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《エーヨー節》~甲信飛に広がりを見せる盆踊り唄(長野県諏訪地方)
諏訪盆地から八ヶ岳山麓に向かって広がっている茅野市。縄文のビーナスなど数々の縄文時代からの文化、遺跡の数々が残されてきました。また、諏訪信仰が広がり、古くからの習俗を伝えています。
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この茅野を中心とした諏訪地方地域でよく知られた踊り唄に《エーヨー節》があります。
唄の背景
《エーヨー節》とは、歌詞の中でも下の句第4句目の前に入るリフレインのエーヨーにちなむものです。
〽︎ハァー盆も終えたし 原山様も
(ハ ヨイソレ)
待ちるお十五夜 エーヨー ほど遠い
八ヶ岳南西麓の茅野市、原村、富士見町にかけてのいわゆる山浦地方が本場であったようですが、諏訪地方広域で歌われた盆踊り唄です。
山浦地方は、集落ができはじめると、諏訪・高島藩により新田開発が行われるようになります。江戸時代には、坂本養川(さかもとようせん)の尽力により、水路が整備され、諏訪地方の水不足を解消したのはよく知られています。
こうした背景もあり、この「エーヨー節」は、新田開発に心寄せた農民の田植唄が源流であるとされています。
越後甚句の広まり
「エーヨー節」は、7775調の詞型からなる甚句系の唄です。源流はよく分かりませんが、「いいよ」の関西弁「ええよ」との類似から、関西から流行ったのではないかという話もあるようです。しかし、前述のとおり、下の句第4句目の前に「エーヨー」と入るのが特徴ですが、甚句の多い新潟県の「越後甚句」には「エヨ」とか「イヨ」と入る唄があり、民謡研究の竹内によると、この種の「越後甚句」を「エーヨー型甚句」と呼んでいます[竹内 2018:414-416]。
例えば、樽叩きで知られた《新潟甚句》(新潟県新潟市)では、
〽︎ハァー新潟恋しや 白山様の
(ハ アリャサアリャサ)
松が見えます エーヨー ほのぼのと
(ハ アリャサアリャサ)
と歌われています。他にも《亀田甚句》(同県新潟市)など同種の甚句が歌われています。
こうした「越後甚句」は長野県内にも伝播が多く、特に北信地方では《古間甚句》(上水内郡信濃町)等で、「エーヨー」の部分「ノオ」として歌われています。その他にも「ノーオー」「イーヨー」等に変化して歌われています。
この「エーヨー型甚句」は、竹内によれば長野・岐阜にも多いと紹介されており[竹内 前掲]、諏訪の「エーヨー節」も、この甚句が広まったものと考えられます。
五味調エーヨー節の広がり
諏訪地方で広く歌われてきた《エーヨー節》も、民謡の特徴であるようにバリアンテが存在し、地区によるちがいがあるようです。中でも、元米澤小学校(現茅野市立米沢小学校)校長で、茅野市民俗資料館(現八ヶ岳総合総合博物館)研究調査委員会の委員長を務め、諏訪の民謡を研究されてきた五味元喜による採譜がよく知られています。
五味は長年《エーヨー節》《天屋節》等の研究をされてきました。昭和31年(1956)に大阪府で開催された、第10回全国レクリエーション大会に参加、中でも「郷土芸の発表紹介」で《エーヨー節》を発表されています。なお、《エーヨー節》という楽曲名にしたのはこの頃であったようです。
また、同年には五味元喜、湯田坂数七による演唱、伴奏は小沢直与志編曲によるビクターオーケストラ伴奏によって吹込みが行われています。この音源が諏訪地方でよく知られたものとなり、広まっていきました。その他、天屋節保存会による節回し等、それぞれ独自の特徴をもった楽曲が残されています。
エーヨー節の伝播
「エーヨー節」のもう一つの特徴に「ヨイソレ」というハヤシ詞があります。上の句の後に入ります。地区によっては下の句のあとにも入れる場合があります。この唄を伝えている地区では「エーヨー節」と呼ぶだけでなく「ヨイソレ」とか「ヨイソレ節」などと呼ばれることもあります。
こうした特徴をもった「エーヨー節」は県外にも伝播し、近くでは山梨県でもよく歌われています。また、岐阜県では、ハヤシ詞から「ヨイトソレ」「ヨイトソリャ」という踊り唄が伝わっています。
例えば、岐阜県高山市の《ヨイトソレ》では、
〽︎ハァー飛騨の高山 高いとは言えど
(ソーレ)
低いお江戸は エーヨー 見えはせぬ
(ハヨイトソレ)
という詞型で歌われています。諏訪と同じく、下の句第4句目の前に「エーヨー」が入ります。ハヤシ詞は「ヨイトソレ」が唄の最後につきますが、諏訪の「ヨイソレ」が変化したものと思われます。岐阜県では美濃でも歌われ、よく知られたところでは郡上市白鳥町では《ヨイトソリャ》として、ほぼ同系統の唄が残っています。
岐阜ではこの唄を、もとは《諏訪節》と呼んでいたといいますので、諏訪から流行ってきたことを裏付けられると思います。
また、製糸業で栄えた岡谷市あたりでは、飛騨などから野麦峠を越えて働いた工女たちが歌った《糸ひき唄》があります。
この唄は岡谷で歌われていた盆踊り唄の《エーヨー節》を、製糸の糸繰り作業で歌われていたものです。これを覚えて各地へ帰った工女さんたちが、それぞれの土地に《糸ひき唄》が伝播しましたが、《エーヨー節》が思わぬ形で、広まっていったことと思われます。
音楽的特徴
拍子
2拍子系
音組織/音域
律音階/6度
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歌詞の構造
詞型は甚句系の7775調です。上の句、下の句の後に「ハヨイソレ」のハヤシ詞が入ります。
〽︎ハァー盆も終えたし 原山様も
(ハ ヨイソレ)
待ちるお十五夜 エーヨー ほど遠い
演奏形態
歌
唄バヤシ
三味線
鳴物
下記には《エーヨー節》の楽譜を掲載しました。
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