ハッピーロンリーノスタルジー 1話

【あらすじ】

 事故で妻と息子を亡くした浦島朔は、仕事に没頭することで、つらい過去から目をそらしていた。経営者として成功を収め、金とモノに囲まれても、朔の心が満たされることはなかった。
 ある夜、天使が朔の願いを叶え、妻と息子の死がなかったことになる。
 朔は古いアパートで目を覚ます。そこでは妻の日波と息子の音斗の3人が暮らしていた。同時に、朔が築きあげた功績が消え、家族は貧乏になっていた。
 朔は貧乏ながらも家族がいる日常に幸せを感じ、日々を楽しく過ごしていた。
 音斗が難病を発症する。莫大な治療費が必要だったが、貧乏な朔にはそれを用意する術がなかった。音斗を救うため、朔は家族と別れ、天使の力で元の世界に戻る。

【登場人物】

浦島(うらしま) 朔(さく)(32)――若手の敏腕経営者
浦島(うらしま) 日波(ひなみ)(29)――朔の妻
浦島(うらしま) 音斗(おと)(3)――朔の息子
天使――人の願いを叶える天使。見た目はただのおっさん

猫A――野良猫。ボス猫
猫B――野良猫。猫Aの子分
猫C――野良猫。猫Aの子分
 
運転手(21)――代行運転業者の運転手
医師(45)――国立病院に勤務する医師
早良(さわら) 銀之助(ぎんのすけ)(45)――銀行員
梶木(かじき) 鳴子(なるこ)(52)――朔の同僚。総務課長
多摩(たま) 太郎(たろう)(32)――日波の夫

第2話

第3話

第1話

○ 合同会社オト オフィス(夜)
広いオフィスの中。浦島(うらしま) 朔(さく)(32)がひとり、パソコンを操作している。
ビルの3階にあるオフィスの窓からは、巨大なクリスマスツリーが見える。オフィスの中心に置かれたホワイトボードには、『ノー残業デー 管理職も帰ろう』の張り紙が貼ってある。
朔が、電子時計に目を向ける。電子パネルには、『2023年12月23日 23時30分』の文字。
朔「……ご飯食べないと……」
 
 
○ コンビニ前・外(夜)
朔、コンビニの前に立つ。自動ドアの脇に立っていた天使(身なりは、浮浪者のおっさん)が、格ゲーキャラが波動を打つポーズで朔に両手を突き出してくる。
天使「波――――!!!!!」
朔(………………酔っ払いか……?)
朔、コンビニに入る。コンビニで会計を済ませる。コンビニ袋を下げて、外に出る。

外では、猫A、猫B、猫Cが、天使に襲いかかっている。天使、うつ伏せで体を丸め、身を守っている。
猫A「うにゃあああっ!!!!」
猫B「にゃーこにゃメんにゃあああっ!!!」
天使「ぐわあああああっ!!!」
朔「えッ――――!?」
猫C「にゃあんっ!?」
猫たちが一斉に朔をにらむ。
朔(お前も仲間か? って言われてる気がする……)
天使「コイツにやれって言われましたぁ!」
朔「何言ってんだ、オマエ――!!!」
猫、朔を見る目が鋭くなる。朔、逃げようと後ずさる。すがるような天使の目が視界に入り、ため息をつく。
朔「あの、すみません。私の同族がなにか失礼を働いたようで……勘弁してもらえませんか?」
猫たち、顔を見合わせる。猫A、あごでクイッと、猫Cに指示を出す。猫C、指示を受けて、朔が持つコンビニ袋を強奪する。
朔「あっ……」
猫たち、走り去っていく。
朔「……サラダチキンって、猫が食べて大丈夫だっけ……?」
天使「ううっ……うううっ……」
天使、うずくまる。
朔「あっ。大丈夫ですか?」
天使、ケロっとした顔で朔をにらむ。
天使「そこはバトル展開助けるところちゃうの?」
朔「なんだオマエ」
天使「まあ、ええわ。とりあえず、助けてくれてありがとう」
朔「とりあえず……?」
天使「ほな、願いごと言うてくれる?」
朔「はい?」
天使「やから、願いごと。助けてくれたお礼に、おっちゃんが願いごとをかなえたげるから、な!」
朔「な! ……って、言われても……。お礼とか、別にいいんで……」
天使「遠慮すんなって! 天使が願いごとをかなえてくれるチャンスなんて、二度とないぞ」
朔「天使?」
天使「そうや。おっちゃん天使やねん。人を傷つけるような願いは無理やけど、そういうの以外なら、何でもかなうで。地球にせまる宇宙人でも、倒してきたろか?」
朔「宇宙人は傷つけていいのかよ」
天使「とにかく、これはチャンスやぞ。ほら、願いごというて?」
朔「本当に大丈夫なんで……」
天使「さては、天使だって信じてへんな? ほな、証拠見せたる!」
天使、朔の目の前で着ていたシャツを脱ぐ。筋骨隆々とした体つきをしている。筋肉を強調するようなポーズで背中を見せつける。背中には、白い翼が生えている。
天使「理解したか、人間」
朔「変態だ――――!」
朔、ダッシュで天使から逃げる。
天使「待てって! おーい!!!」
 
