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《須原ばねそ》[よいこれ]~短調の味わいを醸し出す優美な踊り唄(長野県木曽郡大桑村)
木曽十一宿の1つ、須原宿は中山道の宿場として栄えてきました。臨済宗の古刹、定勝寺で知られる宿場は、古い街並みを残し、湧水を引いた水舟があちこちに見られる風情ある通りで知られています。この須原で古くから盆踊りとして《須原ばねそ》が伝えられてきました。
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《よいこれ》《竹の切株》《甚句》の3曲からなるもので、情緒ある踊りで知られています。その中で最初に踊り始められるのが《よいこれ》です。
唄の背景
返しが付く素朴な踊り唄
この唄は無伴奏で静々とした感じで歌い、踊られます。詞型は7775調の甚句形式です。音頭取りが上の句、下の句を一通り歌うと、踊り手が最終の第4句目を返して、更に下の句を付けます。
〽︎[音頭]
ハァーヨイコレ
須原ばねそは お十六ばねそ(ホイ)
足で九つ 手で七つ
[付け]
ハァー手で七つ
足で九つ 手で七つ
冒頭に「ハァーヨイコレ」をのびのびと歌い出してから歌詞に入るのが特徴です。楽曲名は《よいこれ》ですが、かつては《よいこら》と表記される場合もあります。冒頭部も「ハァーヨイコラ」「ハァーヨイコリャ」と歌うこともあったようです。
音組織はしっとりとした都節音階です。音の動きを見ていくと、フレーズの切れ目の終止音が、音階上のラ(La)で止まるので、どことなく西洋音楽でいう短調のような雰囲気を感じさせます。そのためか《よいこれ》は都会的で洗練された味わいがあります。
ばねそのナゾ①~はねず踊りとの関係
一体、この「ばねそ」とはどういう意味なのでしょうか。
地元の伝承では「はね踊る衆」という意味で「はねしゅう」が訛って「ばねそ」になったということです。また、京都の《はねず踊り》の系統が伝わったものであると言われています。
京都で「はねず踊り」というと、真言宗の名刹、随心院で踊られているものがあります。この唄の歌詞は、次のようなものです。
〽︎アーリャコーレコーレ
これは楽しや
小野のお寺の 踊りでござる
はねず踊りと 申してござる
めでためでたの コリャセ 踊りでござる
みんな揃うて サァ踊り始めじゃ
めでたやな めでたやな
詞型は7775調ではなく、77調が延々と続いていくものです。詞の内容は深草少将と小野小町の恋物語を仕立てたものです。
「はねず」については、随心院の梅園に咲く紅梅のことをさし、薄紅色の古語「朱華(はねず)」として親しまれていましたので、随身院では「はね踊る衆」の意味とは考えらません。また「はねそ踊り」は梅の咲く頃に踊られたもので、盆踊りとも関係なく、詞型や旋律型からは盆踊り唄というよりは風流系芸能の歌謡のような音楽です。
こうして考えると、《須原ばねそ》と「はねず踊り」との関連は薄いように思われます。
ばねそのナゾ②~北陸の羽根曽踊り
「はねそ」というと北陸地方から山陰地方にかけて分布する「羽根曽(はねそ)踊り」という盆踊り唄を思い出します。この踊り唄は物語を延々と語っていく口説形式の民謡です。例えば、富山県では《新川古代神》(富山県滑川市)や《せり込み蝶六》(同魚津市)などがあります。これらの唄は、いろいろな流行の踊り唄が組み合わされたものですが、その中の「チョンガリ節」の部分が「羽根曽」です。
《新川古代神》の「チョンガリ節」の「羽根曽」部分は、下記のようなものです。
〽︎ハァー家の東にお寺さんがござる
寺の坊さんわれらの手本
一に早起き ドウジャイナハハ(ヤッタリトッタリ)
二に鐘突きよ 先生方や(サァーイアリャサイドッコイセ)
ハァー三にさらりと戸障子を開けて
四では静かに学問なさる
五に後生の道大事になさる (以下省略)
ハヤシ詞を除くと、77調を延々と続けていく歌詞の構造です。曲調はテンポが速く、流暢な雰囲気ではなく、躍動的で賑やかな踊り唄です。
一方、福井県南条郡南越前町今庄地区に《今庄羽根曽踊り》という盆踊り唄が残されています。これは無伴奏で静々とした雰囲気の踊り唄です。この唄の詞型は、元唄以外は7775調の甚句調になっています。歌詞は下記の通りです。
〽︎サァーヨーヨーヨー
はねをかやしゃれの
二度のかやしが わがとなる
〽︎ハァここは今庄の 右衛門佐の門か
ハァお辰お出やれ 荷を渡す
都節音階でゆったりと歌い踊られ、古雅な感じを漂わせ、何となく《よいこれ》とも似た感じを受けます。もちろん、これが直接須原へ伝わったとは思いませんが、何らかの影響のある踊り唄の1つではないかと感じます。
ばねそのナゾ③~郡上・美並の盆踊り唄「はねそ」
長野県の隣、岐阜県に1曲、《よいこれ》に似た唄が歌われていました。郡上市美並町の苅安地区に伝わる《はねそ》(苅安音頭)です。その歌詞は、下記の通りです。
〽︎[音頭]
アーヨイコリャー
今宵一夜は 浦島太郎(ホーイ)
明けて悔しや 玉手箱
[付け]
玉手箱
明けて悔しや 玉手箱
詞型は7775調の甚句形式です。冒頭が「アーヨイコリャ」で始まって歌詞に入るのは、《よいこれ》と似ています。また、音頭取りが上の句、下の句を一通り歌うと、踊り手が最終の第4句目を返して、更に下の句を付けるのもまったく同じ形式です。旋律は変化がありますが、都節音階で歌われるので、似た雰囲気はあります。郡上地方で「はねそ」はこの苅安だけにしかないようです。郡上と越前とは距離的に遠くはないものの、北陸の「羽根曽」の影響があったかどうかは分かりませんが、影響はあったのではないでしょうか。ちなみに、苅安では「はねそ」は「はね候」の転訛したものと言われています。
このように、《ばねそ》の源流は、「はね候」とか「はね踊る衆」といった「跳ねる」という意味合いの呼称で、東海・北陸地方の7775調の詞型の甚句系の「はねそ」という踊り唄であると想像します。また、須原の《よいこれ》は、飛騨や美濃地方の「はねそ」が広まり、歌い出しの「よいこれ」を曲名とし、さらに他の《竹の切株》《甚句》を合わせて、須原の盆踊りをカバーする《ばねそ》を楽曲名として定着させたものではないでしょうか。
音楽的特徴
拍子
2拍子系
音組織/音域
都節音階/1オクターブと2度
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歌詞の構造
詞型は甚句系の7775調です。音頭が素唄を一通り歌うと、踊り手が最終の第4句目を返し、再び下の句を歌います。
〽︎ハァーヨイコレ
須原ばねそは お十六ばねそ(ホイ)
足で九つ 手で七つ
[付け]
ハァー手で七つ
足で九つ 手で七つ
演奏形態
歌
唄バヤシ
※放送や舞台では太鼓や尺八などを入れたバージョンがあります。本来は無伴奏ですので、無理に入れる必要はないかと思われます。
下記には《須原ばねそ》~《よいこれ》の楽譜を掲載しました。
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