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太古の昔から、人は歌を唄ってきました。
言葉を使うずっと前から、歌を唄ってきました。

その時は、歌えない、歌が苦手、音程やリズムが取れない、上手下手、ということはなかったんじゃないでしょうか。

つまり、誰もが自然に身体を楽器として音楽を奏でていたと思います。

それがいつからか、
人間目線の「良い声はこんな声」「正しい発声はこんな発声」「美しい声はこんな声」というのが出来上がり、
そのモノサシで、歌の上手い人、下手な人、歌っていい人、歌わない方がいい人、というボーダーが生まれました。

どんな声を「良し」とするか、どんな歌い方を「正しい」とするか、どんな声を「美しい」とするか、
そのモノサシは絶対ではありません。

あるとしたら、自然か不自然か、アタマ(テクニック)で歌っているか、身体全体に歌わせているか、それだけです。

音楽はそもそも「自然」に運ばれていくものであり、
それは天地自然の陰陽原理に即しているものなのです。

しかし人間はいつからか天地自然の陰陽原理から離れたところに文明を作るようになり、
その切り離された「表の世界」だけで生きるようになりました。

医療も、科学も、教育も、政治も、衣食住も、
全てが表の世界のみを相手にしています。

これまでの主流の音楽教育も同じです。
見える世界、「表の世界」の方ばかり相手にして、
いわば氷山の一角のみの領域で、
「あってる、間違ってる」などと、
重箱の隅をつつくような指導や批評をしてきたのではないでしょうか。

身体も、本来は天地自然の陰陽原理に沿って動くものです

それは、身体全体が連動して一体となって動くもの

現代では、歌でもスポーツでも、楽器の演奏でも、身体がバラバラに分断されて、それぞれの部位をアタマでコントロールすることを「訓練」といいました。

その「訓練」で身体にとって不自然なことを続けていると、
必ずコリや偏りを生じます。
だから、プロでも故障したり、「短命」になったりします。

身体が自然と一体になり自然エネルギーの流れに沿った運動ができるようになれば、身体は故障しないどころか、どんどん潜在能力が開花していくことになります

「歌が苦手」「音が取れない」
「リズム感がない」「下手」
「声が出にくい」「人前で歌うと緊張する」
ということで、いつからか歌うことを封印している人は、
実はとてもたくさんいます。

あとは、「もう年だから、声が出なくなった」というのもよく聞きます。

こういう人たちは、これから一生歌うことから離れたところで生きていくしかないのでしょうか。

わたしはこれまで、音楽の「表の世界」をある程度体験し尽くしたあと、
精神世界、心、氣(エネルギー)、宇宙の陰陽原理といった、
氷山の海の下に広がっている素晴らしい大きな世界もじゅうぶんに体験して遊んできました。

だからこそ、表の音楽の世界だけでは見えてなかったことが、
今では感じられ、見えるようになったわけです。

それでハッキリ言えることは、
「歌えない人(下手な人、美しくない声)はいない」ということです。

歌えないと思っている人、実際に思ったように歌えない人は、歌の才能がないのではなく、昔誰かに「歌が下手」「音痴」「音楽の才能がない」という暗示を入れられてる可能性がかなり、かなーり濃厚です。

親だったり、先生だったり、学校の友だちだったり。

いったん暗示がはいると、暗示に筋肉がコントロールされ、
自由に音程を取れなくなったり、声が楽に出なくなったりします。

あるいは、他人との比較(表の音楽の世界のジャッジ)で自己暗示をかけてしまった人もいるかもしれません。

「年のせいで声がでない」というのも、
社会通念、一般常識という名の、立派な暗示です。

いずれも、暗示は暗示であり、真実ではないんです。

ボイスエンライトメントのレッスンでは、
無意識を起動させ、無意識に委ねて声を出す、ということをします。
そこ(無意識の世界)には、正しい音程とか正しいリズム感というのは存在せず、天地自然の陰陽原理のみが存在します。

そこと一体になることで、
身体は自然に声を発し、音と一体になり、リズムと一体になります。

音やリズムにも、表の世界と裏の世界があります。

表の音の世界は、絶対音感の世界です。
裏の音の世界は、自然倍音(響き)です。

表の世界は有限で、裏の世界は無限です

無意識に委ねていくと、
倍音(響き)が共鳴し合い、
「ピッチを正しくそろえなきゃ」と、表の世界で一生懸命合わせようとしていた音の重なりとははるかに違う次元の美しい宇宙の響きが生まれます。

リズムもそうです。
表の世界では、メトロノームのリズムです。

裏の世界では、自然の揺らぎ、グルーブ感であり、
それはボーカロイドなどゼロイチのコンピューターではどんなに頑張っても出せないもの。

身体の使い方にも、
自然エネルギーに沿った使い方というものがあります。

それは、深い自然な呼吸と、身体全体のバランスの良い運動によるもので、それを体得すると、臍下丹田の奥から宇宙のエネルギ-が体を通じて湧き上がってきて、その見えないエネルギーが螺旋を描きながら下腹から、
背中から、わきから、のどへと無駄なく伝わってきて、
そこに声を乗せていくことで、
無限に広がる美しい倍音の豊かな声が流れ出します。

楽器の演奏なら、それが音エネルギーと変換され、
舞でも、同じようにエネルギーが流れます。

歌が苦手だと思っていた人は、
表の音楽の土俵で歌えない〜というだけなんです。

表の世界だけで音楽訓練している人の演奏は、
100点満点で関心はされるかもしれないけど、
人の心を揺さぶったり、自然に涙を誘ったり、心地よくてずっと聞いていたい、と思わせるのは稀だと思います。

今まで見てると、
無限に広がる裏のエネルギーの音の世界に足を踏み出すのは、
どうも表の音楽の土俵で活躍している人より一足お先に〜となることが多い氣がします。

しかも、表の世界ではバラバラに見えてるもの、歌や楽器演奏、スポーツ、料理、絵を描く、ダンス、などが、裏の世界では、表現方法が違うだけで、自然のエネルギーの流れ方は同じなので、
一つを体得すると、他の分野のことも同じように体得できてしまうようになります。

そうなると、苦手と思わされ、封印してきたことは、決して無駄ではなく、むしろギフトなのかもしれません。


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