ノベル『銀座でお寿司を』
やっと秋雨前線も谷間。東京丸の内で酷い仕打ち。「満席」入店拒否された。でもアサミさん曰く「あんたの服がダメだから入店拒否されたのよ」
達はTシャツに短パンだった。
「歩いて銀座へ行こう。マー君の寿司屋へレッツゴー」
「いいね。お寿司」
「満席だから服が違うから」と断らない。誰でもオッケイ。寿司は待っていれば空く。回転が速い。カウンターがいい。テーブルはつまらない。寿司職人のもてなしを受けられないからだ。鯔背な粋な寿司職人。磨き上げた握り寿司のパフォーマンスを目の前で披露してくれる。
達の隣に中国人の若い女がふたり座った。スマホに夢中である。顔つきが平版。無表情。緊張しているのか強張っているの?
カウンターは常連文化でもある。異国のまして中国の一見客には冷たいのかも知れない。
中国語のメニューが出された。一緒に「上がり」も出された。食事とお酒を合わせることはしないようだ。右の彼女は野球帽を逆さに被っている。寿司屋に来るならもっと食文化とか調べてくれば面白い筈だが。勉強不足?
直ぐ帰ってその後も中国人。今度は若いカップルだ。一見して中国人だと分かった。彼らもスマホを片時も離さない。
達はリズムよくカウンターの居心地に酔っている。最初から握りをつまんで「光りもの」「貝」を一巡食べ尽くす。生ビールが丸の内から銀座へ至る散策の疲労的渇きを癒やす。美味いな。美味しいな。マー君も立派になったなぁ。嬉しい・・。そんな気分の総合的な立体的な高揚感がある種の自由を得たのである。人は自由になると語り出すものである。
「どこからきたの?」
「いつまでいるの?」
達は隣の大人しそうな彼氏に話しかけた。別に嫌そうでもなく。顔を達に向けて何か言った。すぐ彼女のほうも話に加わったかに見えたのだが。笑うと凄く愛嬌のある女子である。嫌いではない。
達の蛮勇にいつしかアサミさんも参戦して英語で達の喋った内容を言い換えてみたりしたのだが。通じない。カウンター文化の壁が厚すぎたのかそれとも・・。
何かが我々に足らない?
そう寿司職人の当意即妙なトークがなかったから?
ホールの遣り手女子のおもてなしもなかったからか。
中国女子はキャノンの一眼レフを取り出し寿司を撮影した。達も対抗してIXYを撮り出した。爆買いの片鱗を見せる中国女子。お寿司は美味しいですか?カウンターは楽しいですか?
銀座の夜である。しかも日曜。なのに・・。
七十過ぎの老人が二十歳代の美しい女を同伴してカウンターの真ん中に座った。
キャバクラの同伴出勤でもなく多分、ホテルへ行く前の腹ごしらえであろうか。達は老人を密かに「会長」と内心呟く。一見すると女は素晴らしく素敵なのだが悲しいかな乳房は魅力不足に平坦貧相であった。よく見るとメイクも減なりブルーがかったアイシャドウがセンス無し。
まぁいいや。情事の前の寿司三昧である。つまみは貝類が中心とならざる得まい。行為の前のイマジネーション。リアルに腥い。リアルに目の前。しかも胃袋に入っていく。嚥下嚥下。会長の唇が卑猥に歪んでいる。赤貝なのかミル貝なのかツブ貝なのか貝のエキスが腔内に充満する。女も同じ貝を食べている。自分の貝に回り回って同化一体となるはずだった。その前に貪欲な会長の唇や舌にエロスがエキスと合わさる瞬間がもう間近だった。
休日のお伴は銀座の寿司屋に限る。気怠い昼下がり。銀座のパーラーで待ち合わせ。宝石にアクセサリーそして高価な服を何着も買い込んで、「さぁ寿司を摘もうか」「その後は・・おまかせだぞ・・」
でもこれでは有り触れた誰でも思い浮かぶ安っぽいドラマのアウトラインでしかない。そう銀座の夜の物語は街場の駅前バルとは違うのだ。ここ銀座は国際都市東京の一番洗練された空間である。しかも寿司は日本が唯一世界に発信できる飲食文化なのである。
中国カップルと会長カップルがミックスする。会長が一眼レフを持った愛嬌のある中国女と同伴しあのグラビア女優の華やかでセクシーな日本ガールが中国人の兄さんと隣同士。
そうこの寿司屋は同伴ハプニングなカウンターが名を馳せる。
会長は中国大陸への進出を遅まきながら目指している。グラビア女優の彼女はその「具」である。寿司で言えば「ネタ」である。
接待の最高のおもてなしは「官能」であるから女体モリモリをカウンターの並行空間で行う。カウンター席取り合戦である。
盛りから隣り。寿司から隣り。
(了)
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