 
○ 合同会社オト オフィス(夜)
朔、自分の席にどかっと座り込む。
朔「はーっ(ため息)。しまった、晩ごはん。……一回ぐらい食べなくても、大丈夫か」
朔、パソコンを起動する。
朔(仕事をしていると、落ち着く……。仕事をしている間は、何も思い出さないから……)
朔「叶えたい願いか……」

浦島(うらしま) 日波(ひなみ)(26)と、浦島(うらしま) 音斗(おと)(0)の姿を思い出す。(1コマ。2人が映るカットが入るイメージです/半分影がかかっていて、2人の顔が見えない)。
朔、ふと我に返り、首を横に振る。

朔「仕事仕事っ。集中っ」
天使、いつの間にか机の上に尻を乗せて座っている。手には預金通帳を持っている。
天使「なんやこの預金額!!? ケタがおかしいやろ」
朔「うっわぁっ!」
朔、驚いて椅子から転げ落ちる。腰を抜かしながら、スマホを取り出す。
 
朔「どど、どこから入った!? 守衛……いや、警察呼ぶぞ!」
天使、通帳を朔に見せる。
天使「こんだけ金持っとったら、何でも買えるわな」
朔「僕の通帳……? なんで……家にあるはず……」
天使、ニヤリと笑いながら翼を広げて、朔に翼を見せつける。朔、雰囲気に飲まれて、スマホを落とす。
朔「…………」
天使「おっちゃんは天使や。天使がかなえる願いは、金で買えへんものでも手に入るんやで。本当に、かなえたい願いはないんか?」
朔「願いなんか……」
朔、再び日波と音斗のことを思い浮かべる。
(音斗を抱っこした日波の姿がイメージされる(1コマ、2人の姿がカットインするイメージです/今回は、顔まで映ってます))
そして、朔がふと我に返ると、天使の顔が、目の前に迫っている。
天使「それが、キミの願いか?」
朔「っ……」
朔、身をこわばらせる。
天使の姿が一瞬で消える。
朔「…………は?」
朔、起き上がり、周囲をキョロキョロする。オフィスの中には、誰もいない。
朔「……疲れてるのかな?」
朔、椅子に深く腰掛ける。額に手を当てて、呼吸を整えた後、パソコンを閉じて、椅子から立ち上がる。机の端に、朔の預金通帳が置かれている。
 
 
○ 帰路(深夜)
高級車の運転席に運転手(21)と、助手席に朔が座っている。
運転手、高級車のハンドルを握って、興奮した顔をしている。
朔モノローグ『その夜は、代行運転で家まで帰った』
朔「ゆっくりめの運転でお願いします」
 
 
○ 朔のマンション、寝室(夜)
十畳ほどの部屋に、キングサイズのベッドがひとつ置かれている。朔、ベッドの上で目を閉じる。
朔モノローグ『仕事をしていない時間は、嫌なことを思い出させる。今日も、妻と息子をのせた車が、時速120キロで高速道路の橋脚に激突した日の夢をみた』
 
 
○ 朔の夢
夢の中では、朔が交通事故の現場にいる。軽自動車が高速の橋脚に激突し、黒い煙を上げている。朔が夢の中を歩いて、車内を覗き込む。運転席には、エアバックにぐったりとうなだれる女性(日波(26)と同じ体つきで、顔が黒く塗りつぶされている)がいる。後部座席にはチャイルドシート(座席部分が人型に黒く塗りつぶされている)が置かれている。
朔モノローグ『事故のあと、逃げるように住居を変え、新しい仕事に没頭した。働くのが好きだったわけではない。ただ、仕事をしている間だけは、家族のことを忘れることができた』
朔が軽自動車の運転席を覗き込む。速度計が時速120kmをさしている。
朔「なんでこんな速度で走ってたんだよ。いつも安全運転だったじゃん……」
朔、運転席の女性に話しかけるが、女性は反応しない。女性の手には、画面にヒビが入ったスマホが握られており、画面には『発信中 1』の文字。
朔モノローグ『早く朝がくればいい。朝になったら、また仕事ができるから……』
 
