2.13の奇蹟
あの日、勝利を掴んだあの瞬間、私はガッツポーズを取ることが出来なかった。
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2022年2月13日はファッション誌『Zipper』の復刊に伴う専属モデルオーディション第2次配信審査の最終日だった。
Zipper専属モデルオーディションは
・書類審査
・第1次配信審査
・第2次配信審査
・撮影審査(最終審査)
を経てグランプリに選ばれた1名だけが1年間Zipperの専属モデルとなれる。
第2次配信審査を通過し最終選考へと進めるのは第1、第2次配信審査のZipper選抜ブロック、ミクチャブロックそれぞれから獲得ポイント合計1位と2位の2名づつ、及びミクチャブロックから審査員が特別に選んだ3名の計7名。
また、ミクチャブロックはA、B、Cの3つの小ブロックに分かれているが、それぞれの小ブロックにおける第2次配信審査1位通過者は特典としてZipperに見開き4ページ掲載される。
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私はこのオーディションにミクチャCブロックで参戦していたTnaka(てぃーなか)を応援していた。
2月13日は17:00から配信を開始、ポイントは45万でCブロック2位、1位のれんれんちゃんは午前中から配信を開始しており、この時点で既に80万台だったと記憶している。
ミクチャの配信でポイントを獲得する方法は単純で、配信を観ているリスナーが、アイテムを投げる、スタンプを送る、スパコメと呼ばれるコメントをする、つまり「コイン」を使用すると、使用したコインと同数のポイントが獲得できる。
※イベントによってはポイント1.2倍デーなどもある
Tnakaは元々ライバーではなく地下アイドル現場などで活動するアーティストで、憧れのZipperのモデルになるチャンスを掴むべく配信審査のためにミクチャを始めた。
応援するリスナーも基本的にはもともとTnakaのファンだった、平たく言うとTnakaオタク達であり私もその一人だ。従って応援する側もミクチャ初心者だった。
最終日開始時点でファン数凡そ650人、それに対してれんれんちゃんはファン数2~3,000人、今まで積み上げてきた基盤もノウハウも圧倒的に上だった。
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この日Tnakaは配信前から泣いていた。
ライバルは明らかに格上、しかもこちらも応援したくなるような可愛らしい小学生。しかしTnakaはZipperへの憧れもあり、オタクに経済的負担もされている手前弱音も吐けない。それでいて自分が勝ちに行けばオタクはさらに負担をしてくれる。それでも勝てない公算が高い。
なんとかこれ以上負担をかけずに審査員特別枠で入選出来ないかという考えも脳裏をよぎる。
そんなぐちゃぐちゃな感情で配信開始前から泣いていた。
Twitterに
"開始早々泣くかもしれん😂笑ってくれ。
草投げてくれ"
と呟いた。
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配信開始。Tnakaの目は赤い。草(4ptアイテム)が投げ込まれる。
我々応援者も無料コイン収集、Twitterでの告知などで集合、無料コイン支援を呼び掛ける。
18:30最初のリトボ投入。
配布総額は2~300程度。
あまり人が集まっているようには思えない数字だった。
リトボは継続せず人を集めながら時間を置いてもう一度リトボを投げようと考えた。
幸いTnakaと"界隈"のオタクとの間で会話は途切れない。
人気配信にはじわじわ食い込んでいく。
19:30、2回目のリトボを投げる。結果は振るわなかったが他のリスナーからもリトボが投げられた。
そこから何となくリトボが続けて投げられた。
この時点で1位陣営は90万まで着実に上げていた。一方こちらは53万。離されないようにポイントを積むたびに突き離される。
最終日は22時まで。点差を縮めたければ攻勢に転じるしかない。どうせ投げるならリトボを投げよう、勝てる算段はついてないけれど。
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リトボを投げる度にTnakaの「ありがとう」に涙が混じりそうになる。草が投げられる。「ハズレでした。ありがとう」のコメントが書き込まれる。Tnakaがそれを読み上げる。リトボが投げられる。その繰り返し。
なぜだろう。なんだか楽しくなってきた。
そして同じことを繰り返しているが少し様子がおかしくなってきた。
ファンポチが途切れない。「ハズレありがとう」がたくさん書き込まれる。
見るとファン数がぐんぐん伸びている。
人気配信の順位もどんどん上がっていく。
自分はこの時「配布されたコインの何割くらいがTnakaに還元されるのだろう。まあ多くの人にTnakaの笑顔を観てもらえてるならそれでいいか。」などと言い訳混じりに考えていた。
しかしながら配信の空気は違った。
草投げるのが楽しい。ずっとハズレてる人がいるのが面白い。Tnakaも思わず笑ってしまう。
奇祭「草祭り」が始まっていた。
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「またハズレた」「ハズレ界隈」「ハズメン」「ハズレが当たった」コメントが飛び交う。草も飛び交う。
みんなTnakaの配信で楽しんでくれてる。人気配信順位も上がっていく。
ファンはとっくに1,000人を超えている。
気付けばポイントも89万まで上がっている。
全く予想外の事態が起きている。
私はもう一台のスマホでれんれんちゃんの配信に参加した。
れんれんちゃん陣営は100万の大台に乗った。
試しに90万まで上げてみる。
れんれんちゃん陣営は更に積み増してくる。
向こうのサポーターもこちらの数字を意識していると感じた。
自分がムチャをすれば届くのか?
