『ザ・ノンフィクション』から声を掛けられた話 その3
(その2から続く)
節酒からの大解禁によって悪化の一途を辿り続ける私の人間関係……。
例えば、私が出入りを許されている地元の数少ない飲み屋も遂に出禁になった。酔っぱらってから飲みに行った時に『何か』をしたらしいが、もはや飲みに行った記憶すらないから、何が原因で出禁なのか、何を改善したら良いのか。頭を抱えている。気を取り直して昨晩は、出禁じゃない飲み屋をリストアップした。(まだここはセーフなはず)と思ったら、少しだけ気が楽になったような気がする。
また、酔っぱらって記憶がないまま電話やらメールやらしていることを携帯の履歴で知る。そこには長年の友人に対して、「人を『アンタ』とか呼ぶのやめてよ」「いつも悩みばっか長時間相談されるけど、私の時間は有限なんだ」などと一方的に悪態をついている自分がいた。酔うと感情が爆発してしまう自分が本当に嫌いだ。これじゃ、あちらから絶縁されるんじゃなくて、自分から絶縁されるように仕向けているとしか思えない。
そんなことを考えていると眠れないので、眠剤の量を増やしてもらった。なんとかうとうと眠る毎日。睡眠が浅いからか悪夢に魘されて自分の悲鳴で飛び起きることもしょっちゅうだ。しかし、それでも私は「生きている」のだ(坂田さんがライブでいつも歌う「サンサーラ」のリリック)。
ちなみに、私がサンサーラの歌詞の中でいちばん胸が締めつけられるのは、ここの部分かもしれない。
>つかの間の世に なぜ人は嘆き涙流すのか 繰り返すのか?
>永遠を信じて 歩みを止めずになぜ別れるため 人は出会う?
ああ……。今の私はこんな感じだな。人間関係だけじゃなくて、お酒も。
今の私は、「ザ・ノンフィクション」のディレクターさんからどう映るのだろうか。また声をかけてもらえるのかな。もしまたお会いできたら声をかける基準を聞いてみたいものだ。
もしかして純粋に見た目が坂田さんに似ているからという理由なら、次もきっと声をかけてくれるかもしれないけど……多分違うだろう。私の心の闇が原因だとしたら、逆にキラキラ充実していて、声をかける対象にならない方が良いということになるな。
最近も、坂田さんと私、どっちがどっちか分からない、生き別れの姉妹くらい似ていると友人から言われたばかりだ。何でも骨格から似ているとな、んなまさか。1つ言えるのは、確かに見た目は似ているかもしれないけれど、坂田さんの方がずっと美人でチャーミングだ。
中身については、私はあの方の才能の足元にも及ばないし、人を感動させる力もないし、人から愛される能力も、人を愛する能力もない。誰も救えない。自分が生きるだけでいっぱいいっぱいだ。だからこそ、坂田さんは私の光なのだった。アル中の先輩としても、人間としても。
そして、HSS型HSPの大先輩だとも勝手に思っている。本当はとても繊細で傷つきやすい方なはず。だけど「人に喜んでもらいたい」をベースにした一見というかかなり過剰な振る舞いからはそうは思われず誤解&攻撃されやすい。ファンも多いがアンチも多い。そんな逆境にも「愛」と「歌」で立ち向かっているイメージだ。実は私が坂田さんにいちばん惹かれるのはそこかもしれないな。そしてディレクターさんはライブの数時間でそれを察知して私に声をかけてくれたのかも……?
坂田さんが「愛」と「歌」を武器に戦うのなら、私は「文字」で戦おう……。いや現状、私の唯一の武器は「お酒」なのだが(苦笑)。
そんな坂田さん、この秋は赤坂に加えて「酒都」とも称される京成立石でのライブも決定している。もちろん飲んでから行くつもりだ。
余談だが、実は私は「ザ・ノンフィクション」以外にも「家ついていっていいですか」などの他ドキュメンタリーでも撮影クルーから道端で取材を申し込まれたことが数度ある。もちろん丁重にお断りしたけど。私には何か人間ドラマがありそうな、ネタになるような雰囲気があるのだろうか……。まあ、それはそれでいいとしよう(キリ)。どんな理由であれ、人を惹きつけるというのはライターとして喜ばしい……はず(でも、仕事で取材するのは得意だけどされるのは苦手だな)。
(完)