 
○ 古いアパート・寝室(朝)
天井に、円形の蛍光灯がついた照明器具がぶら下がっている。畳敷きの部屋の中、朔は布団で目をさます。
朔(……ここ、どこだ……?)
朔、視線を動かす。傷だらけの柱やカビの生えた天井が見える。
朔(見覚えがある……。昔住んでたアパートだ……。そろそろ起きろよ、僕……)
小さな手が朔のパジャマを引っ張る。朔、反応して隣を見る。朔の隣に、浦島音斗(3)が寝転んでいる。
音斗「おしっこ……」
朔「うわああああああああっ!」
朔、驚いて布団から飛び起きる。
部屋の扉(横開き・台所に通じている)が勢いよく開き、浦島 日波(29)が、おたまを持って、飛び出してくる。
日波「なにっ!? どうしたの!?」
朔「……(日波をじっと見る)」
日波「……なに?」
朔「……日波か?」
朔、感触を確かめるように、自分の体をベタベタと触る。視線が日波と音斗の間を行ったり来たりする。
朔「……もしかして……、音斗……?」
音斗「はい!」
朔「嘘だろ……大きくなったなぁ……」
朔、音斗の頭に触れる。
朔「たまには……いい夢もみるんだな……」
日波「めっちゃ寝ぼけてる……」
朔、音斗を抱っこして、自分のひざに乗せる。
朔「すごいあったかい……」
日波「顔洗ってきたら? ご飯、あと5分でできるから」
日波、台所へ去る。朔、音斗の頭をなでる。
音斗「ねえ……」
朔「ははっ。感触まである……」
音斗「ねえってば」
朔「こんな風にしゃべるんだな……」
音斗「おしっこ!」
朔「そっか。おしっこな……」
音斗、ぐっと顔に力を入れた後、震えはじめる。そして、朔の上でおしっこを漏らす。
朔「おしっこも、あったかいな」
音斗「うわああああああんっ(泣く声)」
 
 
○ 古いアパート・居間(朝)
洋服ダンスとテレビ、ちゃぶ台が置かれた居間。床には音斗のおもちゃが転がっている。服を着替えた朔と音斗が、ちゃぶ台の前に座っている(音斗は朔のひざに乗っている)。ちゃぶ台には、焼き魚と卵焼きが並んでいる。日波がみそ汁をお盆からおろしている。
日波「信じられない。寝ぼけてないで、トイレぐらい連れてってよ」
朔、日波をじっと見つめる。記憶の中の日波よりも、目の前の日波は少しだけ大人びていた。(若い頃の日波(26)のイメージが、背景に比較で並ぶイメージです)
朔「少し、大人びた……?」
日波「朔ちゃん、今日なんか変だよ」
朔「(味噌汁を見て)……日波のみそ汁そのまんまだ。すごい……」
朔、みそ汁を一口すする。
朔「うま……」
音斗「あーっ! いただきます、してないー。いーけないんだー」
日波、ちゃぶ台の前に座る。
 
日波「はいはい、音斗もいただきますしようね」
音斗「いーけないんだー。パパ、いーけないんだー」
朔「っ……」
朔、お箸を落とす。音斗の方を見て、小さく震える。
音斗「パパ……?」
朔、目から涙がこぼれる。
日波「朔ちゃん?」
朔、音斗を抱きしめる。
朔「もういっかい、パパって呼んでくれる? ……朝が来ても忘れないように、覚えておくから……」
音斗「パパ……なんかへん……」
日波「疲れてるんじゃない? ちょっと寝てきたら?」
朔モノローグ『朝なんてこなければいい。心からそう思った』
 
 
○ 大型ショッピングモール(昼)
ショッピングモールの内装に、クリスマスツリーが置かれている。朔、音斗と手をつないでいる。となりを日波が歩いている。
朔モノローグ『まるで夢みたいな世界だったが、夢が覚めることはなかった』
朔「そういえば、今日って何日だっけ?」
日波「12月23日でしょ」
朔「何年の?」
日波「2024年」
朔「なるほど。たしかに、少し歳をとったなと思ってたんだ……(日波を見ながら)イテッ」
日波、朔に頭突きをくらわせる。
日波「じゃ、私買い物してくるから。音斗よろしく」
朔「僕ひとりで!?」
日波、去っていく。
朔と音斗、見つめ合う。
朔「音斗、何したい?」
音斗「おもちゃみたい!」
 
