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チャドウィック・ボーズマン/42/スパイダーバース/ブルックリン

誰かを弔うのにタイミングと言うものはありません(墓参りは毎日でも出来ます)。まずは、2020年8月28日に亡くなったチャドウィック・ボーズマンのご冥福をお祈りします。

私は俳優やクリエイター自身のことについてはあまり存じ上げず、作品を通してしか知ることがありません。私にとって、チャドウィック・ボーズマンはずっと「ジャッキー・ロビンソンの人」と言うイメージでした。

ジャッキー・ロビンソンは近代メジャーリーグで初めてメジャーリーガーとなった黒人の野球選手です。ニグロ・リーグ(黒人のみの野球リーグ)からマイナーリーグを経て、1947年に「ブルックリン・ドジャーズ」に入団しました(当時のドジャーズはロサンゼルスではなくNYのブルックリン区が拠点でした)。

そして、亡くなったチャドウィック・ボーズマンが映画『42〜世界を変えた男〜』(2013年)で演じたのが、ジャッキー・ロビンソンその人なのです。

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なので私は「ジャッキー・ロビンソンの人がJBを演じているな〜」とか、「ジャッキー・ロビンソンの人がブラックパンサーなのか〜」と思っていたりしました。

野球選手時代のジャッキー・ロビンソンを知るには、是非『42〜世界を変えた男〜』を見て下さい。名作です。タイトルになっている「42」とはジャッキー・ロビンソンの背番号です。

彼の功績は野球界を超えて、アメリカの人種分離政策(所謂ジム・クロウ法)の撤廃に向けた活動に大きな影響を及ぼします。彼は1957年に野球選手を引退後、50年代から60年代にかけて公民権運動に参加しました。彼は人種統合を掲げ、分離主義者であったマルコムXらと対立しつつも、分離政策に阻まれていた黒人の社会的地位向上に貢献しました。


話は変わりますが、筆者が初めてジャッキー・ロビンソンを知ったのはこの曲のイントロです。
「The Crooklyn Dodgers - Crooklyn (1994)」

PVを再生するとまず現れるのは、ボクシングのマイク・タイソン。次に現れるのがバスケのマイケル・ジョーダン(筆者も調べていて今初めて知りましたが、94年当時は野球選手に転向していたそうです)。彼らは共にブルックリン出身です。

そして、ビッグネームの彼らに続いて登場するのが、ブルックリン・ドジャーズ時代のジャッキー・ロビンソンです。白黒映像の野球実況をサンプリングしたイントロから、楽曲が始まります。

この楽曲はスパイク・リー監督の映画『クルックリン』(1994)のサントラに収録されています。『クルックリン』はスパイク・リー監督自身が育った、70年代のブルックリンを舞台とした家族の物語で、スパイク・リーらしい赤裸々な生活の様子や、多人種が住むNYに当たり前のこととして存在する人種間の軋轢が描き出されています。(ちなみにクルックリン(Crooklyn)とは、「盗む」や「詐欺師」を意味するCrookとブルックリン(Brooklyn)をかけた言葉です。本作を見れば意味が見えてくると思います)

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そのサントラに収録されている「The Crooklyn Dodgers - Crooklyn」もまた、ブルックリンを象徴する1曲であり、94年当時のブルックリンを代表するラッパーであるSpecial ED、Buckshot、Masta Aceの3人がクルックリン・ドジャーズ(The Crooklyn Dodgers) を名乗り、マイクリレーする豪華な一曲となっています。

この楽曲でジャッキー・ロビンソンがサンプリングされているのは、紛れもなく、ブルックリン出身の黒人である彼らにとってジャッキー・ロビンソンが象徴的なアイコンであるからに他なりません。

