息子の独り立ち。大学寮へ。
秋の気配がする爽やかな晴天に恵まれた9月中旬の週末、息子は大学寮へ入寮した。
5月末から長い夏休みで、準備期間は十分あったはずなのにやっぱりいつでもラストミニッツにバタバタする私達。その上8月中旬に息子がコロナに感染し、新生活の準備は引っ越しの一週間前に怒涛の様に済ませた。月曜日は息子専用のラップトップも無かったので買いに行く。とりあえず学生として最も重要なものを手に入れて一安心。寮で使うベッドシーツや調理用具、古くなった靴やフットボールブーツも新調。買い物は楽しいが、ふと寂しくもなり複雑な気分。買い物の途中で何度もウルウルした。
なぜか「北の国から」で純が上京するときに駅まで送ってもらう運転手さんに、泥だらけのシワシワの1万円札を渡した田中邦衛に心を馳せる。田中邦衛に感情移入。
いろいろ買った買った。
コロナから回復して1か月近いのに、まだ咳が出る息子。少しでも原因を取り除こうと新しいデュベカバーやシーツも念のため洗濯。新生活をなるべく快適に過ごしてもらいたい。
同時進行で簡単な料理も教えた。料理は生きる上での重要なスキル。人は必ず毎日食べなければならない。分かりきっている事なのにできない人も多い。できなければ毎日他人に依存しなければならない。自分で調理できれば日々の生活が楽になる。
土曜日の午前中に家を出た。息子が生まれてから19年近くずっと暮らした家だ。正直ラフなエリアだ。もっと環境の良い地域に引っ越そうかと何度も考えたが、息子はこの家が好きだと言ってくれていた。
高速道路で北へ北へ。途中で事故があり、予定より大幅に遅れて寮に着いたのは18時過ぎ。部屋を整え、近所のピザ屋で夕食をとり、夫と私が予約したホテルへ着いた時は日付けが変わろうとしていた。ホテルでも息子は寮で寒くないかな、足りないものはないかななどと考えてしまう。本当に過保護でダメ親だなあ。
寮のメインビルディング。息子の棟はもっと新しい。
なかはこんな感じ。狭いけど機能的にできている。
次の朝、寮で待ち合わせ。実は希望した寮に入れず、入寮したのは大学から一番遠い寮。しかしそれだけあって、周囲の環境は静かでマナーハウスを改造したちょっとしたホテルの敷地の様。周辺を歩くと大学のフットボールやホッケーのピッチもある。遠いのがちょっと心配だが、スポーツ好きの息子には良かったかも?と自分を納得させる。
車は置いてバスに乗って大学まで行ってみる。先ず見えたのは立派で綺麗な建物。なんだかわからないがとりあえず記念撮影。日曜日なのに開いていたので中に入ってみたら図書館だった。
天井が高くて素晴らしい建築。美術館みたい。古いが手入れが行き届いており埃一つない。こんなに高い天井から吊り下げられている照明をどうやって掃除するのだろうなどと庶民は考えてしまう。後から知ったがこれが大学のランドマーク的な建物だった。偶然最初に入ったが、えらく感動する事ができて良かった。
教授らしいの方々の肖像画。
図書館を出て学内を探検。古い赤レンガの建築。ここが大学が出来た頃の元祖の建物かな。
次に学食があったので入ってみた。ここも日曜なのに開いていた。安くて野菜もいっぱい。ここでも安心する。学生のお腹を満たすために面倒を見てくれているんだね。ありがたやありがたや。また少し涙が出てきた。バカ親です。
ローストチキン。とりあえず野菜沢山でありがたい。これで5ポンド位(約750円)。イギリスでは格安です。
日曜日なのでキャンパスは空いていて歩きやすかった。古い建物だけでなく新しい建物もある。スポーツホールの中を見ると、25mプールまである!
