新しい物語のはじまり
数多くの歓喜を競技の舞台に残して、2022年7月、プロフィギュアスケーターとして出発した羽生結弦の初となるアイスショー「プロローグ」が11月に横浜で、12月に八戸で開催された。北東北にある青森県八戸市は氷都という。都といえば、花の都、水の都、芸術の都、いろいろ聞くものの、氷の都ははじめて。その名はアイスショーの会場となったフラット八戸ほか、YSアリーナ八戸、テクノルアイスパーク八戸といったスケート施設をおき、スケート文化を育んできた八戸市の歴史に由来している。
JR八戸駅改札からフラット八戸までは歩くこと5分。防寒対策をしないまま駅から出たときは、氷都を訪ねるにはふさわしくない格好だったと反省した。日が落ちかけた時間に、素手は寒さで痛み、首元の隙間から冷気が体に入り込んだ。「寒い」。フィギュアスケートが寒冷地で育まれてきたものだということを体感した。
氷都のショーを印象づけたプログラムは、「プロローグ」前半の津軽三味線を引き入れたダンスナンバーだっただろう。津軽三味線の音楽は、耳で聞くというより音を体感するものかもしれない。奏者の像は、不動のまま座し、空気をかき回すように動く指で棹に張られた弦を押さえてゆき、それを撥で巧みに弾いていく姿。奏者は目を閉じて粛然としているのに、叩くように奏でられる音は力強く、目には見えない何かになって聞く人の体に打ち付ける。「プロローグ」での奏者は現役大学生という中村滉己(なかむらこうき)。MONKEY MAJIKの「CHANGE」はショー序盤を勢いよく盛り上げた。
アイスショーらしい黒の衣装にアクセントでつけられた赤の布地が、スピード感ある動きにそってひらめき、ポップな踊りの熱さと颯々とした様子をアシストした。津軽三味線にのせて氷を叩くようなステップが巧みに踏まれた踊り。テンポ速く繰り出される音とパフォーマンスの疾風感がコラボレーションして、勢いが観客席に広がった。
I need a change (変化が必要なんだ)
羽生結弦の新しい物語のはじまりを確信した。
■ プロローグ八戸公演
2022年12月2日 フラット八戸
羽生結弦 《CHANGE》
音楽:MONKEY MAJIK「CHANGE」(2007年)、津軽三味線演奏 中村滉己 ※楽日のみ出演
振付 :―
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氷都八戸物語:http://hyoto.city.hachinohe.aomori.jp/
中村滉己:津軽三味線演奏家、民謡歌手、2022年津軽三味線世界チャンピオン、慶應義塾大学在学(当時1年生)
MONKEY MAJIK:カナダ人兄弟・メイナードとブレイズ、日本人のリズム隊・タックスとディックからなる宮城県在住の4ピースハイブリッドロック・バンド