『韓国の今を映す、12人の輝く瞬間』ためし読み(1)
プロローグ
「今まで会った人の中でいちばん立派だったのは誰ですか?」
ハンギョレ新聞土曜版にコラムを連載しながら、もっとも多かった質問だ。二〇一三年六月から連載を始めて五年あまり、これまで隔週に一回のペースで会った人は百二十二名。その中で、まさに非の打ち所がないほどの純粋な情熱と強い信念を持ち、さらに寛大さをも兼ね備えた「ベスト・オブ・ベスト」は誰なのか。皆が気になるようだが、私の答えは簡単だ。
「この世の中に、そんな立派な人はいません」
インタビューを通して出会った人すべてが、私にとって感動であり喜びであり希望であったけれど、皆が期待するほど偉大でも立派でもなかった。試練の時を過ごした人ほど、心に深い傷を負い、孤独と恐怖に苦しみ、自責する人々だった。「白馬に乗った超人」のような人は、実際にはいないのだ。
そもそも、挫折を乗り越えて成功した、立身出世的な人を探そうと思ったのではない。誰もがそうであるように、私がインタビューした彼らもまた、軟弱で卑屈で気弱な普通の人々である。彼らの生き方が読者に共感と感動を与えたとしたら、それは彼らが揺るぎない態度で誤謬なき人生を歩んだ偉大な人物だからではない。挫折の痛みやうんざりする日常の中でも、世の中に対する希望と、人々に対する期待の糸を離すまいとしたからだろう。
誰の人生も完璧に美しいわけではない。しかし、誰にでも一撃のチャンスはある。人生のある瞬間に自身のもっとも善良で美しい情熱を引き出し、一瞬の輝きを見せる人たちがいるからこそ、世の中は滅びることなく前進していく。世の中を明るくするのは偉大な英雄たちが高々と掲げる不滅の篝火ではなく、クリスマスのイルミネーションのように点いては消える、平凡な人々の短くも断続的な輝きだと私は信じている。挫折と傷と恥辱にまみれた日常の中で最善を尽くし、自分だけの光を放つ平凡な人々の特別な瞬間を記録したかった。
本書は私一人の力で書かれたものではない。ここに紹介されている方々は十二名だが、この間ハンギョレ新聞のコラムを通して、貴重なお話を聞かせていただいた多くの方々にたくさんの教えをいただいた。百二十二名の一人ひとりの名前を思い出しながら、深く感謝したいと思う。執筆者としては新人である私に、新聞二面という破格のスペースを長期間にわたり与えてくれたハンギョレ新聞にも心から感謝したいと思う。
あらかじめ計画したものではなかったが、新聞の連載を終える時期にこの本が出ることになったのは、私にとってはさらなる光栄である。何年か経過したことで、時期的にそぐわない部分は修正をし、紙面に載せられなかった話を補充し、必要によっては追加インタビューもした。人物の選定や原稿の修正など企画段階を含むすべての過程で、常に私を支えてくれた文学トンネのキム・ソヨン局長、編集のファン・ウンジュさんに深い感謝を伝えたい。
最後にこの『あなたが輝いていた瞬間 [原題]』の書籍化にあたり記事の掲載を快諾してくれた十二名の皆さんに深い感謝と尊敬の気持ちをお伝えしたい。彼らが聞かせてくれた物語は多くの人々に勇気と感動を与えるだろう。このすさんだ世の中で、うんざりするような人間関係に揉まれながらも、人生をポジティブに慈しみながら生きようとするすべての人に、時には卑小で、時には偉大なすべての人に、この本がささやかな慰めとなってくれればと願う。
二〇一八年八月
彼らが輝いていた瞬間を思いながら
イ・ジンスン
目次
プロローグ
第一部 心の命ずるままに
どうしてそこに行ったのかって?
三人の子どもの父親だからです | キム・ヘヨン
期待もしない、希望もない、でも原則は捨てない | イ・クッチョン
私はもっと勇敢であるべきだった | ノ・テガン
淡々と生きるための、揺るぎなさ | イム・スルレ
第二部 傷ついた心を抱きしめる
大韓民国の老害たちの人生から自分自身を知る | チェ・ヒョンスク
苦しみの話を、苦しみながら聞いてくれる人 | ク・スジョン
私はレズビアンの母親、フォミです | イ・ウンジェ
原始的感覚の力 | ソン・アラム
第三部 懐疑と拒絶で選んだ人生
無事におばあちゃんになれるだろうか | チャン・ヘヨン
ピンクのソファを蹴って出てきた「優雅なマッド・ウーマン」 | ユン・ソンナム
英雄でも愚か者でもない民草たちの語り部 | 黄晳暎
正解はない、無数の解答があるだけ | チェ・ヒョングク
偉大にて、卑小な、すべての人々へ 日本語版刊行に寄せて
訳者あとがき
プロフィール
著者:イ・ジンスン
財団法人ワグル理事長。
1982年にソウル大学社会学科入学。1985年に女子として初の総学生会長に選ばれる。20代は学生運動と労働運動の日々を過ごし、30代になってから放送作家として〈MBCドキュメントスペシャル〉〈やっと語ることができる〉などの番組を担当した。
40歳で米国のラトガーズ大学に留学。「インターネットをベースにした市民運動研究」で博士号を取得後、オールド・ドミニオン大学助教授に就任し、市民ジャーナリズムについて講義をした。
2013年に帰国して希望製作所副所長に。
2015年8月から現職。市民参与政治と青年活動家養成を目的とした活動を展開している。
訳者:伊東順子
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。
2017年に同人雑誌『中くらいの友だち 韓くに手帖』(皓星社)を創刊。近著に『韓国 現地からの報告 セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)、『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』
(共に集英社新書)、訳書に『搾取都市、ソウル韓国最底辺住宅街の人びと』(筑摩書房)などがある。
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