 
○ ショッピングモール・おもちゃ売り場(昼)
朔、音斗と手をつないで、おもちゃ売り場に到着する。
音斗「わーっ」
音斗、おもちゃに向かって走り出す。
音斗「パパ! これ、セール?」
音斗、売り場のぬいぐるみを手にする。
朔「欲しいの?」
音斗「ほしい!」
朔、ぬいぐるみを持ってレジへ向かう。レジの会計に『9.900円』と表示される。サイフを開けると、中には3千円しか入っていない。
朔「カードで」
朔、クレジットカードで購入する。
 
 
○ ショッピングモール・フードコート(昼)
音斗と朔、並んでソファー席に座っている。音斗、クレープを食べている。クリームがこぼれるのを朔がナプキンで拭く。日波、両手にエコバッグを3つ抱えて、現れる。
日波「おまたせー」
日波、エコバッグをソファーに置き、音斗の隣に置かれたぬいぐるみに気づく。
日波「それ何……?」
音斗「おもちゃ!」
日波「いくらしたの?」
朔「9千円くらい」
日波「9千円!?」
音斗、声に反応して、日波の方を不安げに見る。日波、ハッとして朔に小声で話しはじめる。
日波「なんでそんなの買うの」
朔「9千円ぐらいだし、いいじゃん」
日波「9千円は大金です!」
朔、耳元で叫ばれた大声に、びっくりする。
音斗「ママどうしたの?」
日波「パパが来月のお小遣い、もう使っちゃったんだって」
音斗「ふーん」
 
 
○ ショッピングモール・駐車場(夕方)
軽自動車の運転席に朔、後部座席に日波と音斗が乗りこみ、シートベルトを締める(音斗はチャイルドシート)。助手席にはエコバッグとぬいぐるみが山盛りになっている。朔、ETCカードを読み取り機に挿入する。
日波「何してるの……?」
朔「もう夕方だし、帰りは混むだろ」
日波「高速使うの!?」
朔「……いつもは使わないんだっけ?」
日波「どうしたの。今日、変だよ。大丈夫?」
朔「大丈夫。はは、まだちょっと寝ぼけてるのかな?」
日波、シートベルトを外しながら、車のドアを開ける。
日波「運転かわるよ。眠いときに運転するのよくない」
朔「眠いわけじゃ……」
日波「いいから。朔ちゃん少し疲れてるんだよ。後ろで寝てて?」
朔「……」
日波「かわるの嫌?」
朔「いや……いいけど……、あんまり飛ばさないでくれよ」
日波「そんなことしないよ。私が安全運転なの知ってるでしょ」
朔と日波が入れ替わり、車が動きはじめる。
朔モノローグ『確かに……。昔から日波は、人並み以上に安全運転を心がけていた』
朔「たまにはアクセル踏み込んでみたいとか、思うことある?」
日波「ないけど」
朔「だよね……」
朔(じゃあ、なんであの日は、あんなに速度をだしていたんだろうか……?)
朔、交通事故で潰れた軽自動車の姿を思い出す。
 
 
○ 古いアパート・台所(夕方)
朔、調理台の前に立っている。調理台の上に、コーヒー豆の袋(開封した口を洗濯バサミで閉じている)と、ドリッパーが乗ったマグカップが置かれている。
朔(そういえば、昔はこんなの飲んでたっけ……)
朔、マグカップからドリッパーを外し、コーヒーを口にふくむ。美味しくなくて、顔をしかめる。
 
 
○ 古いアパート・居間(夜)
朔、日波、音斗の三人が夕食を食べている。
音斗、おもちゃにばかり気を取られている。
日波、音斗を叱る。
 
 
○ 古いアパート・風呂場(夜)
朔、音斗と一緒にお風呂に入る。
音斗、シャンプーが目に入って泣き出す。
日波、シャンプーハットを使うように、朔に指示する。
 
 
○ 古いアパート・寝室(夜)
音斗が眠っている。
寝室に入ろうとしたパジャマ姿の朔に、日波がサンタのコスプレ衣装を渡す。
朔、サンタの格好をして、音斗の枕元にプレゼントの箱を置く。その光景を日波がスマホで撮影している。

