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モンテッソーリとの出会い
我が子がおぎゃあと産まれたその日から、
母という名のシートベルトを装着させられ、
訳もわからぬまま育児という名のジェットコースターに乗せられ、怖くても降りることはできない。
ジェットコースターは楽しいけど、休み休み乗らせてくれ、頼む…。
母親業新人時代の私はそんな心境でした。
今まで人生のハンドルは自分が握っていたはずなのに、突然助手席に乗り込んできた小さな生命体にハンドルを取られて、ただただ戸惑っていたのです。
コロナ禍で人に会えなくなる日々
友人達も母となり、良き相談相手になってくれ
友達と会うのが何よりの息抜きだった。
なのに、そんな日々もコロナウィルスにより吹き飛ばされてしまう。
目の前の赤子を育てていくにはあまりにも不安。
SNSを覗けば、キラキラ育児ママが眩しくてラピュタのムスカ状態(目がぁぁぁぁ)
ダメだ…なんか自分の指針となる浮き輪を見つけなくては、育児という海であっぷあっぷしてしまう未来が見えすぎている。
そんな頃に出会ったのが、育児本を買い込んでいた左脳派タイプの夫セレクションの中にあった「お母さんの敏感期」という本だった。
上の本がとっつきにくいと感じた方は、この本が入門編としておすすめです。
モンテッソーリ 教育ってなに?
子供が生まれた時から、なんとなく漠然と子供が乗りたいと思ってる波が来た時に背中を押してあげれられる親になりたいなあと思っていました。
そんなぼんやりした気持ちがまさに言語化と体系化されていたのが、私にとってのモンテッソーリ 教育だったのです。
100年以上前にイタリアの医師であり教育者であるマリア•モンテッソーリ が生み出した教育法で、子供の成長過程に生じる「敏感期」に適切な環境を用意することで、子供本来が備えている力を引き出すというもの。
とても簡単に言ってしまうと子供が主役であくまで親はサポート役という考え方。
それが放任主義の両親に育てられた自分にはとてもしっくりきたのです。
「敏感期」を知り気持ちが少し楽になる
モンテッソーリ では「敏感期」と呼ばれる成長過程で特に対象の領域に関して敏感になっている時期があります。
詳しくは、ずぼら知育さんのページがとてもわかりやすい解説になっていたので、ぜひチェックしてみてください。
特に私がそうだったのか!!!と目から鱗がボロボロしたのが、
「感覚の敏感期」と「秩序の敏感期」
感覚の敏感期は五感を刺激するものに惹かれたりするもので、0歳から発動します。
わざとテーブルに水をこぼしてその水を叩いたり、手で食べ物をこねくり回したり、赤ちゃん時期に「もおおやめてくれよおおお」と叫びそうになっていた行動の理由はこれによるものでした。
さらにさらに、よく言われる「イヤイヤ期」はまさに「秩序の敏感期」そのもの。
「いつもと一緒が何より大好き」な時期に、
いつもと違う足から靴下を履かせようもんなら大号泣。
違う道で保育園に行こうとするとそうじゃない。
いつもはここで絶対葉っぱを拾うのに今日は拾えなかった。
ギャーギャー泣かれて主張する理由の大部分はこれによるものでした。(早く知りたかったぜベイビー)
だからといって、毎度仏の気持ちで
「そうか今敏感期だものね」と目尻を下げて
見守れるわけではないけど、
とりあえずの取説的なものが知れたことは、第一子の五里霧中育児中の私には大きな安心材料となりました。
もし、これを読んでくださるお母さんで、敏感期を知ることで少しでも気が軽くなってくれる方がいるとしたら嬉しい限りです。