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《芋井甚句》~唄と笛との絶妙なアンサンブルの踊り唄(長野県長野市芋井)
芋井は長野市西北部に位置する地区です。長野市民の山、飯縄山(1,917m)の山麓に位置する歴史ある里です。この地で盆踊りなどで歌われてきた《芋井甚句》が伝承されています。
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江戸時代には入山村、広瀬村、上ヶ屋(あげや)村、桜村、鑪(たたら)村、泉平村、新安村、荒安(あらやす)村の8村があったといい、明治22年(1889年)に芋井村が成立しました。その後、昭和29年(1954年)に長野市に合併されました。山間地ですが農業が盛んで、近年ではリンゴ栽培でも有名です。
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唄の背景
上ヶ屋甚句から芋井甚句へ
この唄はもともとは旧上ヶ屋村で歌われていた《上ヶ屋甚句》が原型であり、それが芋井全域で歌われるようになって《芋井甚句》として整えられました。唄の形式は7775調の典型的な甚句です。
近隣では、長野市内の《大豆島甚句》《三輪甚句》《安茂里甚句》といった甚句があります。北国街道を北上した信濃町付近にも伝承がありますので、新潟の古い越後甚句が入ってきたものでしょうか。
〽︎芋井よいとこ
朝日に匂う
ホラ桜咲く里ホイノ(ハイハイ)
コラわしの里
前半の上の句を音頭が歌い、後半の下の句を返しが歌うという形式で、踊り唄の特徴を踏まえています。なお、近隣の甚句に見られる下の句の第3句目を入れ替え、第4句目をもう一度歌うといった「返し」はありません。
歌詞は、古調のものは周辺の地域で歌われている甚句と同じものが歌われていました。芋井らしい歌詞を作るべく、昭和3年(1928年)に桜青年会文芸部で歌詞を募集し、より盛んに歌い踊られるようになりました。また昭和50年(1975年)には芋井甚句保存会が結成され、新たに歌詞を募集したり、整理したりされました。
昭和61年(1986年)には、ビクターレコードの江村貞一氏によりレコード発売されました。この伴奏は笛と太鼓とともに、三味線演奏家、千藤幸蔵氏による三味線手付きバージョンとなっています。
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歌と笛が複雑に織りなす絶妙なアンサンブル
伴奏として笛と太鼓が奏されます。特に、笛の旋律と歌の旋律がまったく違うものを重ねます。北信地方、それも長野市を中心とした付近には民俗芸能の太神楽獅子舞が大変多く伝承されています。この獅子舞の笛は大変軽快で、技巧的な旋律です。そうした笛の名手も多くいたと思われ、甚句の伴奏に笛を取り入れ、伝承されてきたものかと思われます。
採譜してみると、歌と笛とでは調が異なっていることに気付きます。こうした音楽のありかたは日本民謡では珍しくはありませんが、信州では北信地方によくみられるようです。上記の近隣の甚句も同様の特徴があります。
《芋井甚句》の歌パートについては上の句が9小節、下の句が11小節の20小節からなります。また、笛パートの一くさりは10小節からなります。これが同時に奏されますので、笛の一くさりを2回繰り返すところで、歌の1番がぴったり終わるような構造となっています。歌と笛のパートの小節が一見不ぞろいな感じがするのも、この甚句のおもしろさとなっていると思われます。
音楽的特徴
拍子
2拍子系
音組織/音域
民謡音階/1オクターブ
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歌詞の構造
基本的な詞型は7775調。下の句に入りに「ホラ」「ホイノ~コラ」といったリフレインが楽しさを添えます。上の句は音頭が歌い、下の句は返しが歌います。第3句目のあとのハヤシ詞「ハイハイ」は、音頭が掛けます。
〽︎芋井よいとこ
朝日に匂う
ホラ桜咲く里ホイノ(ハイハイ)
コラわしの里
演奏形態
歌
※上の句(第1・2句)を主に歌います。
返し
※下の句(第3・4句)を付けます。第3句目の後に入るハヤシ詞は音頭の歌い手が掛けます。なお、1番通して一人で歌うことも可能。
笛
太鼓(小太鼓/大太鼓)
※小太鼓は枠付き締太鼓、大太鼓は鋲留め櫓太鼓を使います。
前奏は笛のソロで始まり、太鼓が途中から入ります。歌は3つ歌ったところで、間奏を入れるようなパターンで奏されます。
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