく。

「(孝男の肩を叩き)心配するな。これは(エウリュの方を見ながら)あいつと俺の問題だ。お前を巻き込んだりはしないよ」
「珪ちゃん、俺……」
「なーにも言うな。お前は、昔からケンカとか暴力が大嫌いだったからな。そんな奴を、これから始まる戦いなんかに連れて行けるかよ!」
「(泣きながら頭を下げて)珪ちゃん、ゴメン。本当にゴメン……」

エウリュは、孝男と珪のやり取りを黙って見つめていた。

記憶を失ったままソファに寝そべっていた彩華に、珪が近寄る。

「(彩華を見ながら)孝男、こいつのこと頼むな。記憶はそのうち戻るだろう。そうなったら、こいつをちゃんと送り届けてやってくれよな」
「(泣きながら)わかったよ珪ちゃん。ちゃんと、ちゃんと送っていくから!」

繋がれている犬の鳴き声が響く、佐原家の庭。
珪は、自分のオフロードバイクに載せてあったキャンプ用具を外した後、ハンドルに掛けてあった自分のヘルメットを被り、跨(またが)ってエンジンをかける。
そして、孝男のヘルメットをエウリュのために借りた。

その様子を、孝男のGジャン借りたエウリュが見つめていた。

「(ヘルメットを左手に持ちながら)メットとそいつが着ているGジャン、あとで必ず返しに来るからな」
「(泣きながら)わかったよ。俺、この珪ちゃんのキャンプ用具と一緒に帰りを待ってるから。必ず戻ってきてよ!」
「ああ。ちゃんと戻ってくるから、(キャンプの用具を見ながら)それまでそいつを頼むな。それから、今度は急いでスマホに出ろよな!」

珪の言葉に、泣きながら何度も頷く孝男。
珪がエウリュにヘルメットを差し出し、後ろ乗るように促す。
エウリュは、どうしていいか戸惑っていた。

「(エウリュにヘルメットを差し出しながら)どうした?早く乗れよ」
「(ヘルメットを指差して)あのーそれは何なんでしょうか……?」

エウリュの言葉に驚く、孝男と珪。

「(涙を拭きながら)そうか、君が知らないのも無理はないよね。それは(ヘル)メットって言って、ホラ、ああやって(珪の方を指差して)バイクを乗る時に頭から被る物なんだよ」

エウリュは珪の方を見て、ヘルメットを受け取り考えながら孝男の方を何度も見た。
そこには、両手でヘルメットを被る真似をして伝えようとする孝男の姿があった。
その様子に見かねた珪が、バイクを降りて近づく。

「しょうがねえな……」

珪、エウリュをバイクのリアシートに乗せた後、長い髪に気をつけながらヘルメットを被せた。

「(ヘルメットの紐を調整しながら)どうだ、きつくないか……?」
「ええ、大丈夫。きつくない」
「よし、これでいいだろう。じゃあ出発するか!」

もう一度バイクに跨りスタンドを外し、孝男の方を見る珪。

「じゃあ、孝男行ってくんな!あっ、それから、居間で寝ているあいつのことも頼むな」
「わかってるよ、珪ちゃん。ちゃんと送り届けるから」

孝男に左手の親指を立てて見せながら、大きく頷く、珪。
珪と同じ行動で合図を送り返す、孝男。
孝男に向かって何度もお辞儀をする、エウリュ。
珪は、エウリュに腰の辺りを持つように促し、佐原家を後にした。
 
 ……戦う宿命への矢が、放たれた。

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