//(全然関係ない話なんですが、『クルックリン』のエンドクレジットでは70年代のテレビ番組「Soul Train」の映像に乗せて、94年のヒップホップである「The Crooklyn Dodgers - Crooklyn」がかかるのですが、そのミスマッチっぷりが中々に印象的です。後にラップグループのMigosが、おそらくこのエンドクレジットにインスパイアされたと思われるとんでもなくミスマッチなSoul TrainパロディのPVを発表しています→「Migos - Walk It Talk It ft. Drake 」(2018))

//(スパイク・リー監督作品を全く見たことがないという方へ。話の文脈上『クルックリン』を紹介しましたが、彼の作品でまず見るべきは間違いなく『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)です。これもブルックリンが舞台です)


また話は変わりますが、2019年にブルックリンと深く関わるアニメーション映画が公開されました。
スパイダーマン:スパイダーバース』です。(以下スパイダーバースのネタバレを含みます

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主人公のマイルズ・モラレスはブルックリン出身という設定です。これは本家のスパイダーマンであるピーター・パーカーがNYクイーンズ区出身であることと、パラレルの関係にあります。(ブルックリンとクイーンズは隣り合った区です)

実際、映画冒頭で見られるマイルズ・モラレスの実家は、ブルックリンに実在するブラウンストーン建築のアパートです。

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また、マイルズ・モラレスにとっての「おじさん」にあたるアーロン・デイヴィスが登場する際に流れる(と言うか、彼がレコードをかけている)曲は、ブルックリンを代表するラッパーであるThe Notorious B.I.G.の「Hypnotize」です。

「The Notorious B.I.G. - Hypnotize (1997)」

この曲はリリックの内容も「俺はブルックリンのヤベー(sicker)奴だぜ」とボースティングするものです。(また、この楽曲はThe Notorious B.I.G.の死後にリリースされたアルバム「Life After Death」からチョイスされていることを考えると、アーロンの死を暗示しているとも取れます)

そしてもう一点、『スパイダーマン:スパイダーバース』がブルックリンの映画であることの証左があります。それが劇中に何度も登場する「42」と言う象徴的な数字です。

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筆者は未読ですが、原作でもマイルズ・モラレスを噛む蜘蛛の検体ナンバーが「42」だそうです。何故これが「42」なのかと言えば、言わずもがな、これはジャッキー・ロビンソンの背番号「42」です。

ここまでこの記事を読んだ方なら、ブルックリンの黒人少年であるマイルズ・モラレスを象徴する数字が、ジャッキー・ロビンソンの背番号「42」であることに合点が行くかと思います。

(中には「あれは銀河ヒッチハイク・ガイドの42で、よくあるイースターエッグだ」と言う説明も存在していますが、全く違います)

メジャーリーグでは2004年以降、ジャッキー・ロビンソンの功績を讃え、彼が初めてメジャーのマウンドに立った4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」とし、希望する選手全員が「42」の背番号を付けてプレーします。(この「儀礼」は『スパイダーマン:スパイダーバース』の「マスクを被れば誰でもヒーローになれる」と言うメッセージと無関係では無いと筆者は思います)

チャドウィック・ボーズマンが亡くなった2020年8月28日は、奇しくもコロナの影響で延期されていた「ジャッキー・ロビンソン・デー」だったことは、再三伝えられていることかと思います。

延期を受けて設けられた8月28日は、ジャッキー・ロビンソンが彼をブルックリン・ドジャースに引き入れた当時の会長ブランチ・リッキーと初めて会った日にちなんでいるそうです。その経緯についても、映画『42〜世界を変えた男〜』で描かれています。

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以上、チャドウィック・ボーズマンの死を契機に頭に浮かんだ、一人の野球選手、ブルックリンと言う街、そこから生まれる象徴性、それらを表現した作品について書いてみました。

チャドウィック・ボーズマンはブラックパンサーしか見たことがないと言う方も、是非一度『42〜世界を変えた男〜』をご覧になってみると如何でしょうか?(まぁブラックパンサーはブラックパンサーで、そりゃもう重〜い文脈がわんさかあるんですがね!)

以上

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