朔、サンタからパジャマに着替えていると、背中を日波にチョンチョンと、つつかれる。
朔が振り返ると、日波がミニスカートのセクシーなサンタ服を着て、グラビアっぽいポーズを取っている。
朔、しばらく思案した後、ぱっと表情を輝かせる。
日波、朔の手を引いてお風呂場へと誘導する。
 
  
○ 古いアパート・寝室(朝)
目を覚ました音斗が、枕元に置かれたプレゼントの箱に気づいて目を輝かせている。先に起きていた日波と朔は、その光景をニコニコしながら見ている。
音斗「わあーっ!!」
音斗、プレゼントの箱を掲げる。
音斗「サンタさんきてたー」
日波「いい子にしててよかったねー」
音斗「うん!」
音斗、プレゼントの箱をビリビリに破る。中から、大きなロボットのおもちゃが出てくる。
音斗「おもちゃだー!」
音斗、ロボットのおもちゃを箱から出して、抱きしめる。すると、困った顔をする。
音斗「パパのおもちゃと、サンタさんのおもちゃ、どっちで遊べばいいのかな……?」
朔と日波、顔を見合わせて笑う。
 
 
○ 古いアパート・居間(夜)
朔、ちゃぶ台の上にノートパソコンをおいて、インターネットを見ている。
朔モノローグ『ひとつ、確認しなければいけないことがあった……』
朔、パソコンを操作して、『合同会社オト』で検索する。『検索条件と一致する結果が見つかりません』と表示される。
お風呂からあがった日波が、髪をバスタオルで拭きながら部屋に入ってくる。
朔「あのさ」
日波「ん?」
朔「明日から仕事だよね?」
日波「月曜だし、そうでしょ?」
朔「僕って、何の仕事をしてるんだっけ?」
日波「……本当に大丈夫?」
朔「もちろん、忘れたわけじゃないよ。ただ……なんとなく教えてほしくて……」
日波「疲れてるなら、休んでよ……朔ちゃんの仕事は……」
 
 
○ 市税事務所(朝)
徴収課長の席に、朔が座っている。
朔モノローグ『僕の仕事は、公務員だった』
朔「そういえば公務員してたっけ……」
朔モノローグ『この世界で僕は、転職をしなかったらしい』
朔「しかも管理職になってる……」
朔、机の上に置かれた、『徴収課長』の文字をにらむ。
朔モノローグ『うちの役所は、したっぱ管理職ほど、勤務時間が長い』
壁掛け時計が、6時30分を指している。窓の外は明るい。
 
 
○ 市税事務所(夜)
外が真っ暗になり、壁掛け時計の時刻は23時を過ぎている。朔、カバンを持って、梶木(かじき) 鳴子(なるこ)(55)と施錠の確認をしている。
朔(ようやく終わった……)
鳴子「今日は早く帰れましたね」
朔「……そうですね」
朔(早く? マジか?)
 
 
○ 市税事務所(夜)
翌日。外は真っ暗で、壁掛け時計は深夜一時をさしている。
朔モノローグ『マジだった。翌日は深夜一時まで業務があった』
朔(これで明日も5時起きか……)
 
  
○ 古いアパート・居間(夜)
朔、家に帰ってくる。居間の照明がついている。居間に入ると、日波がちゃぶ台で家計簿をつけている。
日波「おかえりー」
朔「先に寝ててよかったのに……」
日波「家計簿つけたかったから」
朔、ネクタイを外しながら、日波の書いている家計簿が気になる。
日波「やっぱ年末は出費がかさむなぁ」
朔「そんなにうちって厳しいの?」
日波「そりゃね。私が働ければ良いんだけど、音斗が小さいうちはね……」
朔「そういえば、音斗って幼稚園は?」
日波、キョトンとする。
日波「抽選全部もれたんじゃん。忘れたの?」
朔「待機児童?」
日波「待機児童。ここ、すごい激戦区だからね……」
朔、視線を家計簿に落とす。
朔モノローグ『どうやら、うちの家計は苦しいらしい……』
 
 
○ 市税事務所(夜)
朔(だったら、僕が残業頑張るか!)
朔「その業務、私がやります!」
朔、連日遅くまで残業する。 

 
○ 市税事務所(昼)
廊下を歩きながら、鳴子と朔が会話をしている。
鳴子「最近、浦島さんにばっかりやってもらっちゃって悪いですね」
朔「いえ。子供が小さいんで、今のうちに少しでも多く稼いでおきたいんです」
鳴子「残業代目当てってことですか?」
朔「意地汚い話ですが、そうです」
鳴子「浦島さん……。管理職は、残業代でませんよね?」
朔「そうだったぁぁぁ!」
朔モノローグ『深夜手当はでていたが、帰りのタクシー代で収支はマイナスだった』
 