探索の途中、元教授だったという人に出会った。話好きな人らしく、周囲の建物の説明をしてくれた。それによると大学は周りの土地を買いどんどん拡大していったが墓地にだけは手をつけられず、静かな空間として残っているとのこと。新しい立体駐車場は1200万ポンド費やして建設されたそう。なんか1200万ポンドを強調してて面白かったが元教授はきっとこの駐車場建設には賛成でなかったのだろうな。
息子の大学はオックスフォードやケンブリッジといった最高峰の大学ではないけれど、ラッセルグループと呼ばれるイギリスの研究型大学で構成される24校の大学群の1校。
キャンパスはどこを見ても綺麗だし、とても余裕があると言うか潤沢な資金がある雰囲気を感じた。後で調べると、国の大学研究助成金の2/3をラッセルグループが得ているらしい。英国には大学は100校以上あるのにたった24校に2/3!
私もイギリスの大学で勉強したが、その(ラッセルグループではない)大学が資金繰りに苦労してそうだったのとはえらい違い。
世界中から人が集まる、定評のあるイギリスの大学教育、その歴史と国の教育研究にかける本気度を肌で感じた。
広々していて綺麗で、もちろんアカデミックな雰囲気が感じられて、なんだか本当に良かったなあ、と思った。良かったねえ、本当に良かったねえ、と息子に何度も言う私。 ロンドンの方が都会の筈なのに、田舎から上京して綺麗な大学を見てキョロキョロする田舎から上京した親みたい。
後から調べるとキャンパスの総面積は100エーカー(東京ドーム8.5個分)だそう。
そのままシティセンターまで歩き、日用品や食品など、足りないものを購入。戻ると寮主催のウエルカムバーベキューが開催されていた。息子はジョインして寮で第一夜目を過ごす。私達はホテルでもう一泊。
翌日は月曜日でフレッシャーズウィークの初日。私達はロンドンに帰る前にもう一度学食で腹ごしらえをして行こうと例の1200万ポンド駐車場に車を止めた。最後に校内でまた息子の写真をパシャパシャとっていたら、息子の表情が明らかにウザそう。そうだよね、昨日と違い今日は沢山学生がいるし、気が付けば親と来ているのなんて彼だけだった。ごめんごめん。
私、いつの間にこんなに不器用でダサいオカンになったんだろう。
(息子、目が死んでます。早く解放されたいとい言う心の叫びが聞こえてくるよう。Embarrassing と顔に書いてある。)
ランチ後、息子は同じ高校だった友達と落ち合う予定だそうでここでお別れ。親はここで消えるから安心してくれ。ここでいいよ、じゃあね、と言ったが息子は駐車場まで送りに来てくれた。
車に乗るまえにハグ。軽くハグ。……のつもりだったが、思いの他、息子ががっしりとつかんでくれた。なかなか離れようとしない。え?これは想定外。これって私のため?それとも彼が離れがたいの?まさかね。
ようやく離れた息子の目を見て私は言う。
「完璧ではなかったけど、私はあなたを育てるのにベストを尽くしたよ。あなたもここで3年間、ベストを尽くしてね。」
言い終わらないうちに涙が出てきた。
見ると息子の頬も濡れていた。
「ありがとう」
彼に言われた。
「(私の子供として生まれて来てくれて)ありがとう」
と私も返した。
車に乗り込み、最後は笑顔で
「また来週末に戻って来るよ!もっとウザがられるから覚悟しておいてね!」
と息子を恐怖のどん底に陥れる。(もちろん行きませんでしたけど)
私がどんなに君を愛しているか。もちろん分かっていると思うけど。
自分でも子が巣離れする際のこの感情に驚き戸惑っている。
ロンドンに戻ってからも数日間はちょっと抜け殻になり、息子のパジャマを見て涙が出てきたり、なんとも不思議な感情を味わった。ホッとしたのと寂しいのと息子の成長が誇らしいのと。普段電話が苦手な私が落ち着かなくて人にたくさん電話して話した。かなり気持ちが普通モードに戻った今思うと、あんなに感情豊かになれたのはとても素敵な体験だった。
(ちなみに他の親は、子供を寮まで送ったらすぐに戻ったのかもしれない。2泊もした親はうちだけかも。正直、自分たちがこんなに過保護だったとは思わなかった。それにしても、同じ国で18歳の子供を送り出すだけでこんな気持ちになるのなら、もっと若い13歳や15歳で他国の全寮制の学校に送り出すご家族の気持ちはどんなものだろう。)
追記:感傷的になっていたのは2週間位で、その後は自由を満喫し楽しい日々を送ってます。(早いよ)