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広尾晃著「データ・ボール」~アナリストは野球をどう変えたのか~(2024/08/28 )

野球界で「アナリスト」という用語を耳にするようになったのは、いつ頃だったろうか。

今では、「コーチ」「スコアラー」と同等の要職であることは十分理解しているつもりだ。だが今一つ、彼らがチームにどのように貢献しているのか、仕事の内容は漠然としている。

そんな私のようなプロ野球ファンに、本書は丹念な取材を通じてアナリストの仕事の内容や魅力、そして現場での葛藤などをつまびらかにしてくれる。

本書は二部構成になっている。

第一部では主に、プロ、アマにおけるデータ野球の進展状況、そしてスポーツビジネスの「最新」のリアルが描かれている。

NPB球団に所属しているアナリストから”野球素人”の「お股ニキ」さんにまで取材対象を広げ、アナリストの仕事の一端を明らかにしている。「令和」は野球経験の無い素人でもプロ野球選手を指導できる時代になった。

また、データ分析を支える可視化機器、トラックマン、ラプソード、ホークアイの実際の現場での活用状況も西武ライオンズ等のケースを通じて詳しく紹介している。

ライオンズでは、2016年にトラックマンを導入してから、現場の充実だけでなく育成体制の変化にまで事が及んだという。

ファーム部門のコーチなどはデータ分析やバイオメカニクス(生体力学、生物力学)などについて学ぶ意欲があるか資質が問われるようになった。

同時に専門家の意見に耳を傾けることも問われはじめ、データ野球の進展には「指導者の淘汰」という側面が避けられないことを読者は知る。

指導者及びその予備軍は、『これからは「経験論」「精神論」では指導できない』と肝に銘じなければならなくなった。

第二部は「数字のスポーツ」野球の歩み、と大きく括られている。

そこでは、日米両国での野球「公式記録」の歴史と歩み、米国発のセイバーメトリクスの誕生とそれにより激変した選手評価など、データ化ととともに進化してきたMLBのこれまでの歴史と、また今後の可能性が言及されている。

著者によれば、MLBはいまだに「データ野球は是か非か」を論じているNPBとは異次元の領域にまで進んでいるという。その「情報格差」の背景にあるのは、日米の経営環境の違いであると力説している。

「独立採算制」が必須の米国プロスポーツは常に消滅の危機にさらされており、スポンサー獲得につながる「良いこと」は積極的に導入する文化が宿命のように醸成されている。

「親会社」の顔色を伺ってから意思決定を行うNPBとでは「進取の精神」に埋めがたい差が生じるのは当然の成り行き、と確たる自論を展開している。

以上がおおまかな内容だが、"興味案件”だったため一気に読んだ。個人的に興味深かったのは断然、第一部だ。

中でも、アマチュア野球界におけるデータ野球の実態には関心が深まった。野球を数字で理解する若者が増えているという。「アナリストになりたいから野球部に入る」ケースもあるそうで、昭和世代からすれば隔世の感がある。

昨年の夏、甲子園を制した慶應義塾高校の栄光の裏側に「データチーフ」「学生コーチ」の存在があったことはメディアなどで知っていた。しかし、日本野球学会で高校生たちが「データ野球」の研究発表をおこなっていることは初めて知った。

本書によれば、2023年に学会で研究発表したとされる高校は9校でテーマ数は18本あったそうだ。

テーマを見てみると「変化球の球速と被打率の関係」「メンタルを科学する・・」
「バスターの用いられ方の検討」など、NHKBSの人気番組「球辞苑」さながらのデータ収集と解析に令和の一部の高校生は興味をもっていた。

大学野球も含め、セイバーメトリクスの学びや相手チームの詳細分析などは、もはや「大人」の野球領域だけの"仕込み”ではないことは本書を読めば明らかで、そればかりか、国内には未来のアナリストが生まれる土壌はすでにあり、今後、肥沃なものになっていく可能性を秘めていることが伺える。

こうした傾向を著者は前向きに捉え「若者の野球離れに歯止めがかかる」ことを期待している。

その一方で、国内におけるデータ野球の進展の徐行ペースにはいらだちを隠さない。「データプラットフォーム不在」「NPBの閉鎖性」を問題点として指摘しているが、これらの詳細は、是非本書をお読みいただきたい。

本書は「データ野球の入門書」の類ではなく、アナリストという職業を介しての野球の展望についての書といえる。

プロ野球ファンは十分楽しめるし、アナリスト業務の進展領域やスポーツビジネスに与える影響にまで射程を広げていることから「進路」「就職」「ビジネス」の観点から興味をもたれる方も少なくないだろう。

私は「書き手」目線で読んだが、やはりコンテンツのお披露目は「頭出し」が肝心と再認識した。

本書のプロローグでは、アナリストと「WBCの栄光」の関係性が描写されている。オリックスの宇田川が「トラックマンデータ」を通じてチームメイトから信用を得た話に興味をもたない野球ファンはいない。まさに「つかみはOK」というやつだ。

第二部にいささか冗長性を感じたが、それも本書が「野球よりアナリスト」に興味、関心を持つ読者を想定してのことと思う。

「自分がデータ野球の取材をするとしたらどこに切り込んでいくか」

本書を読み終えた後、しばらく考えたが簡単には思いつかなかった。これは今後の自分の課題にしておく。

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