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ノベル『路地で待ってる』

 記憶の彼方は未来の出口でもないけど。時間を考えるのが好きならば、思い出の場所でのもしかしたらを考えてもいい。特殊な場所には特殊な時が流れるからだ。そんな特別な思いが込められた時と場所が祭りとなる。現在の思い出と未来の記憶は創造的主体の感覚の奥底の循環や円環から類推する時。内在する内的な必然と同時共時の青春ライブ。祭りは密やかな私事と集合離散の時空物語だ。交歓と音響。イメージとメモリー。

 恋の思い出。夢想でも妄想でもない。面影の思惑。思い出の改竄。記憶の成就。願望と切望の間の切ない欲望。ノスタルジーとジュブナイルは美化される。記憶も思い出もみな美しい。でも切なさ。青くて硬さ。

 時を巡る。荒神堂路地祭へ向かう。電車で向かう。サキさんは島から連絡船でやってくる。同じ吹奏楽部のサックスパート。サキさんは早生まれの一年先輩。僕はずっとサキさんが好きだった。後輩として。

 時は遡る。夏休みの朝。小学校の頃、家の近くの荒神社の広場でラジオ体操をやった。ラジオ体操カードがぶら下がる柱には虫籠がある。その中でカブトムシがじっとしていた。きゅうりが少しくぼんでいる。八月の終わりにいつもカブトムシは死んだ。クワガタは飼わない。夏休みはカブトムシと一緒に過ごした。カブトムシには小さな虫がたくさんくっついていた。

 サキはパートリーダーだ。スラッとしたアイドル系の可愛さ。島に暮らすガール。遠距離通学と言っても船で本土に渡ってバスに乗り換えて駅前まで。約一時間くらい。

 僕は自転車で十数分だ。まだ校舎が駅界隈の城址の中にあった頃。三年になって移転するまでの話。最後の校舎、最後の部室はプレハブ。サキの最後の定演。

 初めて密かに二人っきりで会ったのは城の裏の公園だ。毎日、サックスの練習。いつも一緒に練習した。城壁の石垣に向かって基礎練習を繰り返した。

 音がなる。サックスが震える。まるで青春がこだまする。高校生の音楽祭。青春サックス。

 路地って何か隠微な場所だ。狭すぎて薄暗い感じ。商店街なんだが海に通じる。独特な地形だ。山麓に長く伸びる尾根のような海伝いの稜線のような本通りをクロスする路地が祭りの会場となる。山陽本線と国道が平行に沿岸に沿って走る。

 初めての行為を目論んでいた。クラブの練習とは違う息遣いと肌触り。楽器を通じた音の交わり。心の琴線が解きほぐされてサキだってそうだったはずだ。

 あれから歳月は流れた。

 サキは看護師になった。全寮制の看護学校を卒業して資格を取得して大学病院へ就職したのだがセクハラとパワハラで退職して無職になった。そろそろの婚活もバカらしくなってふるさとの島へ戻った。本土から島へ。

 しばらく海岸や島山をぶらついた。孤島というわけでも離島というわけでもなく本土とは橋梁で繋がっている。

 車の運転免許を取得して市街地へ遊びに出かけた。高校のクラブの後輩の藤崎達仁とデートした。同じサックスパートだった。

 サキは達仁に処女をあげた。

 達仁は童貞をサキに捧げた。

 サキは達仁と性交するのが大好きだ。

 あの路地祭からその後も、いろいろな場所で楽しんだ。

「なぁ達仁くん。うちのこと欲しゅうなたぁ?なぁうちのこと欲しゅうなったぁ?」

 美乳ながら微乳の。長身ながらO脚の。サキのバディが大好きだ。切ない思いが相まっていやまして相性も合う。思いっきり精が出ちゃう。何回も逝った。恥ずかしがりながら。ちゃっかりオーガスムに達した。達仁と達した。ふたりで達した。どっちもどっち。

「あの路地で祭りがあるんよ。また行ってみん?」

 路地ってどこって。あぁ荒神堂通り。

 近くのホテルに泊まりたい。

 サキは島から船で向かう。

 達仁は山陽本線の在来線で行く。

「パンティ履かんけぇ。すぐできるけぇええじゃろ?」

 サックスの練習が終わってみんな帰ってからお城の裏で抱き合った。もう夕暮れだ。お城は電灯が少し暗い。サキはバスの時間を気にしながら素早くスカートをめくった。

「早よ。早う」

 急かすけどせがんじゃう。

 急がすけど慌てちゃう。

 サキは純粋だ。エッチも好きだ。清純な少女が医療の現場臨床の最前線のナースになった。

 ふたりは路地で落ち合った。

                                 (了)

 

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