フィンランド航空の機内で出会ったエストニア人
旅の思い出で一番印象に残るものはなんだろう?
見たかった景色、絵画、建築物、街の様子、食べ物、匂い…。色々あると思うが、私にとっては「人との出会い」が一番思い出に残っている。どんな景色だったかを忘れてしまうことはあるけど、どんな人と出会ったかを忘れることはない。
私は一人旅が好きで休暇がもらえればヨーロッパ各地を旅していた。各地、と言ってもイギリス好きの私の目的地には毎回ロンドンが入っていたのだが。
それはさておき、一人旅をしていると誰かと一緒に旅行をしているときよりもはるかに高い確率で人に話しかけられる。怪しい人もいるのでそこは要注意だが、出会った人々の中にエストニア人がいた。
もう4年くらい前の話になる。フィンランド航空でイギリスへ旅行をした帰りのヘルシンキ空港から日本へのフライトに搭乗したときのこと。私はいつも通路側席に座りたいので、事前にウェブチェックインをして座席を決めようとしたところ、残り1席、2席くらいしか空きがなかった。あわてて真ん中4列シートの通路側席を選択し、無事確保できた。
実際に飛行機に搭乗すると、案の定機内はほぼ満席だったが、自分の座席の隣2席が空きで、反対の通路側席には別の乗客がすでに座っていた。この2席に誰も座りませんように…と祈ったのも束の間、ガタイの良い欧米人2人組に「通してくれるかい?」と聞かれてしまった。そう、この2席の空きは彼らのものだったのだ。私は一旦通路に出て、彼らが窮屈そうに4列シートの真ん中2席に座る様子を見届け、自席についた。
実はこの時、内心ドキドキしていた。この欧米人2人が真ん中の狭い座席に押し込められているのに対し、通路側席に悠々と座る私は日本人のなかでも背が低く小柄なほうなので、席を変わってあげた方がいいではないかと思っていた。でも、自分がせっかくウェブチェックインをして勝ち得たこの座席を手放していいのか?自分の好きなタイミングでトイレに行きたかったんじゃないのか?という葛藤にぶつかる。
一人で悶々と考え込んでいると、その欧米人が突然話しかけてきた。
「どこ出身なの?」
「日本です。あなたは?」
「僕たちはエストニア出身だよ」
バルト3国の1カ国ということ以外、エストニアに何があるのか、何が有名なのか全く検討もつかなかったので、へぇ〜、と相槌を打つだけで終わってしまった。きっとフィンランド航空が彼らにとって距離的にも便利だからこの飛行機に乗っているのか、ということくらいは推測できた。その後、ドリンクと機内食のサーブが始まった。2人はビール、ビール、ビールと食事が終わってもなお飲み続けていた。着陸の直前まで飲んでいたような気がする。やはり遺伝子的に寒いところに住む人たちはお酒がめっぽう強いのか、と感心したのを覚えている。
そんな彼らと様々な話をした。もう何年も前の話なので全ては覚えていないが、印象的だったのは日本の満員電車の話。他人との距離が0メートルで、電車の中に押し込められるのは本当かと聞かれ、都市部の中でも特に東京はそうだと答えた。私は関東地方に住んだことがないので、東京の特にコロナ前の満員ラッシュの悲惨さを体感したことがない。それでも、他府県の都市部に通勤していて、他人と肌が触れることはなくともぎゅうぎゅうの状態の車内で毎朝を過ごしていたので、その不快さを2人に説明した。
すると、2人はそんなのエストニアじゃ考えられないねと言って、まず人と密着することもなければ土地が余っているから、基本的に車通勤でその辺に車も停めていいんだよと教えてくれた。今調べてみると、エストニアの人口密度は29.41人/km2に対し、日本は349.29人/km2 という圧倒的な差。そりゃあ国土を広々と使えるだろうなと今となっては思う。
飛行機は日本に到着し、お互いに別れを告げたあと、私は家路へ、彼らは旅へとそれぞれの道へ進んだ。彼らが日本でどんな時間を過ごしたのか、何を感じたのか、今となってはわからない。満員電車に乗って日本のことが嫌いになっていなければいいことを祈るばかりだ。