ギリギリまで粘るとサーバーが落ちてアイテムが投げられなくなるかもしれない。
時間に余裕をもって追い越せば逆転されるかもしれない。
みんな自分の意思でコインを使っている。リスナー間での調整はしていない。この先誰がいくつアイテムを投げるか分からない。
自力で勝つには何pt必要?
5万、7万のライフルで届く?大砲が必要?
大砲を撃つとしていくらの?
10万?15万?20万?30万?
時刻は既に21:30を回っている。
コインチャージは一度に1万までしかできない。
大砲を撃つにも時間がかかる。
撃つならそろそろチャージし始めないといけない。
チャージしたらもうミクチャでしか使えない。
Tnakaのためにミクチャを始めた私は事実上この配信でしか使い途がない。
チャージするなら撃たなければならない。
撃つなら相手を大きく上回らなければならない。
「2位でも審査員特別枠に入れるかも」という気持ちがよぎる。
決断をしなければならない。
勝算はまだおぼろげ。
決断は出来なかったが脳の一部だけでチャージを始めた。
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20:45頃だっただろうか、れんれんちゃんが激しく動揺し始めた。音信不通になって心配してた人がコメントをくれたらしい。嬉しさのあまり泣いている。
私はチャージを続けながらポイントが離され過ぎないようにアイテムを投げたりリトボを投げて途切れないようにしていた。
本人はリアルタイムでポイントを見てなかったかもしれないが、離されずについてくる私達は激しく動揺しているれんれんちゃんをさぞかし苦しめただろう。
心が痛い。
チャージは貯まらない。
21:50を回る。
まだ逆転の準備は出来ていない。
自分はひたすらチャージを続けている。
ここでサーバーがダウンしたら今までのチャージが全部無駄になる。
リトボは止めたがアイテムを投げられるかどうかは運に任せた。
チャージが出来なくなる。カードの限度額に達した。
21:55を回る。
別のカードを登録する。
21:57、チャージが15万に達した。
しかし今撃ってもギリギリ逆転出来るくらい。
相手方陣営では宝船などが投入されている。
れんれんちゃんは極度の動揺で過呼吸を起こしてしまっている。
我々の陣営に助け船が入る。
自分以外のメンバーが1万クラスのアイテムをいくつか投げてくれた。
ベースが上がった。届く。
21:59を回る。
21:59:30に撃とうと決心した。
その時同じようなことを考えてた他のメンバーが15万の大砲を撃った。
私はここで「勝った」と思い、さらに自分の15万砲を上乗せした。
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気付けばファンの数は2,500人を超えていた。
ポイントは170万を超えたのが見えたが22:00を過ぎたらなぜか130万くらいの表示になっていた。
イベントのバナーは消えていた。終了済みの方に移っていたことに気付いてなかった。
明確な確認が取れず、勝ったのかな?とみんな戸惑っていた。
私は勝ったと分かっていた。
苦しむれんれんちゃんと相手のポイントを見ながら、逆転したのを確認した後でダメ押しの15万を積んだのだから。
勝利が確認できても驚きはない。
ただれんれんちゃんの苦しそうな姿を眺めている。
ガッツポーズなんて出来るはずもない。
審査員特別枠に選ばれる自信はあった。
Tnakaの生み出すカルチャー、Zipperへの畏敬、どれをとっても文句を言われる筋合いの無いものだと信じていた。
審査員がしっかり配信を見ていてくれたなら絶対に選んでくれる。
それでもポイント争いの手を抜くのは違うと思った。
それをしてしまうとさっきまでの自信が言い訳に変わってしまう気がした。
何よりTnakaを笑顔にするためにバカ騒ぎがしたかった。
たまたま祭りが盛り上がってしまったから、勝ちがチラッと見えてしまったからデッドヒートになった。
かのっちちゃんがCブロックにいたらまた違っていただろう。
TnakaがCブロックを1位通過した時、私はしばらく虚無の顔をしていた。
少しして、れんれんちゃん陣営の主軸の方々が挨拶コメントを書いてくれた。
配信バトルに不馴れな私がれんれんちゃんに挨拶に行けたのは後日になってしまった。
2日後の結果発表でTnakaは審査員特別賞を受賞し、最終審査へ進めることが決定した。
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