 
○ 古いアパート(夜)
朔、フラフラになりながら帰ってくる。真っ暗な台所で、水道水をコップにくんで、一気に飲み干す。
朔(昔は何も思わなかったけど、管理職公務員の勤務状況……ありえん。転職するか? 考えてみれば、僕には実績がある。また自分で会社やったほうが、効率がいいのは間違いない)
朔、寝室のドアをそっと開く。音斗が寝息をたてて眠っている。
朔(いや、やめよう。あの世界での実績は、日波と音斗がいなくなって、仕事にのめり込んだ結果だ)
朔、音斗の顔を見て、ほほえむ。
朔(今は……何日も音斗の顔が見られなくなるなんて、絶対に耐えられない)
朔、寝室のドアをしめる。日波、居間から現れる。目がすごく眠そう。
朔「僕もすぐ寝るから、先に寝てていいよ」
日波「ん……。おやすみ……」
朔、日波を寝室に見送る。
そして、居間で用意されていた食事をとり、風呂場へと移動する。
 
 
○ 古いアパート・風呂場(夜)
朔、全裸になって風呂場に入る。浴槽にはお湯がたまっており、アヒルのおもちゃが2個浮いている。
突然、全裸の天使が、お湯の中から飛び出してくる。顔には水中ゴーグルを着用している。
天使「すまん! 手違いや!」
朔「うぉわぁあっ!」
朔、腰を抜かしてすっ転ぶ。天使、浴槽の中で仁王立ちして、腕を組んでいる。(ちょうど、朔の視線の高さぐらいに、天使の股間がある)
朔「なんだ、オマエ!!!」
天使「おちつけ。おっちゃんや。天使のおっちゃんや」
水中ゴーグルを外し、天使が顔を見せる。
朔「な、なにしてんだよ。こんな所で!」
天使「キミを待っとったんや」
朔「待つにしても、こんな場所じゃなくていいだろ!」
天使「細かいことはええやん」
朔「細かくないものが見えてんだよ!」
朔の視線の先に、天使の股間がある。
天使「今はそれより重要なことがあるやろ。……もしかして、気付いてへんのんか?」
朔「……なんの話?」
天使「キミ……、めっちゃ貧乏になっとるで」
朔「それぐらい気づいてるわ」
天使「……え、気づいてたん!?」
朔「なめんな」
天使「なら話は早いな。これな、おっちゃんの手違い……っていうか、確認不足でな。まさか家族を生き返らせたら、キミの職業がこんなパッとせん感じになるなんて知らんかったんや」
朔「おい、言い方」
朔モノローグ『別に公務員は悪くない仕事だろうが』
天使「とにかく、悪かったな。キミが望むなら、元の生活に戻してあげられるから、安心してな」
朔「元の生活?」
天使「元のリッチな生活に決まっとるやろ」
天使、朔に手を差し伸べる。朔、とっさに天使から後ずさる。
天使「どないしたん?」
朔「戻ったら……音斗と日波はどうなるんだよ!?」
天使「ああ、それは心配いらんで。天使は人を傷つけられへんからな。一度生き返らせた人間を、死なせるようなことはせん」
朔、こわばった表情が柔らかくなる。
天使「ただ、家族がいると今のキミは変えられんからな。そこのつじつまは合わせることになる」
朔「つじつま……?」
天使「つまりな。キミは日波ちゃんと別れたことにして、音斗ちゃんは別のお父さんから生まれた子にするねん。そうしたら、2人が生きたまま、家族がおらんで仕事に一生懸命になれるキミが作れるやろ」
朔「家族と別れるってこと……?」
天使「まあ、そうなるな」
朔「なら必要ない」
天使「必要ないって……ええんか? あんなリッチな生活、望んでなれるもんやないで」
朔「いらない!」
天使「そうか。でもな……この生活も……。いや、これは言う必要はないか……」
天使、朔に背を向けて、風呂場の窓を開ける。
天使「わかった! もう、四の五の言わん。ただ、おっちゃんはしばらくキミのそばにおるから、気が変わったらいつでも声かけてや。ほなな」
天使の羽が大きく羽ばたく。風が吹いて朔が目を閉じる。朔が目を開くと、天使の姿は消えており、風呂場に白い羽が数本舞っている。
 

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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