ひとことはなし45

2021 6 15

おやさまは、大変なご苦労して、この道を我々人間におつけくださいました。

おやさまの嫁ぎ先の中山家は、当時は相当な田地持ち。つまり、今で言うと、不動産を数多くお持ちの家柄でした。なので、おやさまは、今で言うと「セレブ」なのですが、セレブの中でも超セレブでしょうね。

俗に言う一時成金、という言葉がありますが、それは、一時だけお金持ちになる、又なった。という事で、同じセレブといっても、一時成金の場合は、その人の人格が垣間見れる時がありますよね。

生粋のセレブは違います。人間がギスギスしていないというか、なんと言うか、所作、振る舞いに余裕があります。なので、少々何が起こっても
「あらそう」と、余裕で受け流します。聞くと本人は、結構衝撃を受けているらしいのですが、傍目にはそうは映らない、という特性をお持ちですね。これが生粋のセレブでしょうか。

おやさまの御実家である前川家も、当時はなかなかない「名字、帯刀」を許された家柄ですから、やはり名家です。

そのおやさまが、中山家に嫁がれ、後に天理教の教祖、というお立場になりますが、最初、親神様が仰せになったのは
「表門構え、玄関つくりでは人はたすけられん。貧乏せ貧乏せ。貧乏せねば難儀する者の味がわからん」との事から、親族が猛反対する中、おやさまは中山家のお屋敷から、田地田畑、何から何まで人に施してしまわれました 。

おやさまが大変なご苦労の道をお通りになった、というのはこの事からであります。セレブと謳われた中山家の奥様から、「物貰い」と言われるようになり、その後は食べるに米のない道中を、約十数年間にわたってお通りになります。
食べる物がない中、十数年間もよう通れませんね。我々は3日間だけでも通れ、と言われても無理かもしれません。

おぢばは今、広大な境内地を有していますが、その元は、おやさまが親神様の仰せに沿い切り、中山家の財産を人々に施しきられたところに、その理があると思います。

十分で結構な暮らしをしている中に、難儀をしている人々の苦しみは分からないと思います。なので、それが分かるように、親神様は何の不足もないおやさまはじめ、中山家の人々に難儀な道を通させました。

最初、親神様がおやさまに「貧乏せ」と仰せられたその訳は、相手の身になる事が人をたすける上では重要である、という事を仰せになりたかったのではないか、と今は思います。
自己主張ばかりではなく、相手はなぜそのような事を言うのか、又やるのか、という相手の身になる事。これは世界を治めるには避けては通れない事だと思います。終わり。

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タロ芋座右衛門
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