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《奈川追分》~野麦街道を駆け上った追分節(長野県松本市奈川)
奈川は野麦峠の麓。温泉やソバで知られています。かつては南安曇郡奈川村でしたが、平成の大合併により松本市となりました。かつては野麦街道等が整備され、奈川は交通の要所でした。
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この奈川に《追分》が歌われてきました。
唄の背景
追分宿名物の追分節が奈川へ
江戸時代、奈川は尾張藩に属し、木曽福島代官・山村氏の支配下でした。「尾州岡船」という観察を受けた中馬(ちゅうま)に従事することが多かったそうです。ただし、山間地である奈川は馬よりも牛による運送業が盛んであったといいます。現在の奈川は、松本市街地から奈川渡ダムのあるあたりから入っていくイメージですが、このルートはかつての飛騨街道としては「山道」で、松本城下からは木曽藪原(木曽郡木祖村)から入っていくのが「本道」でした。また、奈川はかつて西筑摩郡奈川村でしたので、文化圏、生活圏としても木曽であったといえます。この奈川に「追分節」が伝わりました。
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「追分節」とは、中山道追分宿で歌い出された唄のことです。追分宿のお座敷では、近隣の馬方節・馬子唄が歌われ、三下りの三味線伴奏で歌うようになると、「馬方節」に三下りの調子がつけられたということで「馬方三下り」と呼ばれるようになり、やがて、追分宿名物の「追分節」として流行ったようです。
ところで、「追分節」というと、《江差追分》(北海道桧山郡江差町)のように、非拍節的で尺八伴奏で朗々と歌われるイメージもありますが、三味線伴奏で鳴物の入る賑やかなお座敷唄調のものもあります。追分宿の「追分節」は後者のような唄で、信州ではこのタイプの「追分節」が伝わりました。そして奈川にも、この追分宿名物の「追分節」が伝播しました。詳しくは《信濃追分》のページを参照。
祝唄として歌われる追分節
奈川の《追分》は、次のような歌い方です。
〽︎エーめでたヤァーめでたの若松エ
(コリャショ)
エー様はヨー(ハ ホイホイト)
エー枝も栄えるエ
(コリャショ)
エー葉も茂る(ハ ウンマイゾヤウンマイゾ)
7775調の甚句系の詞型です。歌詞の各句に「エー」(歌う人によっては「アー」)が挿入されます。各フレーズの切れ目には「コリャショ」「ホイホイ」「ヨイヨイ」等、即興的な掛声が入ります。もともと「追分節」は酒席での騒ぎ唄でしたので、各地に流行して伝播すると、やはり酒盛り唄や踊り唄として歌われてきました。
ところで「追分節」というと、
〽︎一に追分 二に軽井沢
三に坂本 ままならぬ
〽︎碓氷峠の 権現様は
主のためには 守り神
といった歌詞が運ばれて歌われることが多いです。奈川では、これらの歌詞は歌われてきたのかもしれませんが、今日までは祝唄の歌詞となっています。酒席での騒ぎ唄として歌われたものが、やがて祝いの場での唄となっていったものかと考えられています。
山村に伝わった民謡には三味線まで伝わらないケースがありますが、奈川では三味線伴奏が伝わりました。それも、追分宿の「追分節」の三味線の雰囲気が残されており、「馬方三下り」の通り、三下りの調弦で弾かれ、太鼓も加わって賑やかに演奏されます。三味線の手は一定のパターンを繰り返しの部分と、途中から高い勘所へ上がっていく技巧的な手も伝わっています。近隣では、野麦街道も境峠を下った小木曽(木曽郡木祖村)に《小木曽追分》として歌われてきましたが、三下りの三味線伴奏で雰囲気が似ています。三味線伴奏では南佐久の《親沢追分》(南佐久郡小海町)の三味線の手とも似ています。
また、追分宿の「追分節」は、素唄の後に長バヤシが入るのが特徴ですが、奈川でも「行くよだ来るよだ面影さすよだ オオサドンドン」等を入れて歌う方もあります。
このように、繰り返しの三味線のパターン、長バヤシなど、追分宿の「追分節」が同様に伝わる中に、奈川ならではの特徴が加わって歌われてきたのが興味深いです。
音楽的特徴
拍子
2拍子
音組織/音域
民謡音階/1オクターブと2度
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歌詞の構造
7775調の甚句系の詞型です。
〽︎エーめでたヤァーめでたの若松エ
(コリャショ)
エー様はヨー(ハ ヨイヨイト)
エー枝も栄えるエ
(コリャショ)
エー葉も茂る(ハ ウンマイゾヤウンマイゾ)
第1句目の3文字の後に「ヤァー」を付けます。また第1句目と第2句目の4文字までを続けて歌い、一度ブレスして、3文字を続ける独特な切り方をします。
ハヤシ詞は即興的に入れられます。「追分節」に多く見られる、唄の後の長バヤシを入れて歌う場合もあります。
演奏形態
歌
唄バヤシ
三味線
太鼓
以下には、《奈川追分》の楽譜を掲載しました。
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